三度目の邂逅
迷宮から帰還してアイテムの換金を済ませた後、特に用事もないので町をぶらつくことにした。
嬉しいことに十一階層から得たアイテムの売却価格は今まで売ったアイテムよりもかなり高額になっていた。白の魔石は小のときはひとつ10Rと溜め息が出るほどに安価だったが、大になるとひとつ200Rと実に二十倍もの価格になった。
モンスター達が固有に落とすアイテムもスタッグビートルの甲虫の羽根はひとつ500R、そしてなぜかスライムがドロップした銀鉱石が400Rで売れた。
結果的に一日だけしか迷宮に潜っていないにも関わらず一人頭、5千Rをほどの金を得ることが出来たのだ。とは言ってもまだまだ決して多いと言える収入ではない。
しかし、今までで一番稼げたのは言うまでもない。
なんだか無駄にリッチな気分だ。
こういう時は衝動買いをしがちになるので自重せねば……
「お兄さんちょっと寄ってかない?」
「ん?」
日も暮れた夜の街を歩いていると不意に背後から声をかけられたので振り返る。
そこに居たのは明らかな人の良さそうな笑いを浮かべた40代くらいの男。どっかの店の客引きなのだろう。男はスーツのようなものを着ていて身なりは良い。
しかしどうやら声をかけたのは俺ではなく、屈強な鎧に身を包んだ歴戦の猛者みたいな男だったみたいだ。
スーツの男は俺に一瞥もくれることなく必死に男の気を引いている。
「……まあ、この格好じゃな……」
ジャージ姿の自分の姿を鑑みる。
どう見ても金を持ってなさそうだ。べ、別に勧誘されたかったわけじゃないぞ?
「かわいい娘いるよ?」
「女など戦いに身を置く自分には不要だ」
猛者め……なかなかストイックな思考だな。
「飲み放題で5千Rポッキリなんですけどね……」
「ほう、うむ、それは安いな……では行ってみようか」
猛者早くも陥落。感心したと思ったのにすぐに餌に食いついちゃったよ。
猛者は男に案内されるままに店に入っていってしまった。
でも、勧誘の男の言葉に嘘はなかった。
5千Rくらいなら今の俺でもぎりぎり払えるな……だが、こういう店には巧妙なぼったくりの罠が潜んでいるものだ。
例えば女の子の指名料とかが別途かかるとかな。
そもそも飲み放題が5千Rってのが怪しい。別に値段に不満があるわけじゃなく、フリータイムなのか時間制なのか言わないとこに悪意を感じる。
「クロキソウマ。あなた、さっきからいやらしい目でふしだらなお店を見てますけど、興味がおありですの?」
背後から唐突に声をかけられた。しかもどっかで聞いたことのあるお嬢様みたいな口調。
俺の名前を知っていてこの口調とくれば、おそらく奴だろう。
しかしなぜ声をかけてくる必要があるんだ? しかもたった二回会っただけ(一回は忘れてるみたいだが……)の男にだ。つーか呼び捨てかよ。この前はさんが付いてなかったっけ?
とゆーか気付いたのならそっと見てないフリをして欲しかった。しかし声をかけられた以上、応えねばなるまい。
「数日ぶりですね、オリビアさん。それでも一応、お久しぶり」
「クロキソウマは卑猥な店が好きなんですの?」
挨拶は無視かよ。
挨拶をされたら挨拶を返しましょう。とゆーか自分の方から挨拶するような気概を見せなさい。
「卑猥ってのは言い過ぎですよ。あの店はたぶんお姉さんが隣に座ってお酌してくれる飲み屋ですよ」
端的に言えばキャバクラのことだ。
「それが卑猥でなくて何が卑猥なんですの?」
うわ……マジで言ってんのか。
「表向きに性的に乱れてなければ卑猥とは言えないな。卑猥っつーのはやっぱこう乳繰り合いながら身体の敏感な部分をまさぐってこそでしょ」
「…………うわ」
あれ? 引かれた……オリビアさんの潔癖さに引いた俺が、今度は逆に引かれたよ。オリビアさんの俺に向ける視線が露骨に軽蔑したそれになっている。
「というのが、一般的な男性の意見でした。俺はお高いお風呂屋さんに入っても卑猥さを感じないほどクールな男です」
「…………」
まだ軽蔑した目を向けやがるのか。
なぜだ……お高いお風呂屋さんってのが抽象的だったのかな。はっきりとソープランドと言うべきだったか?
「普通、今の状況でワタクシに弁明するなら、その手のお店には一切興味がないことを言うべきですわ」
「だから言ったじゃん。店に入っても卑猥さを感じないって」
「お店に入ってる時点でアウトですわ」
目から鱗が落ちるとはこのことだ。
物事の本質が別の所に行っていた。
「安心しろ。この都市に来てからその手の店に入ったことはない。金もねーしな」
「お金があったら入りますって言ってるように聞こえますわ。とゆーかもしかしてあなた、オースティアに来る前はそういうお店の常連でしたわね」
どこをどう解釈したら俺がソープの常連になるんだよ。
しかし、往来の道でいやらしい店に入ったか入ってないかなんて言い合うもんじゃねーだろ。
傍目にはいかがわしい店に入ろうとした彼氏を現行犯で捕まえて詰問してるみたいに見えやしないだろうか。ん? それはそれでいいかもしれん。性格はともかく、オリビアさん美人だし……
「なんだよ……俺を疑ってんのか? 言っただろ。俺にはお前しかいないって……浮気なんかするもんか」
馬鹿だとは思いつつも言ってみることに価値がある。これで間違いなく周りの人間には俺達が恋人関係に見えてしまうことだろう。
ちなみに周りに恋人に思われたからといって何かあるわけではない。言うなれば自己満足に過ぎない。
ほら、感じるだろ。
周りにいる男共の嫉妬の視線を……
無駄に優越感を感じる。
「頭の中身が乏しい方との会話は突然ですわね……あなた方は何を見てるんですの! 散りなさいっ!」
集まった野次馬をオリビアさんが追い払う。
わかりきったことではあるが、頭の中身が乏しいと言われたのは俺であるに違いない。
「まったく、物好きな連中ですわね……クロキソウマ、ここではなんですからどこか落ち着けるところに入りましょう」
「なんで?」
マジでなんで?
意味がわからない。シナリオ的には俺の馬鹿発言に呆れて去っていく場面だろ……
「いいから来なさい。本当にデリカシーのカケラもないですわね」
「いや、だからなんで?」
とりあえず、肩で空気を切って歩いていくオリビアさんの後ろをついていく。
普段の俺ならば彼女の態度を不審に思いバックレるところだが、シックスセンスがついていった方が良いと告げている。その直感に抗うことなど出来ようもない。
彼女についてきて辿り着いたのは、静かな通りにこじんまりと営業している喫茶店。もう深夜と言っていい時間なのに営業しているとはやるな。ちなみに店名は『ワシの店』。なんとも独占的な名前だ。
「いらっしゃいましー」
店内にはしょぼくれたじい様が一人。
なるほど、お前の店なわけだな。
「トマトジュースをお願いしますわ」
「あっ、俺は玄米茶ね」
「うちはコーシーが自慢なんじゃがね。あと坊主、メヌーくらい見とくれ。玄米茶なぞないからの」
「んじゃ、グリーンアイスティーをホットにして出してくれ」
今度はメニューを見て頼む。
「コーシーを頼めよ。てゆっか結局メヌーにないからの」
グリーンティーのアイスがあるのにホットがない理由がわかんね。
「あなた、結構我が儘ですわね」
「お茶は温かい方が好きなんだよ」
飲み物が届くまで対面に座り合ったまましばしの時間が流れる。なんか知らないけど気まずい空気だ。
「お待たせしました」
「ご苦労様ですわ」
「いえいえ」
飲み物を持ってきたじい様に対してオリビアさんはまるで使用人かの如く労う。
じい様の態度から考えるとオリビアさんは常連なんだろうな。だってトマトジュースはメニューにないしね。
あえて突っ込まなかった俺はさすが大人って感じだ(自画自賛)
うん、茶がうまい。
「さて、先ほどのお話ですけれども……」
オリビアさんがトマトジュースの入ったグラスを置いて話を切り出す。
しかし、先ほどの話ってなんだ?
「あなたの告白は嬉しいですが、いきなり言われても困りますわ。それも往来でなんて……その勇気は買いますが、場所というかもっとムードというものを大切にするべきですわ。これはデリカシーの問題ですから改善してくださいませ。あと、あなたは以前にもワタクシに告白したようですが記憶にありませんの。最初の告白は多分あなたの妄想だと思いますわ」
質問がある。
果たして、この人は何を言っているのだろうか。もしかして……キチ〇イって奴?
「なんのお話ですか?」
「だから、あなたの告白に対する返事をしてさしあげているでしょう」
「へえー」
告白なんていつしたんだろ? もしや俺の発言が告白と取られてしまったのか……
だとしたらなんたる勘違いだ。でも、あえて否定しないのも手だな。だってOKなら儲けものだし、断られてもそもそも告白してないんだからダメージは軽い。
「とりあえず、あなたのことをよく知りもせず結論を決めるのも早計だと思いますから条件をあげますわ」
「はいはい、なんざんしょ」
「その前に、あなたのご職業は?」
「迷宮の探索者?」
「なぜ疑問形ですの? まあ、いいですわ。それにしても奇遇ですわね。ワタクシも探索者ですのよ」
「あっそ」
知ってるし。
「ちなみに現在ワタクシは二十階層まで進んでいますわ」
「すごいすごい」
前に聞いた時から進んでねえけど一応褒めておく。
「ふふ、そうでしょうそうでしょう。オーホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホガホッ……それであなたは現在どこまで行ってますの?」
「前にあんたに会った時は、第一の試練を突破したばかりだった」
「……あら、さすがワタクシ。あなたは有象無象ではないと無意識に理解していたのですわね。それなら十五階層まで来れたらあなたとパーティーを組んであげますわ」
「はい?」
どっからそういう話になったんだ?
「ですから、あなたを知るためにパーティーを組んで差し上げると言っているんです。でもあまりに実力差がありすぎると可哀相ですから、せめて十五階層まで来なさい」
「いや、パーティーはちょっと……」
俺の一存で決められることじゃないし、そもそもオリビアさんの実力もわかってない。
つーか飽きたって言ってパーティーから抜けるような人だぞ?
素直に頷けるわけない。
「ワタクシがパーティーに入ってあげると言っているのに何が不満ですの?」
「だってパーティーはもう組んじゃってるし……」
「何人ですの?」
「……三人」
「じゃあ問題ありませんわね」
「あるからね。俺一人で決めていいもんじゃないから」
「ワタクシの加入を断る者などいるわけないじゃありませんの?」
何、その自信……
んでも人数増えたら戦いが楽になるのかな。
美玲が加入して戦力的にも大分上がったしな……それにパーティーを組める人員は五人までで、空きはまだ二人もあるんだしいっか〜。
「んじゃあ、オリビア、俺のパーティーに入ってくれよ」
「……馴れ馴れしい。まあ、十五階層に到達したのならこの店に来なさい。とゆーか馴れ馴れしいですわね……」
呼び捨てはダメだったか……
つーか馴れ馴れしいって二回も言われちった。
「それでは失礼させてもらいますわ」
そう言うとオリビアさんは席を立って店の外に出ていってしまう。
「あの方のご主人様に対する態度は気に入りませんね」
「うおっ」
いきなり背後から美玲が現れた。
「いつから居た?」
「いつからって……一緒にお店に入ったじゃありませんか」
なにそれ、知らないんだけど……
「ストーカーはダメだって言ったじゃん」
「てへっ」
「可愛く舌出してもダメだ。今回しか許してあげないからな」
「はいっ!」
いい返事だ。
「ところでオリビアさんがパーティーに入ることについてどう思う?」
「なんとも言い難いですね。でも、リンはご主人様に従うだけです」
ふむ、内心どう思っているかは別として、多数決になればセレナがどう考えようとも俺の推す意見になってしまうな……
まあ、とりあえずセレナにも相談しよう。
それにしても腹が減ったな。
「じい様、カレーくれ。大盛りでな。美玲は?」
「ご主人様と同じ物を……あ、でも普通盛りでお願いします。あと飲み物としてこのスペシャルブレンドをください」
「嬢ちゃん、コーシー飲んでくれるんじゃな? 一向に注文しないで坊主共の会話を盗み聞きしながら、僕に黙っててくれとゼスターしとった変な奴じゃなかったんじゃな」
無駄にじい様が感動している。
そんなにコーヒーが飲まれることが嬉しいんか。
その後、カレーを完食した俺はじい様に言ってやった。
「会計はオリビアさんにツケといて」
だってあの人、トマトジュースの代金未払いなんだもん。少しくらい増えたって構わないよね?
「あと、店名が『ワシの店』なのに、あんたの一人称が僕だったことにガッカリだったよ。でも、カレーはうまかった。いや、マジでマジで」
「坊主、お主ダメ人間と周りから呼ばれとるじゃろ?」
どういう意味だよ。
「まあ、あの娘と仲良くしてくれるのは嬉しいからの。パーテーに入れるならよろしく頼むわい」
そう言ってじい様は洗い物を片付けはじめた。
なんとなくだが、このじい様とオリビアさんは店主と常連客という関係よりも親しい間柄のように感じた。
だが、追求はせず俺と美玲は店から出た。