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プラネタリウム

作者: 佐々木海月

「久しぶりだな」

 獣は、嗄れた声で言った。懐かしい声だと、思った。

 わたしは後ろ手に檻の扉を閉めた。

 ガシャン、と錠の下りる音。外の衛兵だろう。

 檻の中は、完全な闇だった。

 何も見えない。

 どれくらいの広さなのかも分からない。

 窓もない。入り口の金属の扉だけが、外に通じている。コンクリートの壁は、冷気だけを伝えてくる。

「ここに来るのは、本当に久しぶりね」

 わたしは、輪郭さえ見えない獣に向かって話しかけた。

「あのときお前は、儂のことなど見ていなかったがな」

「ええ、そうね」

 わたしは、声のする方へ歩いた。

 床は硬く、カツン、カツンと踵が鳴った。

 求めるように伸ばした手が、やがて柔らかいものに触れた。

 大きな、大きな体。触れた手が、ぬるりと濡れた。

「けがをしているの?」

「そうだ。その傷は決して塞がらない」

「手当はしてもらえないの?」

「何、いずれ朽ちるのだ。放っておけばよい」

「でも」

 そのとき、わたしの濡れた手がかすかに光った。

 獣の血は、チカチカと瞬きながら、小さな幾つもの雫となって、わたしの手を離れた。

 蛍のように、ふわりふわりと舞い上がり、上を目指した。

 そして遥か上方、檻の天上につかえて、わずかな間光りを放ち消えた。

「肉は地に、血は天に還る」

 獣は静かに言った。

「明るい世界では多くを忘れてしまうのだ」

「小さい頃に、ここに来たわ。あのときはこの光がただ、綺麗で素敵だった。それだけを覚えている」

「そうだ。幼子には、朽ちていく獣の姿など見えない」

 錠が外される音がした。

 時間だ。

 わたしは、獣の背をそっと撫で、ゆっくりと立ち上がった。

 そして獣に、背を向けた。

  

 扉に手をかけたとき、背後で獣が言った。

「お前の見てきた世界は、美しかったか?」

「ええ。それを今、思い出したわ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 独特の世界観が素敵だと思います。 必要最小限の描写も、想像力を掻き立てられます。 [一言] どうも、雷星です。 何度も読ませていただいているのですが、感想を書いていなかったことを思い出した…
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