『アルカリアへの旅立ち』 その3
アードラーをジャックと和雅に見せた琉。話題はメンシェ教のことになった。そして和雅の暴走は続く……。
コーヒーと会話を楽しむ一行。話題は次第に海底遺跡のことになっていった。
「そういや、最近はケガしてばっかりでまともに潜ってないな」
琉が言う。確かに、ロッサを見つけて以来はオドベルスに襲われて船を修理に出し、メンシェに焼かれて治療し、ロッサの目のために奔走し、メンシェにまた焼かれたり、サポートメカを神父に壊されたりと散々な目に遭ってきたからである。
「まぁ、潜るには体調と設備を万全にしないとね。水深は、深ければ深いほどリスクが増すからさ。そういや、今度エリアδだよね? あそこはラングアーマーないとキツいんだよな……」
ジャックが言う。琉が休養とリハビリをしていた理由はそこに起因する。
「あぁ、久々のラングアーマーだ。あれ、体鍛えてないと着られなくなるからな」
次世代スキューバ装置ラングアーマー。これを着た者は最大500mまで潜水が可能になり、バッテリーのあるうちなら水中で抜群の力と素早い動きを発揮することが可能になる。
しかし欠点もある。水中ではその力を助けるラングアーマーだが、陸上ではとてつもなく重いのだ。そのため二年にも及ぶ訓練で体を鍛える必要がある。更に普段から筋肉を付けておかないと着た瞬間から動けなくなってしまうというリスクも背負っている。
「あの、ジャックさん……でしたっけ? 何でその……エリアδではラングアーマーがないとキツいんですかい?」
和雅が質問した。流石の情報屋でも、外国の海底遺跡の詳細までは分からないのである。
「エリアδは非常に入り組んだ地形をしているんでいて、船についてるクラストアームが届かないんだ。ラング装者にすれば格好のポイントだよ。そういえば、彩田君が前に行ったエリアαでは何が取れたんだい?」
琉がロッサを発見した後に最初に訪れた遺跡、エリアα。オルガネシア近海の遺跡で最初に発見されたエリアでもある。
「散々だったぜ。作業そのものはハルムのオドベルスに邪魔されるわ、それをやっつけたら今度はメンシェに襲われてこんがりローストにされかけるわ、おまけにロッサに関わるモノはなかったわでさ。でも取れたモノは多かったから結構な値段で売れたのは良いけど、その売上のほとんどが治療費と修理代に飛んじまったんだよな……」
溜息をつく琉。このままメンシェに邪魔され続けたら落ち着いて作業が出来なくなるだろう。
「良かったことと言ったら、ロッサと一緒に空を飛べるようになったことくらいかな」
「な、なんだってー!?」
この一言で和雅が驚き、飛び上がった。
「まぁ、外に出てみれば分かるさ。ロッサ、ちょっと……」
琉がロッサに何か言うと、一行は基地を出てカレッタ号に向かった。カレッタの甲板には背中から白い翼を出し、空に向かって飛び上がるロッサの姿があった。
「ふ、ふつくしい……。まさに“天使”だ……」
和雅がそう声をもらした。晴天の太陽を受け、赤みがかった黒髪が輝きを放つ。風に乗り、雲一つない空を悠々と飛び回るロッサ。彼女の記憶によると、長い眠りに着く前もこうして遥かな空を飛んでいたという。
「ロッサ、そろそろ“アレ”をやってやってくれ」
琉がそう言うとロッサは甲板に向かって飛んできた。そして和雅に近づき、彼の手を取るとこう言った。
「カズ、一緒に飛ぼ!」
「え、オ、オレも!? 一体どうやって……て、ちょっと背中に何か柔らかいモノが……ウワッ!?」
予想もしなかった誘いに驚く和雅。ロッサは彼を抱きかかえると、そのまま甲板から飛び上がった。
「そ、空飛んでるー!? ……ィヤッハァー!! すげぇええええ!! ヒャッホォオオオ!!」
和雅がロッサの腕の中、大人げなくはしゃいでいる。ただでさえここまで密着するのも初めてな上に空を飛ぶというこれまで考えたこともない経験をしているからだ。
「彩田君がロッサさんに話してたことってまさか……」
「そういうこと! おーい、カズ、気分はどうだい?」
琉は飛び回る二人に声をかけた。
「ロッサ様、サイコォーー!! 最高にハイって奴だぁーー!!」
琉は黙っておくことにした。彼女が翼を得る時何をしたのかを。オドベルスを食らって奪ったその翼で船を飛び出し、一人で何十体ものオドベルスを、本能の赴くままに殺戮したという事実を……。その時の悪魔のような姿を、琉は忘れていなかった。
「ロッサ、そろそろ戻って来い! そうだ、ジャック。アンタもやってもらったらどうだい?」
「ぼ、僕は高所恐怖症だからやめとくよ……」
ロッサが降りて来た。彼女は甲板に降りると翼をたたみ、背中に仕舞い込んだ。一緒に飛んでた和雅はほぼ放心状態となっている。
「そんなに嬉しかったか。まぁ、あの時はそんな場合じゃなかったしな」
琉は考えた。確かに自分も、空を飛ぶのは初めての経験だったし、彼女のむっちりとした体に密着するのは何とも言い難い喜びである。しかし、その時はそんなことを考えている場合ではなかったのだ。
(喜ぶべきモノで喜べる、これがどれほど素晴らしいことか。カズ、アンタの御蔭でよ~く分かったぜ……)
次回、いよいよ第一部が完結します。第二部への準備はよろしいですか?