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喫茶店で勃発


十五階層に到達し、善は急げと俺達は連れ立って喫茶店『ワシの店』に足を運んだ。


「いらっしゃいましー」


なんとも覇気の感じられない出迎えだ。


「前回と同じもの。あとカレー大盛り」

「まだ一回しか来たことない癖に偉そうじゃの。僕が坊主を覚えてなかったらどうするつもりじゃ」

「あんたの雰囲気がそうさせるんだ。それに結構特徴的な注文をしたと自負している。あと、一人称どうにかなんないの?」

「店名は前の店主がつけたものじゃから僕には関係ない。そしてオススメはコーシーじゃ」

「コーシー?」


セレナが疑問符を掲げている。

せっかく俺が気を遣って突っ込まなかったのに……

お年寄りは横文字に弱いんだよ。CDをシーデーって読む人なんていっぱいいるからね(多分そんなにいません)!


「コーヒーのことですよ。リンはまたもスペシャルブレンドをお願いします」

「なるほど、私はアッサムをくれ。ミルク付きでな」

「はいよ」


初見のセレナが紅茶を頼んだことに若干の気落ちは見せつつもじい様が準備をはじめる。


「それで、そのナントカって奴は本当に来るのか?」

「さあ? でも十五階層に辿り着けたらここに来いって言ってたし、他に連絡の取りようもないから。それに昨日の今日だしね」


正確には一昨日なんだが、彼女の予想よりも早いという点では疑いようがない。


「……おい」

「大丈夫大丈夫。もし来なくてもこのじい様に伝言頼んどけばいい話だし」


何よりカレーが美味いから損はない。


「来るよ」


そこで俺達の会話を聞いていたのか、じい様が会話に入ってくる。

じい様は迷いのない口調で断言した。


「オリビア様はほぼ毎日この店に来店するからね。待ってればそのうち来るよ」

「ふーん……」


オリビア、様ね……

本当にただの常連客と店主の間柄じゃなさそうだ。

オリビアさんはいいところの出身らしいから、もしかしたら元使用人とかなのかもな。

でもじい様はどう見ても人間族っぽいし……

竜族の雇用事情はわりと寛容なのかな。


「それはそうと坊主。先日の勘定を自分になすりつけられたと聞いて、昨日来店したオリビア様が呆れておったぞ」


そういえばそんなことをしたような気もする。

それにしてもそんなことをされても怒るわけでもないオリビアさんは結構心がでかいんだな。逆に自分の矮小さを認識させられた気分だ。

まあ、後悔などミジンコの体長ほどしかしていないが……


「リンもご相伴に預かっちゃいました」

「お前ら最低だな」


訂正。蟻の体長ほどは後悔してます。


「んで、だいたいどのくらいの時間に来るんだ?」


掘り下げると更なる後悔を生みそうなので話題を変換する。


「基本的に朝と夜に食事を取りに来るぞい。夜は別なところで食事をしたとしても小休止に来るかの。あとは暇なときにふらっと来る」

「めちゃくちゃ頻繁に来てんのね」


一週間に十回以上の来店ってもはやここに住んでいると言っても過言じゃない(過言です)。

ちなみにではあるが、この世界には実は一週間という単位はない。月の計算もあるにはあるが、果実成る金毛の月とか何月なのかよくわからない単位だ。

季節的には秋も半ばらしいので十月くらいだと勝手に解釈している。

一月はきっちり二十八日間で月の数は十三。一年の日数で考えればだいたい元の世界と一緒だ。その点に関してはありがたいが、自分の誕生日に関してはよくわからなくなった。

まあ、成人を迎えたあたりからどうでもよくなったので問題はない。だって二十になったら酒もタバコもオッケーでエロい本だって堂々と買える。前の世界では習慣的に数えてはいたが、今の段階でなければないであまり困らない。

まあ、クリスマスやらの行事もないわけだが、この世界独自の祝い事みたいなのもあるらしくどんな感じなのか今から楽しみだったりする。


「はい、ご注文の品お待たせ」


少し考え事していた間に注文のカレーその他諸々が届けられる。

各々それに口をつける。


「ふむ、なかなかだな……」

「本当にコーヒーは美味しいですよ?」

「あの苦い汁は苦手でな」

「それじゃ男の放出する汁は以下略」

「それは言ってるも同然のセクサルな発言じゃないかのぅ……」



そんなちょっとシモの入った馬鹿な話をしていると店の扉が開かれ一人の客が入ってくる。

それは俺達が待ち望んでいた人物だった。


「あら、クロキソウマではありませんの」


赤い縦ロールの髪を揺らしながらオリビアさんが店内にいた俺を見るやいなや声をかけてくる。


「どぅーも」

「……あなた、ワタクシに支払いを押し付けたでしょう。ああいう場合は男性が払うのが礼儀ですわよ」

「俺は大抵の場合割り勘派だ」

「全額ワタクシが払いましたけどね」


そんな軽口を叩き合いながら、自然とオリビアさんが俺の近くの席に座る。


「ドリルだ……」


そこで初めてオリビアさんの姿を見たセレナがボソッと呟く。

まあ、確かにドリルと言えなくもないが先は尖ってないぞ? とゆーかこの世界にもドリルは存在するんだ……

そこら辺の線引きがどうもわからん。


「いきなり何ですの? 初対面の相手に対してのその無礼な発言は」

「あ、いや、すまん。つい……」


どうもセレナのドリル発言がオリビアさんの心の琴線に触れたらしく、セレナに対して突っ掛かっていく。


「つい? ついでワタクシの高貴な髪型をおとしめる発言をしたと言うんですの? 流石は下賎なダークエルフですわね」

「ちょっと待て。ダークエルフのどこが下賎だと言うんだ。大体私は見たものをそのままに表現しただけだ。第一何がドリルなのか言っていないのに自分の髪型を言われたと思うということはお前もそう思っていたということだろう?」

「なっ……黙って聞いて差し上げれば好き勝手ほざきやがりますわね。人の髪型をどうこう言う前にあなたのその格好だって変ではありませんの。そのように肌を晒して……女性であるならば子供を産むと決めた男性の前以外では慎みを持つべきですわ」


ああ、だからオリビアさんはいっつも会う度に最初に見た重鎧でギッチギッチに武装してんのかな。

とゆーか、この一触即発の空気はどうしたと言うんだ。まだ、お互いの自己紹介すらしてないと言うのに……


「えーと、ちょい待ち。セレナ、この人がオリビアさん。仲間になってくれるって言った竜族の人だよ」

「はあ?」


まずはセレナにオリビアさんを紹介する。

反応はすこぶる悪いと言わざるを得ない。ただ紹介しただけなのに睨まれてしまった。


「そんでオリビアさん。この人はセレナって言って、俺のパーティーメンバーの一人だ」

「だから何ですの?」

「あ、なんつーか。十五階層到達したんですよ。だから約束通り来ました。仲間も連れてね。そっちで我関せずって感じでコーヒー飲んでるのがもう一人のメンバーで美玲」


次いでオリビアさんにセレナと美玲を紹介する。


「随分と早いですわね。とゆーかこのダークエルフもメンバーですの?」

「うん」


オリビアさんの問いに頷いた。

その途端、オリビアさんの顔が明らかに嫌そうに変わる。


「この躾のなっていないダークエルフもですの?」


二度目の問い。

答える必要があるのかどうかわからないがオリビアさんの目を見て再び頷いてやる。


「じょ、冗談じゃありませんわ。なぜワタクシがこんな女なんかと!」

「私こそこいつとパーティーを組むなんて嫌だ!」


何が彼女達をそうさせるのか、声を張り上げて自らの意見を主張する。

おかしいな……二人とも問題ないって言っていたはずなのだが、会って数分でこうも当初の意見を覆してしまうのか。


「まあまあ、落ちつけって。セレナ、事前に確認取った時はいいって言ってたろ? オリビアさんも同様にパーティーがいても構わない的な感じだったじゃん」


仲裁しようと二人の間に割って入る。


「あれは撤回する。こいつはなんかやだ」


セレナは駄々っ子のような意見を言ってきた。


「どうしてもワタクシにパーティーに入って欲しいと言ってきたのはあなた方でしょう。そうでなければ低階層の方達と組むなんて考えもしませんわ」


そしてオリビアさんに関しては真実が多分に捩曲がったことを言い出してきた。


「お前が私達のパーティーに入りたいと嘆願したんだろうが! 勝手に話を作るなドリル」


セレナの意見が正しい。正しいが……ドリルはやめようよ。


「またドリルって言いましたわね。次、言ったらいくら温厚なワタクシでも怒りが天元突破しますわよ……」

「はあ? その頭のドリルで天でも突くのか? やってみろ、ドリル」


ほら、また言い争いの種になった……

どうすりゃいいの?

救いを求めて二人が邂逅してからずっと沈黙を保つ二人に目を向けてみる。

じい様は露骨に逸らした。

美玲は……なんか口パクで言ってる。

なんだ?

が、ん、ば、で、す、ご、しゅ、じ、ん、さ、ま

………見捨てられた。

つまりこの争いを治めるのは俺の仕事というわけか。


「そこまでだ。双方とも争いはやめなさい」


しかし、俺の制止の声を無視して二人は更にヒートアップしていく。

くっ、舐められたもんだ。だが、俺には秘策がある。


「はいはい、方向音痴もドリルも静粛にして俺の話を聞いてくれ」

「誰が方向音痴だ!」

「ドリルではなく高貴な髪型と言ってるでしょう!」


二人が気にしているであろう単語を入れると露骨に反応してくれる。

作戦成功だ。

代償は矛先が俺に向いてしまったことだが……


「えー、女三人寄れば姦しいと言いますが、君らは二人で充分な働きをしてます。さて、ここで俺が言いたいのは……」

「黙れ馬鹿」

「そうですわ。黙りなさい」


共通の敵に対しては意見が合うのね君ら……

いや、俺は敵じゃないけどね。


「まあ、俺の話を聞けよ。まず、オリビアさん。俺はセレナを信頼してるんだ。俺が迷宮に入った当初から助けられてきた。だから、まだ会って数分でそこまで嫌うことはない。いい娘なんだよ。そんでセレナ。オリビアさんはそこそこ個性的だってあらかじめ言ったでしょ? それに俺も数えるほどしか会ったことないけど、悪い人ではない。嫌う要素なんてないさ。きっと戦力になってくれるって信じてる。確かに二人は会ったばかりで相手のことを知らないし、信頼も何もあったもんじゃないと思う。だけどお互いを信頼できないなら二人を信頼している俺を信頼しろ。それで万事解決だ」


あー、やべー。俺今の超かっこいい……

どっかで聞いたことある台詞だったけど構いやしない。


「そんなんもっと信頼から遠ざかるわっ!」

「ますますこの女を受け入れる気が失せましたわ」


あれ、なんで?

俺のことアニキって呼びたくなるようなこと言ったんだけど……そうか、俺にはカリスマ性が足りないのか……


「こうなりゃやけ酒だ! 親父〜、きつい酒くれ」

「置いてないよ」


くそっ、皆が俺を馬鹿にしやがる。


「それではこうしませんか?」


パンッと手を叩いて今まで観戦していた美玲が割って入ってくる。


「なんだ?」

「なにか意見でも?」

「はいです。手っ取り早く勝負すればいいんですよ。セレナさんが勝ったらオリビアさんがパーティーに入れてくださいと頭を下げる。逆にオリビアさんが勝ったらセレナさんがパーティーに入ってくださいと頭を下げる」


それじゃ、根本の解決には至ってないと思うが……つーかどっちにしろパーティーを組む選択になるけど、水と油状態のこの二人がパーティー組むことになって大丈夫なのか? まあ、俺はいいんだけど……


「して、その勝負方法は?」


まずセレナが食いついてくる。


「そうですね……公平に知力・体力・時の運の三本勝負にしましょうか」

「なるほど……ワタクシが全てにおいて秀でているとこのダークエルフに思い知らせろというわけですわね」


あれ、オリビアさんも乗っちゃうの?


「勝負はいつにするんだ?」

「明日の昼の十二時。この喫茶店に来てください。それまで準備するなり休んで鋭気を養うなりすればいいと思います」


話がどんどん進んでいく。

俺は置いてきぼりだ。


「いいでしょう。このオリビア=N=アンリ、逃げも隠れもしませんわ。首を洗って待ってなさい。オーホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッグエッ……ではご機嫌よう」


そう言ってオリビアさんは店から去っていった。

なんなんだこの展開は……


「ふふ……高笑いをしてむせるとは馬鹿丸出しではないか。この勝負もらったな」


セレナもまた席を立ち、店から出ていく。


「単純ですね……これは、どっちが勝っても愉快ですね」


満面の笑みを浮かべて俺に同意を求めてくる美玲を直視できない。

もしかして美玲の中身は黒かったりするの?

その時、また店の扉が開く。

新たな客かと思い目を向けるとそこにいたのは我らがダークエルフ様。


「ソーマ、宿はどっちだ?」

「……送ってくよ」


勇んで出ていったと言うのに涙目で帰還したセレナに萌えてしまった。

どっちを応援するとかはしないけど、心の中くらいではこの娘に勝って欲しいって思うのは付き合いの長さ故かな。


「坊主、勘定」


店を出ようとした俺をじい様が呼び止める。


「美玲、よろしく」

「はいです」


しかし、勝負か……ガチンコだったら単純に二十階層に到達しているオリビアさんが優勢なのだが、勝負は三つ。果たして勝つのはどっちなんだろ?


「ダメ人間対決なら坊主が大差で勝ちじゃな」


じい様が背後で呟いた言葉は聞かなかったことにして俺達は店を後にした。



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