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呪いの輪廻 王女の運命  作者: 鼎ユウ
アミュージィエの話
10/31

九話  夢・3

「夢・2」の時よりずいぶんと時間が経過しています。

 ふぅ、と一つ大きなため息をしてリーヌは部屋にある丸椅子にゆっくりと腰を下ろす。朝からほとんど座っていない。立ちっぱなしだ。

 今日はリーヌの誕生日で、何ヶ月も前から準備をし、何度も打ち合わせをした。

 今朝もまだ暗いうちに起きて純白のドレスを身に着け、針子達がドレスに赤やピンク、オレンジ、紫や黄色など色とりどりの生花を縫い付けるのを見ていた。

 リーヌは何もせず、じっと待っているだけなのだが、起きた時間が早いためすごく眠い。身動きが取れないためとても疲れる。

 それが終わるとすぐに今リーヌが座っているのと同じ丸椅子に縫い付けたばかりの生花に気をつけながら座り、髪を結い上げ化粧をしてネックレスなどの装飾品を付けて着飾ってゆく。この間リーヌはされるがままおとなしく座っているだけだ。すごく眠い。

 その後は、城の正面入り口まで行き、おばあ様と高位の貴族や、周辺諸国からの来賓などの大勢の客を迎え入れる。

 そして、一旦控え室に戻りドレスの乱れを直すと式典や祭典に使われる広い部屋の大きな扉をくぐり入室。というより入場と言った方が適切かもそれない。

 その広間は縦長の長方形にできていて、一段高く造られた広間の最奥(さいおう)には玉座があり、現女王陛下であるリーヌの祖母、おばあ様が座っている。

 玉座から一直線にリーヌがいる所まで色鮮やかな深紅の絨毯が敷かれている。

 絨毯の両わきには既に、今日招待した来賓がリーヌの一挙一動を見逃すまいとしている。

 それはそうだろう。なんせ、若き女王陛下の誕生の瞬間が見られるのだから。

  胸を張り顎を引いて、真っ直ぐに前を見据えリーヌがゆっくりと玉座に向かって歩み始める。一段高くなっている所の三歩手前で止まり膝をおる。何度も練習しているとはいえ緊張する。

 そこで長々と式の流れや祝辞(しゅくじ)謝辞(しゃじ)などが述べられる。

 そして、リーヌと女王陛下が同時に立ち上がり、リーヌが壇上に上がり女王陛下と並び向かい合わせの形で再び膝をおる。

 女王陛下は自分の頭にのっている王冠をリーヌの頭にそっとのせる。それを合図にリーヌがやおら立ち上がり、今度は広間全体を見渡すように正面を向く。

「王女セリエーヌの成人を祝福しそして今、この瞬間に若き女王陛下の誕生を宣言します」

 簡潔だが、威厳をもって厳かに女王陛下――おばあ様が言った。

 一秒の完全なる静寂の後、わー、という歓声とともに若き女王陛下と前女王陛下に祝福の言葉が次から次へとかけられる。歓声の合間に「若き女王陛下万歳」や「セリエーヌ様に女神の祝福を」「マーレドナ様万歳」などの言葉も聞き取れる。『マーレドナ』とはおばあ様の名前だ。

 そして、興奮冷めやらぬまま二階建ての豪華な馬車に乗り込み町を一周する。

 笑顔を絶やさず国民に手を振る。

 セピシア唯一の直系の正当なる王継承者であるリーヌの誕生祭、成人の儀、王位継承式を全て同時に行ったのだから国民は当然冷静ではいられない。国内外から大勢の人が押し寄せ、街の大通りは人で溢れかえっている。

 ここでも歓声に混じり「セリエーヌ様ー!」「女王陛下万歳!」など広間で聞いたのと似たような言葉が飛ぶ。中には「セリエーヌ様超絶美人ー!」なんて聞こえたりもしたが、それはきっとリーヌの聞き間違いだろう。うん、空耳だ。

 たまにリボンの結ばれた花が飛んでくる。リーヌへの贈り物のようで、素直に嬉しく思う。

 その人垣の中を、人が歩く速さで馬車は進む。

 時間をかけて町を一周した後、城に戻るとすぐさまリーヌは控え室に連行される。そこで今度は結っていた髪を違う形に結い直し、ドレスを淡い桃色のものに着替えそれに合わせてまた生花を縫い付ける。さらには装飾品や化粧もかえ、頭にのせていた王冠は小ぶりのティアラに交換する。

 王冠では重過ぎて常時身に着けているには辛い。そのため代わりとなるティアラが頭にのる。

 控え室で軽食を取り、今度はパーティーなど華やかな行事の時に使う広間へと行く。この広間は先ほどの広間の三倍くらいあり、彩る調度品も嫌味でないくらいに華美な物で揃えてあり一目で豪華と分かる。

 その広間では立食パーティーが開かれる。他国の要人と交流できる機会なだけにみんな笑顔の下が怖い。特に年頃の子をもった親や、本人達が。

 今日の主役であるリーヌは引っ張りだこで、ゆっくり食事をしている暇も無い。まあ、それを見越して此処へ来る前に軽食を取っておいたのだけど。

 それでも、目まぐるしくかわる話題や相手に目が回りそうだ。気力で何とか乗り越えてきたがいつヘマをするかハラハラものだ。

 そろそろ日付も変わろうかという頃にリーヌはタイミングを見計らって広間を辞してきた。

 そして、今自室に戻って丸椅子に座っている。

 日付が変わってしまったので昨日のことになるが、あの時あの瞬間からリーヌが正式にこの国の女王になった。一昨日まではおばあ様について女王の仕事をこなしてきた。

 知っていたことだが、おばあ様は多忙でやることがたくさんある。それら全てを引き継がなければならないリーヌは数年前からおばあ様について日々、色々な事を教わっていた。

 今までは王女として公の場に出ていたリーヌだが、今度からは女王陛下としてリーヌが公の場に立つ。リーヌが国の顔になるのだ。

 だからといってすぐにリーヌに全てを任せるほどおばあ様も酷くはないので、補佐的な役割で事あるごとにリーヌの相談にのり、手助けをする。それでも、最終的に決断を下すのはリーヌになる。もう、おばあ様ばかりに頼ってはいけないのだ。

 コンコン、と部屋の扉が二度ノックされた。

「セリエーヌ様起きてらっしゃいますか?サラです」

「起きてるわ。どうぞ」

「失礼します」

 扉が開き、ワゴンを押しながらサラが入ってきた。

「お疲れ様です。リーヌ様。お腹空いていませんか?」

 サラが押してきたワゴンには小さくカットされたサンドイッチと湯気の立つスープ、それに広間にも出されていたこちらも小さくカットされたケーキと紅茶のポットが乗っていた。

「召し上がりますか?それとも、先に着替えますか?」

「そうね……着替えてから、少し頂くわ」

「かしこまりました」

 そう言うとサラは隣の部屋、リーヌの寝室へ消えた。

 リーヌが自由に使える部屋は広く、人と会ったり軽く談笑したり、応接間の役割をはたすのが今居る部屋で、食事の時に使うこともある。

 その隣、応接間の扉から向かって左にあるのがリーヌ付きのメイドであるサラの部屋になる。サラはリーヌより三つ歳年上で十年以上リーヌ付きの専属メイドを務めている。リーヌにとってサラは姉のような存在で、最も親しい友人だ。なので、他に人がいないときは知らず口調も砕けたものになる。サラも二人だけのときはリーヌを愛称で呼ぶ。

 右の扉はリーヌの寝室へ続いていて、その奥には衣装室もある。

 その衣装室からリーヌの部屋着とガウンを持ってサラが戻ってきた。

「ササッと済ませてしまいましょう」

 サラはそれだけ言うと、てきぱきとリーヌの背後に回り背中にあるフックを外した。

 長い付き合いで口に出さなくてもある程度解るのでリーヌもされるがまま、たまに腕を上げたり身体の向きをかえたりとサラがやり易いように動く。

 部屋着に着替えガウンを羽織り、結っていた髪を下ろす。すかさず、サラが手早く髪をすく。息も合って、手馴れたものだ。脱いだドレスを丁度よく近くにあった衝立に丁寧にかけると、サラはワゴンを押してきてこちらも素早く食事の用意をする。

 リーヌはそれを眺めながら物思いに(ふけ)る。

 風を渡るシルフ達の話によると、今年は昨年よりも暖かいそうだ。南の国ではすでに後なりのロッカの実が市で売られているらしい。昨年は作物の実りがあまりよくなかった。そのため、税として納品され国の備蓄用に倉に保存されている分の作物の少々心許ない。これでは、いざという時に国民に配布できる食糧が足りなくなる。何事もないにこしたことはないのだけど、いつ何時何が起こるか分からない。備えておけば安心だ。

 広い大陸を風に乗って渡ることのできるシルフ達は、リーヌにとっては大事な話し相手だ。滅多に人前に現れることない彼らとのお喋りは世界の情勢を知るのに丁度いい。その事をシルフ達も知っているので、積極的にどこどこで紛争があったとか、どの地方で干ばつだとか、色々な事を教えてくれる。

 そういえば、シルフには会ったことがあるがウンディーネにはまだ会ったことがない。この城で最高位の魔術師を勤めるゼイス老曰く……

「ふむ。ウンディーネですか……北方にある最寒湖(さいかんこ)に棲んでいると聞いたことがありますな。もう、そこにしか居ないとも……」

 と言っていた。

 真っ白な頭髪に、同じく真っ白な長い髭を撫でながらほっほっ、と笑うあの好々爺(こうこうや)は年齢不詳だ。

 薬草についての知識も高く、医者も務めることもある。確か、おばあ様が即位した時にはもう城に居たとか……。

 ウンディーネには一度会ってみたいと思っている。王女となった今ではそう簡単に城を抜け出せないが、どうにか時間を作ろう。きっと後々役に立つ。そんな気がする。

「そういえば、新しく教会を造る案が出ているそうですよ?ご存知でしたか?」

 カップに紅茶を注ぎながらサラが言った。

「教会?どこに?」

「郊外のジータの森の付近です。運命の女神ジュディエッタのためだそうです」

「森の近く?大丈夫かしら?予算はどうなってるの?」

「そこの場所を指定したのはゼイス先生らしいので問題はないと思いますよ。案が、だいぶ形になってきているらしいので予算も近々リーヌ様のもとに上がってくると思います」

 差し出された紅茶を飲む。美味しい、さすがサラ。

「そう……。そうすると、大量の資材が必要になるわね。教会の備品を造るのに銀も必要になるわ。グレドイが張り切りそうだわ」

「そうですね。彼は色々な物が作れますから、他の者には任せておけないと言い出すかもしれませんね」

「それなら、もう一人張り切りそうな人物がいるわね」

「ローラですか?」

「ええ、彼女は自分の分野以外にも積極的だわ。……そういえば、今回のドレスのデザインもローラよね?」

「そうですよ」

 どうかしましたか、と目で問いかけてくる。

「さすがローラ、と思って。あのドレスはとても素敵だったけど、同時にとても疲れるわ」

「そのあたりはもう少し考慮(こうりょ)すべきですね。リーヌ様、そろそろお休みになられますか?」

 頑張って噛み殺したあくびをサラは見逃さなかった。

「ええ、もう寝ることにするわ。ありがとう、サラ。美味しかったわ」

 美味しかったのに、あまり食べられなかった。疲れているせいかもしれない。

「かしこまりました」

 ガウンを羽織り直し、布巾で手を拭いて寝室に向かう。サラが一足先に行って扉を開けて待っている。横を通り過ぎる時に

「お休みなさいませ、リーヌ様」

 と言って礼をする。

「お休みなさい、サラ」

 それに答えて部屋に入る。リーヌが部屋に入るのと同時に後ろで扉が閉まる。

 ベッドに潜り込み、肌触りのいい布団に包まれうとうととしながらリーヌは思う。さっき教会の話をサラとしているときに何かが引っかかった。何かは分からないことがよけいに、とても不安になる。起きたら、少し調べてみよう。

 静にゆっくりとリーヌは眠りの世界に落ちていった。

 ・・・・・・まだ間に合う。気がついて。


「サラ」登場です。

他にも名前だけですが数人。その方たちはいずれ…。



閲覧ありがとうございました。

約半分まできております。もう暫しお付き合い下さい。

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