ねえねえ、子供ってどうやったら生まれるの?
サブタイトルはあんまり本文と関係ありません。
十一階層でいくつか戦闘をこなし、割と早い段階で下の十二階層へと続く階段を見つけたのだが、本日は試練突破後の肩慣らしみたいなもので、長く潜る準備をしていないためやむなく見送り、十一階層を隅々まで探索することにした。
「なあ、美玲の親も獣人なんだよな?」
ふとした時に常々気になっていたことを聞いてみた。
「いえ、リンの父はエルフ族なんです。獣人族はどちらかと言えば魔法が不得意なのですが、リンの魔法的な才能は父親から受け継がれたんでしょうね」
「父親がエルフ? じゃあなんで美玲は獣人族として生まれたんだよ」
普通、エルフの子供はエルフとして生まれるはずだ。疑問を口にしながらも、自分自身で正解であろう答えは持っている。しかしそれが確実に正しいとは言えない。やはりこの世界のことはこの世界の住人に聞くのが一番だ。
「そんなものメーリンの母親が獣人だからに決まってるだろ」
言外に何言ってんのお前? とついてきそうな調子でセレナが答える。
「母親が獣人だと子供は獣人ってことか?」
「子供が女の子の場合は、です。リンの家族の場合は、両親の間に生まれたのが男の子の時はエルフが生まれてましたね」
「つまり、両親の内で同じ性別の親の種族が生まれるわけか」
「その通りです」
「とゆーかなんでこんなことも知らないんだ?」
「あはは、俺が住んでたとこは人間族しかいなかったもんで……」
「なるほどな……」
「どこのご出身なのか気になります」
なるほど、俺の立てた仮説の母親と同じ種族が生まれるってのは間違っていた。やはり聞いて良かった。
「はっきり言うが人間族は我らとは別だ」
「へ?」
鋭いセレナの言葉に思わずまぬけな声が漏れてしまう。
「両親の内、どちらかが人間族だと、例え性別が同じでも他種族の子供が生まれる確率が低くなるんです」
「それどころか、ハーフなんていう血の薄まった成りそこないまで生まれてくることも稀にだがある」
「えっと……なんか俺、すごい責められてる?」
なんかチクチクくるんですけど……
「いえ、そういうわけではありませんよ。ただ、自らの種族に無駄に誇りを持つ方は人間族を嫌悪してますからお気を付けください」
「おい、今の発言は取り消せ」
何が気に障ったのか、セレナが美玲に食ってかかる。
「何をですか?」
「自らの種族に誇りを持つことのどこが無駄なんだ! 今すぐ取り消せ」
そうだった。セレナが迷宮に潜る理由はダークエルフと言う自分の種族の優位性を示すため。つまり自分の種族大好きさんだった。しかも、今ではそんな風に思えないが出会った頃は人間族ってことでセレナには邪険に扱われてたな。
「そういえばセレナさんも人間族を認めない派でしたね。ん? でもなんで人間族であるご主人様とパーティーを……もしかして惚れてるんですか?」
「何を馬鹿なことを……ソーマとパーティーを組んでいるのは、あいつが泣いて縋るから仕方なくだ」
そんなことしたっけ?
いや、忘れてるだけでもしかしたらしたのかも……
「何言ってるんですか? リンが調べたところによりますと、地図が存在する二階層でご主人様に保護されて、ご主人様の道案内のもと五階層に着いたものの、この先の迷宮探索が不安になって、丁度よく弱味を知られたご主人様を利用しているだけじゃないですか」
「なっ……」
図星なのかセレナが言葉につまる。
そして何気に今の発言に俺も傷ついてます。つーか経緯知ってんじゃん。惚れたとか聞いたのはからかっただけですか?
「なんでそれを貴様が知ってるんだ」
同感です。
「ま、まさかソーマ、貴様話たのか!?」
「ノン。ノンですノン」
あらぬ疑いをかけられてしまい、必死に首を横に振る。
「調べたんです」
それで片付けようとするあんたはすげえよ。
「とりあえず、人の目を背けたい過去を詮索するのはダメだね。セレナは俺の大切な仲間、その事実だけで今は十分でしょ?」
「……ご主人様がそう言うのなら」
まあ、客観的事実を告げられたのは心情的に痛いけど、どこかで道案内みたいに利用されてるとも思ってたしな。
「……ソーマ。私は確かに人間族を好いてはいないし、最初はメーリンの言ったような理由でお前とも組んだ。だが、今ではお前やリカなど一部の奴らのことは好意的に見ている。それだけは頭の中に入れておいてくれ」
「うん、イエス、はい」
少し前の自分を殴り倒したい。
セレナを疑ってんじゃねーよ。
「それにしてもさぁ、話を戻しちゃうけど異種族同士の結婚って大変そうだな」
特に相手が人間族の場合。娘は人間族ごときにやらんとか言ってちゃぶ台ひっくり返されそうだ。
「血痕?」
「ケッコン……ですか。なんですかそれ?」
なに? なんなのその反応……
「いや、あれだよ。籍を入れること」
「席を入れる……」
「なんでいきなり椅子の話になるんだ?」
だからどうしたってんだよ。
「だから、ウエディングドレスやら白無垢着て行うハッピーマリッジ的な儀式のことだよ」
「よくわからんが、怪しい儀式なのか?」
「ご主人様っ! 儀式には犠牲が付き物です。危ないことは御身のためにもやめてください」
あ、だめだ。マジで言ってるよこの子ら……
「んーと……ほら、恋人がさ。なんか節目的な時に同一の苗字を名乗ったりするじゃん?」
「しない」
「しませんねぇ」
さて、どうしたもんか……
「んじゃあさ、美玲達の苗字ってどったの?」
「リンは母様からいただきました」
「私もだ」
「ああ、そうなんだ……父親のは?」
「女の身である私が父の苗字を貰うわけにはいくまい」
「ですね」
つまりはあれか。
同一の性別の親から種族としての特徴を引き継ぎ、苗字ももらうのか。
んで、結婚という概念はない、と。
「ご主人様、ケッコンって結局なんなんですか?」
「……なんか神様の前で永遠の愛を誓う行為だよ」
まあ、この世界に結婚がないとは意外だったな。
「つまりは、誓約の書のことか」
「ああ、そうですね」
「……なにそれ?」
「そこに書いた誓いは決して破ることは許されないという紙ですね。誓いを破ればあらゆる天罰がくだされるという一品です。少しお高いですが、それを色恋のために使う方も少なからずおられますしね。それのことを言っていたのでは?」
頷いていいものやら、どうかわからん。
ただなんとなく、指切りげんまんの歌を実際に行うためのものという感じに思える。
「具体例を織り交ぜて詳しくプリーズ」
「具体例ですか……それなら色恋に使われた例を挙げますね。永遠にお互いだけを愛そうと決めたカップルがいて、確か女の人が書いたものは男性が他の女に手を出したのなら去勢というもので、男性側が書いたものは浮気したら浮気相手のブツがへし折れ、女性があらゆる性病に犯されると書きました」
女の言い分は当然のように思えるが、男の方なんなの? 相手の女だけじゃなくて、その浮気相手まで抹殺しにかかってるよ。
「結果として、女性側が妊娠してしまったことで性欲を持て余した男が無茶をして、二度と子作りできない体になり、女性は子供を生んだあと、新しい相手を見つけて幸せになりました、とさ」
男は何やってんだよ。
一時の無茶で一生を失っちゃったよ。
つーか!
「女も新しい相手見つけてんじゃん!」
「はい、誓約の書は誰かが逸脱した時点でその人に対する罰を発するだけのものに成り代わりますから。それ以外の人はもう誓約の書に縛られることはありません」
なんて恐ろしいんだ……
もしかして、男が浮気するように女が仕組んだとかそんな心理戦、頭脳戦の入り乱れるドラマを頭で組み立ててる俺がいるじゃねえか。
ヤバい……ゴールデンタイムに流せないほどドロドロした展開になってきた。
こりゃ昼ドラの枠をもらうしかねぇ!
「まあ、大事な商談に使われたりとか重要な約束事に使われるケースの方が多いがな」
「そうですね。それにさっきリンが話したのはある意味極論みたいなものですからね」
「おいおい、極論って言うのはどちらか一方が浮気したら二人揃って死ぬと書いた伝説のカップルだろ?」
「あれは、二人共が天寿を全うしたから面白くないと思いまして……」
どっちかと言うとハッピーエンドの方が良かったよ……
つーかこうゆうのが前の世界にもあったら、離婚とか破局とか減るんかな?
いやいや、恐くて使えないって……多分俺も書いてと迫られたら逃げる。
あ、待てよ……ヤンデレの属性を持つお方達には大人気商品になりそうだ。そんな人が何人いるのかどうかは知らんけど。
「お値段は?」
「一枚なんと一億Rです」
「……そんな高いの誰が買うのさ」
想像以上に高かった。
せいぜいしても500万くらいだと思ってたのに桁違いだったよ。
「確かに高いですけど、でも……」
「それだけの価値があるということだ」
「へぇー」
「値段聞いたら途端に投げやりになっちゃいましたね」
「貧乏だからな」
そんなことを言われながらも探索は続け、切りのいいところで引き上げることにした。
「さて、帰るのはいいが道がわからん」
「……」
セレナの言葉にいっつも道わかってないじゃんと思いっきりツッコミそうな右腕と意志を必死に押し止める。
彼女の方向音痴をネタにからかうのは限度がある。道中すでに幾度かからかったので、次やれば噴火する恐れがある。自重自重。
「セレナさんが道をわかってたことなんてあるんですか?」
はい、必死に堪えてたことが美玲によって無駄になりました。
「……時にはな」
「なんの見栄を張ってるんですか、方向音痴さん」
「……殺す」
セレナさんや、何故そこで俺を睨むんすか?
「まあ、方向音痴なセレナさんはこの際無視して、帰り道のことなら大丈夫です。ちゃんとマッピングしてますから」
そう言って美玲は胸元から石版らしきものを取り出す。
「それは?」
「マークした地点から歩いた距離や方角を正確にマッピングしてくれる優れものの魔法具です」
「あれ、でも……十一階層からは地図が作れないからマッピングは無駄だって聞いたことがあるんだけど?」
「地図のためのマッピングではなく、引き返す時のためのマッピングです。気まぐれに構造を変える迷宮ですが、探索中に構造を変えられることなんて滅多にありませんからね」
なるほど、帰るためのマッピングとは恐れ入る。
とは言ってもシックスセンスの影響か、なんとなくで階段の方角がわかる俺としては地図は確認の意味で必要でも、地図のない道をわざわざマッピングしながら歩くことの重要性がよくわからん。
でも、まあおとなしく美玲の地図に従って迷宮から出るとするか。
その後、戻り始めて4時間ほどで迷宮から出ることができた。