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呪いの輪廻 王女の運命  作者: 鼎ユウ
アミュージィエの話
15/31

十四話  強行

前回の終わりからいきなりの場面転換ですが、間違いなくこれが続きです。

 五日目の朝はサラに起こされて起床した。

 寝足りない。閉じる瞼を今出しえる全ての精神力をもって開く。

 昨夜ゼイスとの話が思ったより長引いてしまったのだ。

「お、おはよ……」

 眠い。

「おようございます。お疲れのようですが、もう少し休まれますか?」

 サラからの誘惑。

「う、うーうー……」

 ミュン葛藤中。

「……起きます」

「畏まりました。どうぞ」

 もぞもぞと毛布から這い出て差し出されたカップを受け取る。

 湯気の立つカップからは、ほんのり香草の香りも混じって朝から食欲をそそる。

 一口啜ってホッと息をつく。消費した食量の分だけリュックが軽くなる。まあ、その後に清水とロッカの実が入るから最終的な重量に変わりはないのだけど。

「ふう、ありがとうサラ。……それはそうと、身体の調子はどう?」

「一度ならず二度までも……ご迷惑をおかけして申し訳ありません。もう大丈夫ですので」

 ミュンと目を逸らさずに最後まで言ってわずかに肩を落として微笑む。かなり落ち込んでいるみたいだ。隠そうとしているが、ミュン――リーヌには分かる。

「そんなに気にしないで、サラが大丈夫って言うんならもう平気だね!今日は道案内お願いね」

「はい、畏まりました。あの……そのことで少々――」

 言いにくそうにおずおずとサラが口にする。先を続けて、と目で促す。

「早朝に木々に聞いたのですが、先に予定していた地点まで進めていないのです。本日は強行になりそうです。私の失態です」

 申し訳ありません、と(こうべ)を垂れる。

「ううん、サラのせいじゃないし、もともと日程的に無理があったんだから仕方ないよ。ほら、パパッと支度して早く行こ?」

「はい」

 ミュンとサラは手分けして手早く片付けを済ませるとすぐに出発した。



 外は昨晩の名残か粉雪がちらつき、それにともなって気温も低い。空は鉛色の雲に支配され今にも吹雪きそうだ。分厚い雲に隠されて太陽は望めない。

 サラに導かれて先を急ぐ。ミュンの歩が少しでも速くなるようにとリュックはサラが持っている。

 洞穴を出てからは比較的平坦な道が続き、二人とも小走りになっている。ここまで来るのに休憩を一回と、襲撃が四回もあった。今までの比ではないくらいに増えている。やはり新月が近いため、あちらも焦っているのだろう。四回の内二回をサラが、後の二回をローラとグレドイが倒した。

 休憩について、サラはもっととるべきだと主張したが、当のミュンが大丈夫の一点張りで一歩も譲らず押し通したためこれまでの休息は一回きりとなっている。

 太陽が中天(ちゅうてん)に差し掛かったと思われる頃、サラが二度目の休憩を提案した。さすがにミュンも空腹を感じ同意し、即席の昼食を食べている。火を熾す時間さえ惜しくてパンに干し肉とチーズを挟んだ簡単なものだ。さらに、疲れたときには甘い物が良いと聞いたことがあったので乾燥させた棗をかじり、昼食終了。

「そんなに急いでは食べ物が喉に詰まります!」

 ハラハラとミュンの食べっぷりを見ていたサラが堪えきれずに訴える。

「ん?へーき、へーき」

 水を飲んでいたミュンはパタパタと手を扇ぐように振ってにへらと笑う。

「それはそうと、今どの辺にいるの?」

「そうですね……だいたい……この辺りでしょうか?」

 手近にあった木の枝で器用に雪の上に地図を描く。

 相も変わらず空は鉛色の雲に覆われ、朝ちらついていた粉雪は降っては止んでを繰り返している。もういっそのことどっちかにしてと思わないでもない。

 サラが描いた地図はこの前描いた物よりさらに簡素な物で、ジータの森の全体、湖、教会に方位と現在地と思われる○印が記入されているのみだ。

「お分かりかと思いますが、今現在いるのがだいたいこの辺りです。そして、ロッカの実はここより五キロメーテ行った所ですね」

 今度は×印を書き込む。

「うーん、思ってたより進んでない」

 白色の地面を睨みながらミュンが不満そうに呟く。

「私としては、予定よりもかなり進んでいるのですが?」

「い、良いことだよ?その分速く着けるんだから」

 ふと視線を上げたら怒った顔をしたサラと目が合い、にっこり笑い慌てて付け足す。口の端がなんとなく痙攣(けいれん)している気がするけど、うん多分気のせいだ。

「……そうですね。このペースで行けば明日の早朝には着けるでしょう」

 ふう、と息を吐いて気を取り直したように言う。

「明日?今日中には着けない?」

「難しいですね。どんなに頑張っても今日中には無理です」

「そっか……なら仕方ない。少しでも距離を稼ごう」

 スクッと立ち上がってすぐにでも動けることを行動で示す。

「焦る気持ちは分かりますが、疲れていてはいざという時に困ってしまいます。リーヌ様はもっとお身体を大切にしてください」

 ミュンのことを心配して叱られたのでは素直に頷くことしかできない。それが正論ならなおさらだ。

「はい……」

 しょんぼりと項垂れるミュンに優しく語り掛ける。

「いくら急いでもリーヌ様自身が倒れてしまわれては本末転倒です。貴女が私達のことを想ってくださるように私達も貴女のことを想っているのです。どうか忘れないでください」

「うん、ありがとう。わたし……頑張るから」

 思わず目頭が熱くなる。でも今はまだその時じゃない。全部が終わってからでも遅くはないよね?……泣くのは。

 サラに言われたとおり十分に休息をとってから、ミュンは再び歩き出した。

 道は緩やかな下りの勾配になり、いまだ繰り返す粉雪は少し前からずっと降り続いている。降り続ける粉雪と積もった雪に足場の悪さが容赦なくミュンの体力を奪う。

 それに加え、最後の休憩から二刻ほど歩いた今までに四回の襲撃を受けている。常に周囲に気を張っていないといけないのは、それだけで体力を消耗する。

 それでも、途中でロッカの実を手に入れることができ当初の目的がこれで達成できた。これであとは森を抜けることだけに専念できる。

「はぁ、はぁっ」

 白い息とともに体力まで吐き出している気分だ。身体が火照っているせいか、寒さを感じない。

「リーヌ様、少し休みましょう」 

 ミュンを気遣ってサラが言うも

「へ、平気。もう……少し……だけ」

 喘ぎながらこう答える。

 このやり取りをもう何度交わした分からない。先ほど自分が言ったことはちゃんと伝わっているのかと首を傾げずにはいられない。

 風もないのにざわりと木々が揺らめく。

「リーヌ様!来ます!!」

 唐突にサラが叫んだ。

「またあれ!?」

 二メーテはある身長に、それとは不釣合いの長い腕、短い脚。全身が闇を融かしたような黒。顔があるはずの所には血の色をした二つの(まなこ)に口腔。バランスを間違えて作ってしまった人形のようで、人間に形が近いぶん気味が悪い。本日二度目のご対面だ。

 アレ等に出会ったら、逃げずにできるだけすぐかたをつけるようにしている。こちらが逃げれば追ってくるのは分かっているし、これだけ足場が悪くてはどちらにしろ逃げられない。

 アレはサラと相性が悪い。脚が短い分移動速度は遅いが腕が長い分リーチがある。それだけなら弓を得意とするサラとは相性がいいように思えるが、黒色人形(ドール)は無駄に頑丈でサラでは太刀打ちできなかった。

「サラ、交代!」

「承知してます」

「ニール、お願い!」

 サラが素早く画集に戻り、代わって半人半馬の青年が姿を現す。

「ハァッ!」

 青年――ニールは現れるのと同時に、手に持つランスで黒色人形を突き刺す。

 細長い円錐の形をしており、手元は傘状のつばで保護されている。ゆうに四~五メーテはあるその槍は薙ぐよりも突き刺すことを目的とし、それに特化した武器だ。

 人間の上半身に馬の首から下が繋がったような身体をした彼は『ケンタウロス』だ。

 絶え間なく繰り出される鋭い突きが黒色人形の身体を穿つ。長い腕を前に伸ばし、ニールに触れようとするも絶妙なタイミングでニールがそれを制す。動きが鈍く、ただ頑丈なだけの刺客はなす術なくあっという間に腰にあった核を破壊されて霧散した。

「ふう……。陛下おけがはありませんか?」

「おー、見事見事。ないよ、ありがとう」

 パチパチと手を叩いて半人半馬の青年を見上げる。

「へ、陛下!茶化さないでください」

 顔を赤くして慌て、ご無事ならいいんです、と少し拗ねたようにボソボソと呟く。

 かつて城の自衛団に所属していた彼は、密かにメイド達に人気があったことをミュンは知っている。

「ごめんね。変な所に喚び出して」

「いいえ!陛下のためならば、たとえ火の中水の中。雪なんてどうってことないです」

 力説するニールに苦笑で返す。火の中も水の中も危ないから止めてほしいと思う。

 馬の蹄にはここは非常に足場が悪い。それでも、彼以外に思い浮ばなかったため彼を喚んだのだ。

 お礼を言って、またサラと入れ代わる。

「リーヌ様、おけがはありませんか?」

 サラは入れ代わるたびに心配してくれる。

「ニールのおかげで無傷だよ」

 サラがそっと息を吐いたのが分かった。

「さ、急ご?」

「はい」

 路程を急ぐ二人は先を行く。

 勾配(こうばい)は急になり、ミュン一人では歩くのが困難になってきた。

「リーヌ様お手をどうぞ」

 サラが手を差し出す。

「ごめん、ありがと」

 サラの手をとって、近くにある木の枝を支えにしながらゆっくりと進む。

 こんな時に襲撃をされたらたまらない。たまらないけど、向こうからしたら絶好のチャンスなわけで放っておいてくれるはずもなく……。

「うわぁ」

 ミュンが支えにしていた木が動いた……ように感じた。

「リーヌ様、来ますよ。手を離します」

「うん、わたしにもわかった」

 木からの警告だ。サラと歩くようになってからこういうことがたまにある。初めはかなり驚いた。今も驚くけど、サラだけでなくわざわざミュンにも教えてくれるのは助かる。

 ザッザッザッ、と地を蹴る音も憎らしいくらい軽やかに黒い獣が駆けて来る。急な勾配をものともせずに、不規則な動きで木を避けながら向かってくる。

 サラは焦ることなく弓矢を構え、狙いを定めて……放つ。

 一本目、黒い獣目がけて一直線に翔んでいくも巧くかわされ右横すれすれを通過して後方に生えていた木に刺さった。二本目と三本目はほぼ同時に放った。二本目は黒い獣とは全く違う方向、空を射抜くように斜め上を目指して翔び、三本目は迫りつつある黒い獣に向かって翔ぶ。あと少しとで届くというところで、黒い獣が後ろに跳躍して避けた。

 グルルと低く喉から絞り出すような声を出す。

 そして、三本目の矢を上手く避けたはずの黒い獣が着地するのと同時に空から飛来する二本目の矢が見事に命中する。

 サラが放った二本目の矢は放物線を描きながら、後退した黒い獣の核を破壊した。

「ふぅ……」

 張っていた気が少し緩む。

「サラ、お疲れ様」

 近づきながら声をかける。

「分かっていたことですが、こうも頻繁にこられては困りますね」

 何が、とは今さら訊かない。

「それでも何とかここまで無事で来られたのはサラ達のおかげだよ」

「いいえ、とても無事とは言えません」

「え?」

 骨が折れるとか、血が止まらずに出血多量で危なかったとか、そんな大きなけがはしてないけど?

「リーヌ様、捻った手首はまだ痛むでしょう?あれから何も言っていないですけど、そんなにすぐに治るわけありません。それと、打ち身に擦り傷切り傷」

 まったくもって無事ではありません、と嘆く。

(何で覚えてるの!)

 捻った手首のことはもう忘れてると思ってた。

 ミュンだって変に負担をかけなければ痛くないし、痛まなければそのことは忘れているのに。打ち身も擦り傷も切り傷も大したことではない。確かに痛いけど、そんなことを一々言っていられない状況だということをミュンは重々に理解している。

(サラったらホント過保護なんだから……)

 曇天の空は暗くなるのが早く、気がつけば辺りには夜の帳がおり始め前進はより困難になってきた。幸い雪は止み、あとには冷たい北風と月の見えない空に、降り積もった雪だけが残った。

 これ以上は無理だと判断したしたサラは渋々同意するミュンを連れて野営できる場所を探した。

 そして、見つけたのが上の部分が少し、せり出た岩の下だ。逆さまのLのような形をしている。長年の雨と風で自然にできあがったものらしく、高さはサラがギリギリ立っていられるくらい。あまり奥行きもないが雪や雨くらいはしのげる。

「何でこうも丁度よく野営できる場所が見つかるんだろうね」

「この辺りはこのような岩が多いみたいです」

「探せばこんなのがまだ見つかるってこと?」

 屋根のようにせり出た部分を見上げながらミュンが訊く。

「はい、おかげで根が伸ばしにくくて成長の妨げになる、と言っています」

 私に言われても困るのですが、とサラ。

「その割には十分に育っている気がするんだけど」

 少なくともミュンから見える所にある木はどれも、ミュンが思い切り腕を伸ばして何とか反対側で指先が触れるだろうというくらい太い幹をしている。枝も悠々と四方に伸ばしており、さすがに季節のせいで葉はないがこれでもまだ足りないというのだろうか?

「まだまだ育ち盛りのようですね」

 ミュンと木々との会話の通訳をしながらくすっ、とサラは笑う。

「明日は日の出前にここを発とう」

「それでは早すぎます。今日一日ずっと歩き通しだったではないですか。急く気持ちはわかりますが、明日にはちゃんと着くのですから無茶はなさらないで下さい」

「分かってる。だから今日はもう寝ることにするね」

 明日に備えて。

「そういう問題ではありません」

 昔から、こうと決めたら絶対に譲らない人ではあったけどまさかこんなところでその性格が出るなんて。

「リーヌ様、リーヌ様!?」

 毛布を被って横になると、ミュンは十秒も経たずに眠りに落ちた。サラの声も遠のいて、何を言っているのか分からなくなる。

「……リーヌ様?」

「……すぅ」

 本当に寝てしまったようだ。規則正しく肩が上下している。

「リーヌ様……」

 誰も聞いていないことをいいことに、サラは大きく一つため息を吐く。痛むはずのない胃がキリキリと痛い。

 幼い頃の彼女もかなり好奇心旺盛だったが、本人の要領がよかったのとサラの努力の甲斐あってか悪戯をして一度も怒られたことはない。先の陛下にはそれとなく注意をされたことはあったが、それ以外は何事もなく済んでしまった。

 今の彼女を見ていると何故か当時のことが思い出される。その頃のことをまだ覚えていると喜ぶべきなのか、成長しないことを嘆くべきか。

 心配というものはどれだけしても、し足りない。今も昔もこれだけは変わらない。



ニールとのやりとりで差し込む場面がなくてNGとなったものがあるのですが、本編が終わったらおまけみたいにして載せたいなと。細やかな願望。

とにかく、歩け・歩け・歩け。の回です。

内容は進みませんね。進んでるのは主人公達の道程だけですね。


閲覧ありがとうございました。

内容が進みませんがお付き合いください。

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