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呪いの輪廻 王女の運命  作者: 鼎ユウ
アミュージィエの話
17/31

十六話  呪い

お待たせいたしまいた。

短文になっておりますが、どうぞ。

バチャッ、と水が跳ねる。

 水をいっぱいにまで張った水瓶(みずがめ)はすでに半分以下の量にまで減っている。もともとそれほど大きくない水瓶だが、一人で使うには丁度いい。

そう、この狭い部屋には男が独りいるだけだ。

 今朝自分で満たした瓶を一日中視ていた。

 飛び散った水で周辺が濡れている。来ている服や腰を下ろしている簡素なベッドも同様だ。

「ふぅーー」

 肺の中の空気を全て吐き出すつもりで深く長く息を吐く。

 またしくじった。今度の生まれ変わりは意外としぶとい。会ったときそれほど賢そうには見えなかった。それなのにすでに五日間生き延びている。連日刺客(しかく)

送っているわけではないが、それでも十分にしぶといと言える。

 明日は新月だ。月の魔力がなくなる日。()るならちょうどいい日だ。今日一日で魔力もほとんど残っていないだろう。

 一瞬で終わらせよう、と言いたいが生憎こちらも魔力はあまり残っていない。強力な魔術を使うため、疲労が激しい。

 この身体はもう駄目だ。いくら不老不死の身でも使い過ぎれば必ずどこかでガタがくる。

まあ、いい。幸い獲物はこちらに近づいてきている。結果さえ同じなら過程などどうでもいいのだ。

 

 かつて、ツェーリス一と言われた魔術師は思う。これは呪いだと。

 事の始まりは一体何だったのだろう?

 隣国セピシアの内乱もそろそろ終結するという頃に男は王に呼ばれ、部屋を訪れた。

 窓を閉め切り、カーテンを閉じ、日の光を一切入れず、昼間だというのに部屋の明かりは机の上の燭台(しょくだい)一つという異様な空間だった。

 この部屋は普段王が書斎として使用している場所で男がここに呼ばれるのは今日が初めてではなかったが、何だ、これは?

 男は目を疑った。血色の良かった顔はやつれ、目の下には(くま)ができ、それでいてその眼はギラギラと光っているかのよう。

 身体は衣服で隠れているが顔同様にやつれているのは容易に想像できた。

 男が入室すると、王は言ったのだ。

『誉れある(めい)を授けよう』

と。

 内心の驚きを顔に出さずに男は慇懃(いんぎん)(こうべ)を垂れる。

『セピシアの魔女が死んだ――』

 王は隣国の、一国の女王のことを魔女と呼んだ。しかし、それ以上に男を驚かせたのはその女王が死んだということだった。

『――しかし、あれは魔女だ。一度死んだからといってまたすぐに生き返るであろう。故にわしは考えた。何度生き返ろうとも必ず死ぬようにすればよい』

男は黙ったまま――いや、今思えば声が出なかっただけかもしれない――王の演説を聞いている。

『そこでそなたの出番だ。魔術でそうなるように施してほしい。そなたほどの魔術師ならできるであろう?』

 できないわけがない、と王は言っているのだ。何故なら国一番の魔術師なのだから、と。

 確かにできないことはない。だが、それはあまりにも強力で(よこしま)な魔術だった。魔術と呼べるかも(あや)うい代物(しろもの)で、男がそれを知っていたの

もただの偶然に過ぎなかった。


  人を呪わば穴二つ


 その魔術が記された古文書のページの一番後ろに書かれていた文だ。

 この時できないと言えば良かったのかもしれない。しかし、王の命には逆らえなかった。逆らってでも止めるべきだったのか?

是、と男は答えた。

『いつできる?いや、その前に必要な物はあるか?』

 王の口調に熱がこもった。

 

 ――城の地下に大がかりな魔術を行うための場所がある。

 その日の夕刻。男が地下に下りると、王が供も連れずに一人先に頼んだ物を持って待っていた。

『これでよいか?頼んだぞ』

 灰暗(ほのぐら)い地下で幽鬼(ゆうき)のように佇む王の存在は不気味だった。

 男は王から一つの指輪を受け取ると礼を述べた。

 男が頼んだのは魔宝石(まほうせき)と呼ばれる特別な宝石で、これは魔力を増幅、安定させるために王に頼んだのだ。

 男は王を部屋の隅に避難させ、自分はルーン文字の刻まれた魔方陣の中心に立ち、呪文を唱えた。魔宝石があるせいか、そう時間はかからなかった。

 これで、隣国の女王は幾度転生しようとも二十になる前に死ぬ。魔術は成功したと王に伝えると王はこう言った。

『それはどのようにして確かめればよい?……そうじゃ、そなたならできよう?』

 男は言葉を失った。

『確か、そなたには妻と娘がおったな……やってくれるな?』

 王は唐突に世間話をするように言い、男は頭を垂れ是、と答えるしかなかった。

 昔はこのような方ではなかった。賢王とは言わないまでも、けして愚かではなかった。王は変わられた。

 男は自らにも術を施した。老いることもなく、死ぬこともない。俗に言う、不老不死。これを知っていたのもまた偶然。


 男には娘がいた。娘の前に二人子を授かったが、一人は流産で一人は身体が弱く半年も経たずに死んでしまった。体調を崩し、嘆く妻がこれが最後と授かった一人娘だった。

 最初の数年は何の問題もなかった。しかし、歳月を重ねるほどにそれは目に見えて明らかになる。

 老いた母が亡くなり、妻に先立たれ、愛する一人娘も老いて死んだ。孫もひ孫もみな男より先に逝った。

 男はただただ疲れていた。早く終わらせてほしいと願っていた。しかし、男の望みが叶えられたことはない。

 終わることのない永劫の呪い。そう、やはりこれは呪いなのだ。

 男が手を下さなくても王女は二十になる前に死ぬ。ガタがきているのだ。きっと。身体にも、心にも。


 明日、また一つ区切りがつく。男はもう二度と目覚めなければ良いと思いながら眠りにつく。

 明日、また王女を殺す。

彼も本意からではないと分かってほしいです。脅されたのです。



閲覧ありがとうございました。

遅ばせながらやっと投稿できました。

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