十一階層での戦闘
現れた敵はクワガタっぽいモンスターであるスタッグビートル3体とバケツ作成のグレープゼリーなスライム1体。
「おりゃあっ!」
敵の集団に近づいた勢いそのままに斬りつける俺のお得意の攻撃(つーか相変わらずそれしか戦術パターンがない)をスタッグビートルのうちの最も近い1体にかます。
狙いは無論細長いやつの足の継ぎ目。
「殺った!」
足を斬っただけで倒せるはずはないとは思いながらも、口をついて言葉が出た。
「……おぅっ」
しかしながら、俺の予想とは真逆にスタッグビートルの足が切断されることはなかった。
放った斬撃は狙いとは少しずれ、人で言う弁慶の泣き所、つまりは脛にあたる部分に命中した。
腕に残る激しい痺れ。まるで巨大な岩を野球のバットでフルスイングした時のような衝撃だ。
「かってぇ〜、あ……」
気を抜いていた。
例え強固な鎧だろうとこの〇ラック〇ンダーなら切り裂けるとどこかで過信していた部分もあったのだろう。
俺に対してスタッグビートルがその大きな顎を開いて挟み込むのをただ眺めているしかできなかった。
「ご主人様っ」
真っ二つの未来が迫ろうかという直前に誰かに襟首を掴まれて後ろに投げられてしまう。
「おふっ」
背中をしたたかに打ち付けて空気が肺から漏れる。
ついで右腕に鋭い痛みが走った。
見てみれば二の腕が裂け、血が溢れてきている。
「大丈夫ですか?」
声のした方に目を向ければ、心配そうにこちらを見ている美玲と目が合う。
どうやら投げ飛ばして助けてくれたのは美玲らしい。
「……ああ、助かった。ありがとう」
「よかったで……ご主人様っ! 腕から血がっ!」
俺の無事を知り、安堵の息を漏らそうとした美玲は俺の怪我を見つけるや血相を変えて詰め寄り、そばにしゃがみ込む。
背後から迫るモンスターの群れはまるで無視だ。
「美玲美玲、後ろからモンスターが……」
「よくもご主人様を……殺してやります。喜びなさい虫けら共、メイド服を着ているリンが冥土に送ってあげます」
ゆらりと幽鬼の如く立ち上がり構えた美玲は迫りくるモンスターをその視界に納めながら両手を腰に回してナイフを取り出す。
美玲さん二刀流なんですか。それにダジャレをぶち込むとは……つーか冥土って仏教用語だったはずなのだが、神様に続き仏様もいたりすんのかこの世界。
ナイフを逆手に持ち、先程俺が斬りかかったスタッグビートルに向かっていく美玲。
てゆーかそれじゃ俺の二の舞にならんのかね。
そんな俺の心配は杞憂に終わる。
スタッグビートルに肉薄した美玲は俺とは違い的確に足の継ぎ目を寸断していく。
しかし、敵もさるもので足を寸断されながらも美玲の体を挟み込むように顎を広げ、それを閉じれば美玲の体を逆に寸断してしまう位置についた。
「美玲っ! 危ないっ!」
注意を促すため声を張り上げる。しかし美玲はそれを全く意に返さず、スッタグビートルの頭の部分に左手に持ったナイフの刃先を置き、右手に持ったナイフを順手に持ち替えて大きく振り上げた。そしてそのままスタッグビートルの頭の上に置いたナイフの柄に向け振り下ろした。
ナイフの柄同士がぶつかった衝撃音が聞こえるとともに美玲が相手取っていたスタッグビートルの体が光となって消えていく。おそらくではあるが美玲の奴は金槌の要領でスタッグビートルの頭をかち割ったに違いない。
「これはもうだめですね……」
そう言って美玲は左手に持っていたナイフを投げ捨てる。それは先ほどの攻撃の影響か刃がぼろぼろになっている。
「次っ」
右手のナイフをしまうと美玲はおもむろにスカートの中に両手を突っ込む。こんな時になんだが卑猥だ……いったい何をするつもりだ?
そう思ったのも束の間のことでスカートから手を出した美玲の手には刃渡り10センチほどのナイフが数本握られていた。刃の形状からしてあのナイフは斬るものではなく、突き刺すものだろう。
美玲はそれをスタッグビートル2体に向けて投げた。
足の継ぎ目継ぎ目に刺さったそれはそれだけでスタッグビートルの行動力を奪ってしまう。
しかし、スタッグビートルのみに気を取られている美玲はもう1体のモンスターの動きを追うことを疎かにしていた。そう、敵はスタッグビートルだけではない。いつの間にかスライムが美玲の足元まで迫ってきていた。スライムはその体を大きく広げ美玲の体を包み込もうとしていた。声をかけようと思ったが美玲の姿を目で追うことに夢中になっていたため俺もまたスライムの動きを失念していた。
「ウインドスラスト」
その時、背後から凛とした声が響く。そしてその声とともに不可視の刃がスライムの体を襲う。そして程なくしてその体は光となって消える。
「まったく、お前たちは猪か何かなのか?」
呆れたように俺たちを皮肉るセレナ。
「あなたに見せ場を作っただけですよ? それともただ後方でリンとご主人様が戦う姿を眺めているおつもりでしたか?」
そしてそれに真っ向から皮肉で応える美玲。
やめてよ……なんか怖いんすけど。つーか俺戦ったと言えないし……試練を突破したことで無駄な自信をつけていたみたいだ。やはり俺は役立たずの足引っ張る要因でしかないのだろうか。
それは嫌だ。
そうなればいつかこの二人に見捨てられてしまう。以前の世界のすべてを捨てられて得たものを失いたくない。
でも、俺はまた守られている。以前はセレナだけだったが今度は美玲という新しく仲間となった少女に。
男として、そして大人としてなんてかっこ悪いんだろう。
「このまま、女の子にまかせっきりにして初戦敗北のままってのも駄目だよな、相棒」
本日初めて実戦に投入した黒い刀身の剣に語りかける。
〈ジュル……ジュル……〉
ん? なんかおかしいぞ? 愛剣ブ〇ックサン〇ーが奇怪な音を放っている。
しかしこの音、どっかで聞いた覚えもある気がする。どこだっけ……あ、そうだ。ファミレスとかでコップに注いだ飲み物を最後の一滴までストローで啜ってる時の音とおんなじだぁ……
んで、こいつは何を啜ってるんだろうか?
剣を注視してみれば先ほど負った腕の怪我から滴った血が剣に落ちると手品のように消え失せてる光景に出遭う。
「こいつ俺の血飲んでるーーっ」
怖っ、なにしてんのこの子? 魔剣? ちょっとというかもしかしたら程度に思ってたけどこの子魔剣なの? あわわ、えろいじゃなかった、えらいこっちゃ。
期せずして魔剣をこの手に取ってしまうとは……なんだよブ〇ック〇ンダーって……かっこいい名前付けてんじゃねーよ。お前なんかブラックじゃなくてブラッディじゃねーかよ。ん? いいなそれ。
「よし、お前の名前はブラッ〇サ〇ダー改めブラッディサンダーだ」
「お前はこんな時に何を言ってるんだ……」
「あっ、セレナ。いや、こいつがね?」
セレナに諸事情を説明しようとしたとき、ブラッディサンダーの鍔にある赤い宝石が光を明滅しだす。なぜかそこにこの剣の意思が宿っているように感じられた。
「いけるのか?」
剣に向けて問いかける。客観的に見ればちょっとばかりイタイ人に見えるかもしれない。だが、俺の問いかけに答えるように赤い宝石が強力な光を放つ。
「いい返事だ。改めて覚悟しろ、スタッグビートル。お前をタナトスが呼んでいる」
そして俺は美玲によって行動力を奪われたスタッグビートルに向かって駆ける。
「あの馬鹿、また考えなしに突っ込むつもりかっ」
背後から呆れと焦りの混ざったセレナの声が聞こえる。確かに先ほど駄目だったことを再度実行する俺の姿は究極のアホにみえるだろう。だけど相棒はそれでいいと言っている。
「ご主人様!?」
俺の突貫に驚いた反応をする美玲を追い越してブラッディサンダーを右肩に乗せ両手でその柄を握った。
「くらえっ! ブラッディサンダースラッシュ!」
「かっこ悪っ!」
「ださいけどかっこいいですご主人様」
すこぶる不快な声を背後から浴びながらも黒い剣を袈裟斬りに振り下ろす。
継ぎ目を狙うとかそうゆう配慮は一切ない。スタッグビートルの堅い表皮との真っ向勝負。一度、失敗したということはすでに頭にない。相棒ができるって言ってる(気がする)からできる、ただそれだけだ。
そしてその考えの通り黒き刃はまるで豆腐を切るかのごとく軽々とスタッグビートルの表皮を斬り裂き、スタッグビートルを二つのパーツに分け光へと変える。
「お、おお……」
自分でやっといてなんだがこうも容易くあれを斬り裂けるのか。
凄い、凄過ぎるぜブラッディサンダー。お前は最高の相棒だ。
この調子でもう1体やってやる。
すぐ近くにいる別のスタッグビートルに向け、横凪に剣を振るう。
「へうっ!」
しかし、敵を斬り裂くと思えた俺の攻撃は覚えのある衝撃とともにスタッグビートルの表皮に止められてしまう。
「な、なんで……」
手が痺れ相棒が手から離れる。もしかしてあの切れ味は一回限りの大技かなんかですか?
だめだ、動けない。スタッグビートルが俺を挟むためにその顎を広げる行為がやけに速く感じる。
「へ、ヘルプミー!」
俺の情けない叫び声とともに一本の矢がスタッグビートルの決して大きくはない目に突き刺さる。
「調子に乗るからだ」
「あら? そこがご主人様の魅力の一つでもありますのに」
そして先ほど追い越した美玲が右手に長さ30センチほどのナイフというか短刀を逆手に持ち近づいてきていた。
「紅蓮斬り」
短刀を振るう直前に美玲が呟くと短刀から炎が噴き出す。そしてそのまま短刀を振り上げるようにしてスタッグビートルの片方の顎を切り落としてしまう。そしてそのまま振り上げた短刀をスタッグビートルの頭に突き刺すように振り下ろした。その一撃で勝敗は決した。
「問題はございませんかご主人様?」
美玲が手を差し出す。そこでやっと今の自分の状態に気が付く。
どうやら俺は尻餅をついていたようだ。
「大丈夫、大丈夫だから」
その手を断って自分で立ち上がる。
よかった、腰が抜けていたわけではないみたいだ。
それにしても結局彼女たちの助けを受けてしまった。何事も初めが肝心とか終わりよければ全てよしというが途中だけよい場合は評価されないのだろうか。
「ソーマ!」
セレナの声に無意識に下を向いていた顔を上げる。そこで目に入ったのは俺に向かって投げ渡される白い石とよくわからない物体。
「おっと」
受け取ろうともがくが白い石しか取れなかった。落としたよくわからない物体を拾い上げてまじまじと見るとどうしても黒い棘としか形容できないものだった。大きさは手のひらで隠せないくらい大きくはあるが。
「これは?」
「お前が倒したモンスターのドロップアイテムだ。お前の道具袋に入れておけ」
そうか、敵を倒したんならそりゃアイテムをドロップするよな。てことはこっちの白い石はお決まりの白の魔石か……でも、なんかでかくね?
道具袋に入れて名前を見てみる。すると棘のような物体は大きな棘と表示され白い石は白の魔石(大)と表示された。
「い、石が進化した」
「大きくなっただけで、進化では断じてない」
「冷静なお答えサンキューです……それはそうと、美玲の最後の一撃のあれはなに? 刃がぶわあーと燃え上がったやつ」
「あれですか? あれは武器自体が魔法具なので魔法の一種になりますね」
へえーそんなんもあるんだ。
指輪とか身に着けるものだけじゃないんだな。
「ご主人様の剣もそうですよね?」
「へ?」
「だって最初の攻撃は弾かれたと思ったら、いきなり物凄い切れ味でスタッグビートルを両断してたましたし、あのブラッディサンダースラッシュというのが魔法名ですか?」
「違いますけど?」
凄く冷静に返せた気がした。今思うとブラッディサンダースラッシュっていう恥ずかしい言葉はなんなんだ。安直にもほどがあるだろ。
「それじゃどうしていきなり切れ味が向上したんですか?」
さて、美玲の問いにどう答えたものか……
ぶっちゃけ俺もどうしてなのかよくわかっていない。わかっていることは俺の血を啜ったら切れ味が向上したということだけだ。
ここは事実を言うしかないか。
「気合いだ」
面倒になってだいぶ端折った説明をしてしまった。
ネーミングセンスがないっていうのは割と致命的だと今更ながらに感じました。