試練後迷宮から出て
不適切な表現があるかもしれません……
試練を終えて迷宮から出て、ギルドに入ると入口付近にマダムが立っていた。
「戻ったのかい」
ぶっきらぼうなそのたった一言にいろいろなものが詰まっているように思えた。
マダムには迷宮に入る時の受付で試練に挑むことは告げている。
だいぶ心配をかけてしまったらしい……
「戻りました」
「第一の試練を突破したあんたらはもう立派な探索者だ。おめでとう」
マダムからの祝福の言葉。
それによってギルドにいた多くの者達がこちらを注視することになる。
なんとゆう羞恥プレイ……
「とゆーことでリカが家でお祝いの準備してるから帰ろうか」
「え? あ、いや……マジすか?」
「リカも心配してるだろうからね。早く行って安心させてやりな」
「はいっ!」
リカちゃんが待ってるのならば帰らねばなるまい。
待っててくれ、今すぐ帰るからっ!
「お、おいソーマ。ちょっと待てっ!」
「ご主人様お待ちをっ!」
背後の声を無視して俺は走りだした。
ある意味前後不覚と言えなくもない状態だった。
「リカちゃんっ、今帰ったぜ」
「あ、おっか〜」
ダイニングに入って帰りを告げた俺に返ってきたのは予想に反してすごく軽い出迎えのリカちゃん。
熱烈な歓迎を心に描いていただけになんとも拍子抜けだ。
「た、ただいま……」
「もう、おっそいよ〜。料理冷めちゃったじゃん〜」
そこ?
確かにテーブルの上には所狭しと色々な料理が並べられている。
また、壁には『祝! 第一の試練突破おめでとう』と書かれた横断幕まである。
しかし料理は冷めているものもあるものの今だに湯気が立ちのぼるものもある。
「……冷めてない物もあるじゃん」
「ど、どうでもいいでしょ」
なぜどもる。
ちょっと彼女の挙動が怪しいので追求しようとした時
「帰ったよ」
「ただいま戻りました」
「お邪魔する」
置き去りにしてしまったマダム達が帰ってくる。なぜかセレナも一緒だ。
「お帰り〜」
リカちゃんがそれを出迎えるために玄関へと向かう。
追求の手を伸ばそうとした所を肩透かしを喰らった気分なのだが、まあ大したことないことだしいいか。
「おや、準備は万端みたいだね」
マダムがダイニングに入ってきて部屋の中の様子を見て呟いた。
「あれ? 他の二人はどうしたんですか?」
ダイニングに入ってきたのはマダム一人。後から続いて入ってくる様子もない。
「リカに言って風呂に連れてかせたよ。あんたも二人の後に入りな」
「マジすか……」
マダム宅の風呂はマダムの豊満すぎるデラックスな体を受け入れるくらいに広い。二人や三人くらいならば余裕で入浴できる。
それにしても二人の残り湯に入れと言うんですか。
ごちそうさま……いや、ありがとうございます。
「顔が緩んでるけど、湯を張替えるように言っておくべきかね……」
「すいません……馬鹿な俺を許してください」
「ふふっ、それにしてもまあ、よくこれだけ作ったもんだ。多分何かしてないと落ち着かなくてずっと料理しつづけてたんだろうねぇ……」
マダムの言葉に時が止まったかのように思考が停止する。
その言葉が真実かどうかはわからないが、ポジティブに生きたい俺としては都合よくマダムの言葉を真実として受け入れておこう。
「いや〜、あの二人ええ身体してまんなぁ〜」
そこへリカちゃんがなんともおやじ臭いことを言いながら戻ってくる。
心配してくれてごめん、そしてありがとうの意味を込めてその顔に微笑みかける。
「……ソーマくん、妄想はいいけど覗くのはダメだよ?」
真顔で言われてしまった。
残念ながら俺にはニコポの才能はないらしい……
その後、俺が入浴した後(変態にならない範囲で堪能)宴が催された。
試練開始から俺が丸一日出てこなかったため、迷宮から出てきたのが昼頃だったこともあって太陽はまだ中ほどであった。だというのに宴は大いに盛り上がった(ちなみにマダムとリカちゃんは有休をとったらしい)
日も暮れはじめた頃、電池が切れたかのように若い娘三人は眠りについてしまった。
その三人をベッドに運んでマダムも自分の部屋に戻ってしまった。
つまり俺は一人取り残されたというわけだ。
本来なら俺も疲れて眠りにつくべきなのだろうが、如何せん試練後に気絶という名の眠りについていた俺にしてみれば、まだまだ夜はこれからだぜー! とゆう感じである。
「外で一人祝杯でもあげるか……」
席を立ち、外に出る。
マダム達との宴も楽しかったのだが、残念ながら酒は出なかった。
とゆーのも俺以外誰も酒など飲まないからだ。
今の若い子は酒を飲まなくなったと前の世界のテレビで聞いたことがあったのだが、この世界でもそうなのだろうか。
まあ、マダムが飲まないのは意外と言えば意外だ。
少し歩いて手頃な酒場に入る。
洋民とか坪七みたいなリーズナブルな居酒屋とかはないのは残念ではある。
「お姉さん、1番安い酒と安い肴をください。言っておくけど本当に魚を所望しているわけではなくて、おつまみって意味の肴だから」
「余計なこと言わないくて言いですよー。ウザいだけなんでー。それじゃあちょっと待っててくださーい」
この対応、軽くへこむわー。
つーか接客のなんたるかが分かってないよ。新規のお客さんにウザいはないでしょうが。そうゆうのは気心知れた常連さんにこそ言ってよ。そんなんじゃリピーターはつきませんよ?
若干の不満を抱きつつも、届いたやっすい味の薄いアルコールをチビチビと飲みながら肴として出された野菜炒めらしきものを口に入れる。
味はまずくはなかった。
「いい加減にしてくれっ!」
人がいい気分でアルコールの摂取に勤しんでいるというのにそれをぶち壊すような怒声が隣のテーブルから聞こえてくる。
はっきり言って不快だ。
どんなバカヤローが揉めてるのか面でも拝ませてもらおうと視線を動かせば、そこに居るのは喧嘩を売りたくはないほどに鍛えられた筋肉を持つ壮年っぽい、顔がバイソンの獣人族の男性とどっかで見たことのある赤髪縦ロールの竜族の女性がいた。
「不倫?」
ただなんとなくそう思ったのだが、壮年の男と若い女性が二人きりでいることとイコールで結んでしまうのは早計が過ぎるだろう。
「飽きたからやめるって君は勝手が過ぎるっ!」
男がさらに怒声を響かせる。
だと言うのに他の客は一切関心を示していない。不思議だ。
それにしてもやっぱ不倫か?
捨てられた男が惨めに縋るとは……その気持ちなんとなくわかる気がする。
所詮は遊びってことなのか?
だが、おじさんもひと時の夢を見れて幸せだったでしょENDだけはやめてあげてください。可哀相で見るに堪えないから。
「飽きたも何も最初に言ったではありませんか。ワタクシに合わないようならいらないと」
痛烈……
相変わらず超自己中なんですね。
「合わないって……君からも合わせるように歩みよるとかさ」
「何を言ってますの? わざわざ自分に似合う服を探すのは三流のすることですわ。ワタクシみたいな一流には似合う服をわざわざ持ってくるべきでしてよ。あなたはワタクシに似合う服を持ってこれなかった。ならこれ以上お付き合いする理由はありませんでしょ?」
女王様かよ……いや、確か自称いいとこの出身だったな。出で立ちに関してはお嬢そのものだし。
「わがままもいい加減にしたまえ。君がパーティーから抜けると僕らは困るんだよ」
あれっ?
不倫じゃなかった。
失敗失敗。
テレビドラマに毒されてるなぁ……
「そんなこと知りませんわ。とにかくあなた方とは組みません。お分かりになったらとっとと去りなさいな」
「…………っ!」
一方的にそう告げられた男は立ち上がるとそのまま店を出ていってしまった。
店から出る直前に女の方を睨みつけた時は勘違いでなければ殺気を放っていたようにも思える。
報復とかされんじゃねえのか? と思って女性の方を見つめていると目が合ってしまう。
「なにを見てるんですの」
「そっちこそ何見てんすか?」
うまい返しが思いつかなかったので質問返しをしてしまった……
「貧相な男がこちらを見ていたら不快になるのは自然の理ですわ」
「……人のことディスるのうまいですね」
「なにをよくわからないことを言ってますの。とにかくこちらを見ないようにしてくださいな」
俺の視線の行く末を勝手に決めないでいただきたい。
「相変わらず偉そうですね、オリビアさん」
「なぜワタクシの名前を……ファンですの?」
心底驚いたという様子で竜族の女性オリビアさんが尋ねてくる。
つーかもしかして忘れられてる?
「会ったことあるんですけど……」
「あなたのような人間族の顔なんてどれも同じに見えますから覚えてませんわ」
なら仕方ない……のか?
まあ、ただでさえ特徴がないと言われる人間族のなかでも俺は個性がない方だという自負があるから受け入れがたい事実というわけではない。
そういえばオリビアさんに自己紹介した覚えもない。
「んじゃ、自己紹介しときます。俺の名前は黒木相馬。相馬が名前です」
「別に名乗られても覚える気はありませんわよ?」
「いや、名乗ったという事実が大事なんで……」
「変わってますのね」
奇妙なものを見るような目を向けられる。
一体俺のどこが変わっていると言うのだろうか。
「ワタクシは当たり前のことを言っただけなのになぜかそれで憤慨する方が多いですからね。褒美として名前を覚えて差し上げますわ。確かクロキなんちゃらとか言いましたわね」
「相馬ね。黒木相馬」
「クロキソウマさんですわね。今覚えましたわ。光栄に思いなさい、オーホッホッホッホッホッホッホッホッホッホゲホッ」
名前を覚えてもらったくらいでどう光栄に思えというんだ。
「不服そうですわね」
表情を読まれたみたいだな。
「ソーリーソーリー。ついつい名前を覚えられるだけじゃ物足りない気持ちが顔に出ちゃいましたか?」
「物足りない……ですの?」
首をちょこんと傾けた仕草が可愛いじゃねえか。
「そうです。名前だけではなく、黒木相馬という漢をその身に刻みませんか?」
「……ああ、あなた馬鹿なんですのね」
「失敬な」
わりと決まったと思ったのに……
「まあ、精々頑張って生きなさい。馬鹿でも生きる権利くらいはありますから」
「どうゆう意味? ねえ、どうゆう意味?」
「それではワタクシは失礼させていただきますわ」
そう言うとオリビアさんは颯爽と去っていった。
フォローとか説明しないで帰るなんて酷い……
その後は一人酒を飲みながら酒場に閉店間際まで居座った。
「日曜日に女房が逃げた〜、子供と一緒に消えた〜、月曜日は月給落とし〜、火曜日に会社で土下座〜」
一週間の歌の不幸バージョンの替え歌を唄いながら家路へと歩いている。
泥酔とほろ酔いの間の程よくいい気分だ(つまりは普通に酔ってるだけ)
こんな日は月も綺麗に見えるぜ。
「おらぁっ」
「てめーふざけんな」
あら、こんな綺麗な夜に似つかわしくないど汚いだみ声が耳に入ってくる。
つーか男の怒鳴り声を一日二回も聞くなんて胸糞悪いな。
無視して帰るか。
「相手は一人だ。囲めばやれる」
「殺してやる」
おいおい穏やかじゃねえな。
人の好奇心というものは飽くなきものだ。
ついつい声の発生場所を探索してしまう。
そしてお約束というかなんとゆうか路地の裏でその光景を見つけることが出来た。
暗くてよく見えないが一人の人間が多数の人間に囲まれている。ざっと10人はいるだろうか。
多勢に無勢とはこのことか。
果してどんな人間がこんな憂き目に会っているのだろうか。
よく目をこらして観察することにする。
「全く、よくもまあ懲りねえもんだな」
暗闇の中から月の光を浴びて現れたのは肩ほどまでの茶髪に耳にいくつものピアスを着けた身長160前後の美人さんだ。
「またこうゆう場面に出くわしちゃったよ……」
やるのか? またあれをやるのか?
いや、だけどあれはなんか色々失った気がするから二度とやりたくない。
それに今回は人数も多い。
ダメか……
「今日こそ落し前つけさせてもらう」
「はっ! いいぜ、どいつもこいつも全員狩ってやるよ」
ええぇ……お姉さん随分と好戦的だな。
そんなこと言って大丈夫なのかよ……
そんな俺の心配をよそにそこから始まったのはただただ一方的な蹂躙だった。
茶髪のお姉さんは拳打のみで他の男達を圧倒していく。
それは見ていて惚れ惚れするような身のこなしだった。
男達の懐に潜り込んでは一人ずつ確実に倒していく。
そして男達の攻撃に関しては全て読み切っているのかかすりもしない。また、当たりそうな攻撃は拳を当てて的確にポイントをずらしていく。
「……強い」
気づけばその動きに目を奪われていた。
荒々しくも洗練されたその動きは見るだけでも勉強になる。
しかし……
「やり過ぎだ」
すでに男達の中に立っている者はいない。
だと言うのにお姉さんは倒れている男をわざわざ捕まえて起こして殴りつけていた。
もうどっちが悪者かわからない。
「もうやめなって」
物陰から出て行為を制止する。
「んだテメェは?」
「通りすがりの紳士だ、覚えとけ」
決まったーーーーっ!
「ぶち殺すぞテメェ」
なんなのその反応……
「コホンッ、ちょいとお嬢さんや。少しばかり口が悪すぎるのではないかい?」
「お嬢さんだぁ? テメェ、オレを女扱いしやがったな? まじでぶち殺す。つーか少し口が悪すぎるって矛盾してんぞ」
細けえよコイツ……
とゆーか何? コイツもしかして男だったりするの? いや、待て。女扱いが嫌いな女の方かもしれない。
「何だおまえ、そんなナリで股間に短剣ぶら下げてんのかよ?」
「下品な物言いしやがって……俺の股間についてんのは槍だ」
なんか答えてくれたんですけどー。
つーかやっぱ男なんだ……すっげぇ残念。
「槍? なんだ長くても細いのか? 長いだけじゃダメだぞ」
「……やっぱり煙突だ」
こだわりが強いな。
それにしても煙突……この体にか?
失礼だとは思ったが近づいてジロジロとその姿を見つめてしまう。
彼女、いや彼の顔は吊り上がった金色の瞳でかなり人相に獰猛さが現れている。また、その頭の上には鬼族の特徴である先の尖った角がある。
また、赤いジャケットにエナメル質のパンツを穿いており、十人中十人がチンピラと評するだろう恰好をしている。
それにしてもベルトの代わりに鎖が腰に巻いてあるのはギャグなのだろうか。
「なにジロジロ見てやがる。……殺すぞ」
さっきまでは単なる威嚇だった殺す発言に明確な殺意がのった。
「どうどう、落ち着こう
「死ね」
ぜっ!」
繰り出される拳を間一髪かわした。
確実にシックスセンスのおかげだ。
彼が攻撃にでる一瞬前に感じ取れたおかげでなんとか俺の力量でも回避することができた。
でなければそこらに転がっている男達と同じように顔が潰れていたに違いない。
「へぇ……少しはやれるじゃねえか。久々に狩り甲斐があるぜ」
「まぐれなんですけど……」
「オラッ!」
【加速】
脳が危機を感じ取った瞬間に体を加速状態にして攻撃をかわす。
ワンツーのコンビネーションで放たれた拳打は通常時の俺では確実に潰されていただろう。
彼の拳は10倍に加速した俺であってもかわすのに苦労するほどのものだ。
「ひゃはっ、いいじゃねえか……だが、前に出ない奴には勝利の女神も微笑まねぇ。打ってこいよ」
某燃えよの方みたいに指でカモンのサインを出される。
前に出ない奴には……か。
だけど何の因縁もないのに人は殴れない。
「な、なんでこんなところに子供がっ!」
「あん?」
使い古されて、今日日誰もひっかからない手ではあるがオスカーも取れるんじゃないかという迫真の演技によってお姉さんみたいな男は背後を振り返る。
【加速】
その一瞬の隙をついてその場を離脱する。
これで、ちょっとやそっとじゃ追いつけないだろう。
「まぁーちぃーやぁーがぁーれぇー」
妙にゆっくりとまぬけに聞こえる声を背に浴びながらMPが切れるまで俺は走りつづけた。
おかげで帰ったら物置部屋で速攻で眠りにつくことができた。
どうしても主人公の発言をダメ人間風にしてしまう……
まあ、実際ダメ人間ですが