いざ、十一階層へ
試練をクリアーしてから二日経った俺達はまた迷宮探索を再開することにした。しかし迷宮に入る前にギルド内にあるクロースの爺(換金してくれる人)のところに向かった。
「アイテムの鑑定をしてくれ」
爺の前に鍵を置く。
アイテム名は白鷺の鍵。
これに関しては袋に入れた結果知ることができた。
だけどこの鍵が何を開けるためのものなのかはわからない。
クロースの爺はしげしげとその鍵を見る。
途中、眼鏡をかけたり違う眼鏡に変えたりとせわしなくやっていたのだが、少し経つと眼鏡を外して顔を上げ、俺を見る。
「こいつをどこで手に入れたんじゃ?」
「第一の試練が終わった後に入った部屋の中にあった宝箱みてーなもんに入ってたんだけど……もしかして持ってきちゃダメだった?」
クロースの爺があんまりに真剣な顔をするものだからなんかすげー悪いことをしてしまった気になってしまった。
「ほう……なるほどのぅ。安心せい、試練を突破して手に入れたのならご褒美みたいなもんじゃ。試練は突破するとギフトと呼ばれる特別な道具が贈られるんじゃ。何が贈られるのかはわからん。じゃが、そやつに合った道具を手にすることが多い」
ギフトと言えばハムしか思い浮かばない。
なんか無性に食いたくなってきた。
「それでこの鍵のことじゃが、なんとゆうか第一の試練でど偉いもんを引き当てたのぅ」
「いい意味か?」
「肯定じゃ。これは鍵と言えるものをほぼ全て開けることができる伝説の鍵じゃ。鍵穴さえあれば開け放題じゃ」
「はあ……」
そりゃすげえや。
泥棒は涎垂らして欲しがるんじゃねえのか?
「すごいですよ、ご主人様っ! これなら迷宮内にある宝箱も開け放題ですね」
キラキラした顔で美玲が俺を見つめる。
「宝箱あんの?」
「はい、十階層から上には構造が変わるたびに宝箱が出現します。ほとんどの宝箱には鍵がついてますし、鍵開けを失敗すると消えちゃいますから鍵を開けれる道具というのは素晴らしいものなんですよ」
「へぇ……」
んじゃこの道具はすげぇラッキーだったってことだな。
なんたる強運なんだ。前の世界ではくじ運とかからきしだったんだけどな。唯一の当たりといえばスクラッチで500円当てたくらいか。
「それでなんじゃが……どうじゃ? この鍵、2億Rで売らんか?」
「に、2億っ!?」
爺の発言に驚愕以外の感情が出ない。
この世界の物価は今ひとつ掴めていないが、前の世界で2億って言えば高卒のサラリーマンの生涯賃金とだいたい同じくらいだったはず。
それがこの鍵一つを売っただけでポンッと手に入るというのか。
「……ゴクリ」
思わず生唾を飲んでしまう。
2億あれば、働かないで暮らせるんじゃないだろうか。
マダム達への恩返しも豪勢なものを送れる。
「せっかくのお話ですが、そのお話は断らせていただきます。さあ、行くぞ」
襟首をガッシリと掴まれて引きずられる。
相手はセレナだ。
「ちょっ、なんで勝手に……」
「うん? 売りたいのか?」
心底不思議だという顔でセレナが尋ねてくる。
「かなり売りたい方向に傾いてる」
「そうか……だったら売ればいい」
「え……いいの?」
てっきり反対だからさっさと断ったのかと思ったんだけど……
「いいもなにもそれはお前が手に入れたものだろう。お前が売りたいというのなら私にそれを止める権利はない。ただ……私個人としては売らないでもらいたいところだ。なにせ迷宮の攻略での大きな助けになる」
「その言い方はちょいとばかり卑怯だよ……」
なんか個人的にとか言いながら売らない方向に思考を誘導する狡猾な手段のように思えてきた。現に俺の心の天秤を五分どころか売らない方向優勢に傾けてしまった。
こういう時はもう一人の意見も聞いておくべきか。
「美玲はどう思う?」
「リンはご主人様の御心のままになさるのがいいと思います」
「むう……」
若干予測通りではあったが、やはりこう来たか。ここでその発言はなしにして君はどう思うのかとさらに聞くのは無粋だろう。少なくても二人とも俺の好きにしたらいいと意見を述べているわけではあるしな。
「……爺さん、とりあえず保留していい?」
「よいぞ。壊れさえしなければ鍵は何度でも使えるしの。ただし、壊れてしもうたら使い物にならんからこの話はなしじゃぞ?」
「ああ、んじゃ迷宮行こうか」
「……優柔不断」
セレナが背後でぼそっと呟く。はっきり言ってめちゃくちゃ核心を突く言葉だ。
俺の性格として明日できることは明日に回すというものがある。俺の予定が前倒しになることはほぼないといって良い。そのせいか追い込まれないと力を発揮できない体質となってしまった。簡単に言ってしまえば夏休みの宿題を夏休み最終日にやる典型的な例が俺という存在だ。
2億というのは魅力的だが、今売らないまでも同等の金が手に入るというのなら限界ぎりぎりまで使って売るのが正しい選択のように思えた。まあ、多少あくどいかもしれないことは否めない。
迷宮第十一階層。そこは十階層までのどこか洞窟の中を思わせる造りとは違い、廃れた遺跡の内部という感じだ。迷宮の通路は幅四メートル弱、高さ三メートル程と十階層までとそう変わりない。
だが明りに関してはだいたい三メートルごとに燭台があり、そこで燃える炎により照らされているため薄暗く感じる。
「エジプトとかにありそうな雰囲気だな」
「どこだそれは?」
「遠いところ」
前の世界の住んでいた所の基準から考えてもそうだし、今ここに至っては絶対に行けないところだ。
「ご主人様の故郷ですか?」
「違うっちゃ違うけど、そうだといえばそうかな?」
「……よくわからん」
俺もどう説明していいのかわからん。今更「俺は違う世界から来たんだ」とか言ったらどういう反応をみんなは見せるのだろう。
……なぜだろう。頭の中身の心配をされる未来しか見えない。
「それはそうと美玲と一緒に戦うのはこれが初めてだよな」
「たしかに……できればメーリンの戦闘スタイルを教えてくれないか? ちなみに私の戦闘のスタイルは……」
「あっ、お二人の戦闘スタイルは存じています。ご主人様を見つけてからずっと後をついてまわってましたから」
「迷宮の中までストーキングしてたのか……ご苦労なことだ」
まあ、セレナさんったら呆れたような顔しながら皮肉を言うなんて、怖ろしいザマス。
「苦労なんかしてません。どちらかといえば至福のひと時でした。それでですね、リンの戦闘スタイルはナイフを使ったフリーランスな戦いを得意としてます。ナイフはいいですよね……斬ってよし、投げてよし、突き刺してぶっ殺すのもよしですから」
そういって美玲は右手を腰に回し、どこから引き抜いたのかいつか見たナイフをその手に持ってうっとりとしている。とゆーかにこやかな顔でぶっ殺す発言はやめてほしい。
つーかフリーランスってどういう意味だっけ? たしかフリーアナウンサーがフリーランスのアナウンサーの意味だったから、そんな感じのニュアンスでいいだろう。結果的によくわからんがどうせ俺のやることに変わりはないしな。
「そして、なんと! 魔法もいくつか使えるんです」
「「知ってる」よ」
つーか手首切ったときにソレで治してたじゃん。
「リンのボケがご主人様に華麗にスルーされました……」
今のがボケだと?
天然ではなくて計算して言ったというのか。
お、恐ろしい……だとすれば頭がイカれてやがる。
「美玲、お前のボケのセンスは皆無だ」
「お前が言うな」
俺が言うな? それって目糞、鼻糞を(笑)状態のときか幸せなやつが不幸なやつに『気持ちはわかるぜ、相棒……』ってアホ発言したときによく用いられる言葉ではあるが、この場合セレナはどちらの意味で言ったんだ?
「ねえ、どっち?」
「なにがだ?」
「いや、俺が言うなっていう発言の意味としてボケの才能がないやつが同じく才能がな
「そっち」
いやつ……」
あれ……なんだか胸が痛い。別にボケの才能がないと言われたことに関してはそうショックでもない。才能があるって自分で自負してるなら笑いの道に進んでいたはずだからな。それにセレナには面白くない的なこと言われ慣れてるし。
では、なにがショックかといえばセレナが食い気味どころか発言途中に割って入ってくるくらい俺のボケを否定したこと。
なんかもう完全否定ですよね?
人の話は最後まで聞けと子供の頃に教育されなかったのだろうか。いや、されなかったに違いない。
「まったく、馬鹿話をしている暇はないぞ。敵だ」
セレナの言葉に前方に目を向ければモンスターが4体ほどいるのが目に入った。
やはりというか、今まで出会ったことのない種類のモンスターだ。
「スタッグビートルとスライムですね。ご主人様、スタッグビートルは堅い表皮に覆われていますし、スライムに関しては魔法攻撃以外は聞きにくいです。総じてどちらもご主人様との戦闘の相性はよくないです」
「それは遠回しな戦力外通告ですか……」
「そういうわけではありませんが……」
ありませんがってなんだよ。
お兄さんはその先に続くであろう言葉が気になって仕様がありませんよ? あ、やっぱいい……聞いたらへこみそうだ。
それにしても似てる。キラー・ビーもそうだったけど、このスッタグビートルとやら、足が異様に長いことと体長が目測およそ1メートルほどあることを抜かせばまるっきりクワガタじゃないか。しかし、クワガタといえば5センチほどの体長でさえ、数々の芸人の鼻を挟み込みうめき声をあげさせた実力の持ち主だ。それがあのでかさじゃ、挟まれたら真っ二つとかもあり得るんじゃ……
そして、スライムというモンスターはなんかバケツでグレープゼリーを作ってひっくり返して取り出したような姿だ。古来より数々のRPGで雑魚キャラとして序盤に出てくるモンスターだが、生意気にも魔法攻撃以外が効きにくいだと……そりゃマ〇ンテとか使ったりするけど、雑魚には変わりない奴だったじゃんか。
しかしだ、美玲よ……いくら何でも俺をなめすぎだ。
俺は試練を乗り越え成長したんだ。ついこの前の俺と一緒にしないでくれ。
クワガタなんて所詮は昆虫。節足動物は継ぎ目が弱いと相場が決まっているのだ。そこを寸断すればいくら堅い表皮を持つ甲虫であろうと恐れるに値しない。そしてスライムなどこのライトニングの魔法があるのだから問題なしだ。
そう、俺は試練突入の前に美玲に渡されたライトニングの指輪をいまだに装備している。返そうと思ったのだが、あげますと言われればもらうしかあるまい。
そして何より、試練突破で手に入れたもう一つのアイテムの初お目見えだ。
剣を鞘から抜き放つ。黒き刃がその身をあらわにする。アイテム袋に入れても『剣』としか表示されない謎なものだが、不思議と手によく馴染む。
「ソーマ……それは?」
「クロースの爺に言わせればギフトって奴だよ」
「鍵がお前のギフトではなかったのか?」
「もう一個入ってた」
「……ギフトが二つ?」
「さあ、いくぞっ! ブ〇ックサ〇ダー!」
昔から愛用の物には名前を付けてしまうという癖を持つ俺は早速この剣に名前を付けた。ちなみに初名づけはママチャリのはやて1号だ。前のロングソードは元の持ち主がいるわけだし、みだりに名前を付けられなかったが、この黒い刀身の剣は紛れもなく俺の物。ちなみに名前の由来は試練で使用したライトニングの魔法から雷であるサンダーを連想し、黒い刃ということでブラックと頭に付けた。なかなかかっこいい響きだ。
狙いはスタッグビートルだ。覚悟しろ。
「その名前はダメだと思うぞ……」
背後で弓を構えながらそんなことを呟くセレナの声が聞こえてきた気がした。