無駄な女の戦い(後編)
「とりあえずセレナさんは、お客様を一人連れてとゆーか連れられてきたので20ポイントです」
出戻ってきたセレナに美玲が告げる。
「なになに? 20ポイントってなんなん? もしかしなくても面白いことしてるん?」
事情を知らないリカちゃんが食いついてくる。
俺はそんなリカちゃんの問いに面白いかどうかを別にして、と注釈をつけて一から説明してやる。
「へー、どっちが頭を下げるかの勝負か……面白そうだけど、アタシは仕事の休憩時間にお昼をとりに外に出たら、道の真ん中で焦ってるセレナんに出会ってここに連れてきただけだからずっとは見れないんだよね。ま、せっかくだからここでお昼をとるけどさ!」
そう言ってリカちゃんは俺の隣に座る。
そして適当に注文を済ませた。
「それにしても、セレナの方向音痴を忘れたな。こりゃこの勝負セレナに不利だったな」
思ったことをそのまま言う。
これが事前に知らされていたのなら、地図付きのチラシでも配ればオールオッケーなのだがそういうわけにもいかない。
「ソーマ、手伝え」
「あ、それイエローカード。つまりは反則ね。オリビアさんが一人で呼び込みやっている以上セレナも一人でやるべきだ」
「ばれなければいいだろ?」
悪い子だ。いつからこんな娘になっちゃったんだろう……
「う……、お前にそんな目で見られるとは私も堕ちたものだ……だけどこのままでは負けてしまう」
なんかひっかかる言い方しやがるな。
まあ、いい。なにか打開案を考えねば……
しかし、店の場所書いたプラカード的な物を持たせるくらいしか案がないな。いや、そうではなく紙に書いた物を持たせるだけでいいのでは?
などと俺が皆が納得できる妙案を考えていると、
「別にお店の前で呼び込みすればいいよ。人通りは少ないけど、ゼロじゃないっしょ?」
とリカちゃんが発言する。
確かにこれは一理ある。店の目の前で呼び込みをすれば迷子になるなんてまずない。それでも迷子になるならもうどうしようもない。ただ、リカちゃんの言う通り、この店があるのは人通りの少ない閑静な通りであるから人を集めるのは厳しいことこの上ない。
「それでは人が……」
「うん、それがいい」
食ってかかろうとしたセレナの言葉を遮る。
「チャンスは少ないけど、セレナの力だけでオリビアさんと勝負するにはこれしかない」
「勝手に決めるな。私が本気を出せば……」
「じゃあ本気を出して数少ないチャンスを全部自分のものにしなよ。大丈夫! この勝負で負けても次で取り返せばいい」
どうせ一気に百万ポイントくらい貰えるだろうし。バラエティの基本だ。
「わかった……店の前でやる。だが、負けたらお前もあいつに頭を下げろよ」
俺の説得が効いたのかセレナがそう言い残して店の外に出る。別に一緒に頭を下げるくらいなら気にしない。それで何かが楽になるのならどっちが勝っても一緒に頭を下げようと思う。
それがある意味火種を持ち込んだ俺のけじめってやつだ。
外を見れば早速たまたま通り掛かった親子に話し掛けてるセレナが見える。
つーかもう人を見つけたの?
運がいいな。
そして制限時間が過ぎ、結果発表となった。ちなみにリカちゃんは仕事があるのでギルドに戻りました。
「結果発表です。まずはセレナさん、連れてきたお客様は四人。合計80ポイント。対するオリビアさんはゼロ人。得点はなしです。よって、これまでの総合得点はセレナさん100ポイント、オリビアさん80ポイントです」
美玲が結果を述べる。
あれからセレナはリカちゃん以外に客を呼び寄せることに成功した。一時間に五人しか通らなかったのにそのうちの三人を連れてきたのは凄いことではないだろうか。
対してオリビアさんは人通りの多い道を選んで呼び込みをしていたのだが、一人も集めることができなかった。時間切れを告げに行った時にちらりと見たけど、店の場所の説明して「行きなさい」って命令してたもんな。そりゃ来ないって。世の中には命令されたがりな人もいるが、その人達に当たらなかったのが運の尽きってやつだ。
結果的にセレナが逆転する形になった。
しかし、その差は少ない。
「さあ、接戦になって白熱して参りました。次が最後の勝負です。最後は運の勝負です。ここに一から十までの数字が書かれたカードがあります。色の違うものが四組、合計四十枚です」
そう言って美玲が懐からカードを取り出す。そして数字の部分が見えるようにズラッと並べる。美玲の言う通り一から十まで数字が赤、黒、青、オレンジの四色それぞれにある。なんか、絵札のないトランプみたいだな。
「これをシャッフルして裏返しにしたカードをお互いに選んでひっくり返します。とにかく、数の大きい方が勝ちです。数が同じ場合はドローということでどっちにも得点は入りませんが、勝ったら30ポイントです」
美玲が勝負方法を説明する。
なるほど、確かにこれは完全に運だな。いかさまをされたらその限りではないが、カードは美玲が用意したものだ。事前に仕込むのは不可能に近い。まあ、シャッフルしたのを目で追って数字のでかいカードの場所を記憶したとか言われたらどうしようもないけど……
「勝負は十回。セレナさんが五回、オリビアさんが六回勝った時点で勝負が決まります。シャッフルはリンとご主人様が行います。よろしいですか?」
今のよろしいですか? は俺に向けられたものだ。それに頷くと美玲からカードを渡される。受け取ったそれをシャッフルして美玲に渡すと、美玲もシャッフルしてカードをテーブルの上に並べていく。
「さあ、どちらがより強運か勝負です」
こうして始まった第三戦、運での勝負。
結果はダイジェストでお送りしよう。
一回目、四と七でオリビアさんの勝ち。
二回目、五と五でドロー
三回目、十と八でセレナの勝ち。
四回目、三と一でセレナの勝ち。
五回目、八と三でセレナの勝ち。
六回目、二と六でオリビアさんの勝ち。
七回目、四と一でセレナの勝ち。
そして八回目。
「私はこれだ」
セレナがカードをめくる。出てきたカードの数字は十だ。これでオリビアさんがどんなカードを引こうともドロー以上の結果は出ない。
それにプラスして今現在の二人の総合得点の点差は80ポイント。あと、二回の勝負ではどう足掻いてもオリビアさんに勝機はない。ここに勝負は決した。
「な、納得いきませんわっ!」
オリビアさんがテーブルを叩いて立ち上がる。
「こんな運で勝敗を決めるなんてちゃんちゃらおかしいですわ」
「いや、でもほら、一応勝負は勝負だし……」
「お黙りなさいっ!」
憤慨するオリビアさんを宥めようとするが、一喝されてしまう。
「貴女はこんな結末で納得ですの? セ…………どうなんですの貴女っ!」
名前言おうとして諦めやがった。
しかも強引に誤魔化したし。
つーかセレナは勝ったんだから納得もなにも……
「確かにな」
セレナが立ち上がる。
って、納得言ってないの?
「運で勝っても、勝負に勝った感じがいまいちしない。だが、どうやって決める?」
「決まってますわ。女なら『コレ』ですわ」
そう言って握り拳を見せるオリビアさん。
「いいだろう。表に出ろ」
セレナも『コレ』とやらに了承して二人揃って店の外に出ていってしまう。
二人が言う『コレ』とは十中八、九拳で語るものだろう。つーかそれって女ならって頭に付くもんなのか? 普通男ならってやつだろ。異世界には女が拳で語る文化があったのか。
とゆーか
「今までの勝負の意味なくね?」
「ありませんね」
俺の呟きに美玲が応える。
昼からの時間が無駄になった。いや、面白かったは面白かったんだけどよ。
二人に遅れること二分ほどして俺らも店の外に出る。まだ、闘いは始まっておらず、二人はお互いを正面に睨み合っていた。
「非力なダークエルフがワタクシとタイマン張ろうとはいい度胸ですわ」
「ふん、単細胞の竜族ごとき捻り潰してやる」
今は口上を述べる段階か?
つーか二人共武器は持ってない。オリビアさんはわからんがセレナは弓がなくて大丈夫なのだろうか。つーか単純に十五階層に到達したばかりのセレナよりは二十階層に到達しているオリビアさんの方が強いはずだ。
「お互い、殺すのはダメだぞ」
色々と言いたいことはあるが、空気がピリピリしすぎてなんも言えねえ。
藪をつついて蛇が出たりしたら嫌だからな。どうしても危なくなったら命を懸けても止めよう。そう美玲にアイコンタクトを送るとそれが伝わったのか美玲が頷いてくれた。
「最初に言っておくが私はお前が泣くまで殴るのをやめない」
セレナ、カッコイイじゃん。ただ女はいつでも泣ける生き物だから意味はないだろ。
「ならワタクシは総ての穴という穴から汁を垂れ流させてあげますわ」
「なぬっ!?」
おっといかん。ついつい邪な思考が脳内に溢れそうになった。オリビアさんはセレナに対抗して言っただけだ。他意はないに決まってる。それにしても、反応したのは脳だけか……もう少し若かったら違うとこも反応したのかな……。某探偵小僧と違って体は大人、頭脳は中坊なのか俺は……
そうこう考えているうちに辺りが静かになる。口で語るのはやめたようだ。なら、次は……
「いくぞっ!」
「参りますわっ!」
とうとうはじまった。女同士のリアルファイト。
同時に動いた二人のとった行動はまったく逆。オリビアさんは距離を縮めようと前進し、セレナは距離を取ろうと後退した。
「逃げずに戦いなさいっ」
「ふんっ、馬鹿正直に貴様の距離で戦うわけないだろ」
そこからは二人で追いかけっこのようなものがはじまった。本来なら後ろ向きに進むセレナよりも前に進むだけのオリビアさんの方が速い。だが、二人の装備の違いがスピード勝負の天秤を僅かにセレナに傾けた。オリビアさん、重鎧の装備が仇になったな。
と思っているとセレナがバランスを崩したのか後ろに倒れる。このままじゃ、頭を打ち付けるかに思えたセレナだったが、地面に手をついて一回転して転倒を防ぐ。俗に言うバク転だ。身軽やね。
「ふふ、オーホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッノホッ……いつまでそうやって逃げ回るんですの? 今に頭を打ち付けますわよ。さあ、大人しく殴らせなさいな」
笑いながらむせたオリビアさんの足が止まる。それに呼応するようにセレナの足も止まった。
「殴る必要はない。もう、私の勝ちだっ!」
そう言ってセレナが何かを投擲する。
「へぶっ」
その何かはオリビアさんのオデコにクリーンヒットする。当たった拍子にオリビアさんが倒れる。KOってやつか……これでセレナの勝ちだな。
つーか
「飛び道具はずりーよ」
「転びそうになった時に石を拾ったのは注意していれば気づいたはずだ。だから対処のしようもあったからずるくない」
屁理屈だ。対処がどうのこうのじゃなくて拳じゃなく石を投げて相手を倒すと言う行為がずるいんだ。
「とにかく、勝ちは勝ちだ。さっさとこの女を起こして私に詫びをいれさせる」
つかつかとオリビアさんに近づいたセレナは彼女を起こすため肩を揺すろうと手を伸ばした。
だが、その手を掴む者がいた。
「飛び道具が卑怯でないと言うのならやられたフリも卑怯ではありませんわよね?」
「き、貴様っ……」
オリビアさんだ。なんとやられたフリをしていたらしい。お嬢様っぽい外見からは想像つかないような泥臭い戦法なのは目を瞑ろう。
「お返しです、わっ!」
掴んだ腕を引き寄せ、起き上がり様に頭突きをセレナにお見舞いするオリビアさん。
「くっ……」
「にょっ……」
普通に痛がるセレナだが、なんだかオリビアさんの方も痛がっている。どうやらセレナに石を当てられたところにまたしても当たってしまったらしい。
二人して額を押さえている姿はなんだか滑稽だ。
「よくもやった、な」
「がふっ」
オリビアさんよりも早くダメージから立ち直ったセレナがオリビアさんに追撃をかける。なぜか頭突きで。
「ひたかみまひたわ、このっ!」
やり返すオリビアさんもなぜか頭突き。
それからは頭突きの応酬だ。
いや、殴り合うよりはいいんだけどなんで?
「くのっ!」
「このっ!」
意地になってやり合ってるだけか。
なんか二人共額が腫れ上がってきたような気がするんだけど。
程なくして二人が同時に倒れ込む。
そりゃそうだ。お互いに軽く百近く頭突きをしあったんだからな。
「なかなかやりますわね。セ……なんちゃらさん」
「セレナだ。お前もやるな」
「セレナさんですか、覚えましたわ。ワタクシはオリビア=N=アンリですわ」
「オリビア、これからよろしく頼む……」
「ええ、よろしくですわ。セレナ、さん……」
倒れた後に二人が言葉を交わす。そしてほぼ同時に意識を失った。どうやら和解したようだが、どこの青春ムービーを気取ってんだこいつら……
「頭突きばっかで飽きましたね」
「飽きたとか言うまえに二人の心配しようよ」
美玲を窘めながら二人を喫茶店内に運ぶ。
当然ではあるが、二人とも命にかかわる怪我はなかった。だが、時間が経つとみるみる腫れ上がっていった二人の額を美玲は笑っていたが、俺は笑えなかった。
頭突きってこえーよ。