第一の試練・後編
左腕を失った痛みで悶える俺は、その左腕を奪った存在を憎しみの篭った瞳で睨みつける。
「ほう、腕を失ってもなお戦意は消えぬか……いや、先ほどよりも増したか?」
「……殺す」
この痛みを与えた大元であり、また左腕を奪った存在を許すわけにはいかない。
ここにきて今までトウテツに対して感じていた恐怖は薄れていき、憎悪の色が濃くなっていっている。
だからと言って俺には最早、武器も左手もない。
戦力は半減どころではない。
血を凄い勢いで失いつつある現状で長期的に戦うのは無理というものだ。
右手を腰に括り付けた道具袋に突っ込む。
すると目の前にアイテム欄の様なものが現れる。
「ポーション2」
そこからポーションを2つ取り出す。
片手を失ってしまったため開けにくいそれの蓋を開け、飲み干す。
身体が淡い光りに包まれ、左腕の痛みも多少引いたように思えるが、血が流れていることに変わりはない。
「律儀に回復薬を飲み終わるのを待っててくれるなんて親切だな」
「窮地に陥った貴様がどうするのか見てみたいだけだ」
「はあ、はあ……そうかよ」
ただ立っているだけで体力が奪われる。
その中で今俺が出来ることを考える。
少なくとも武器がいる。
だけどロングソードはトウテツの足元に落としてしまったし、替えはない。
そもそも奴にロングソードは弾かれてしまって効かない。
ではどうするべきか。
こんなとき大して頭がいいわけでもない俺が思いつく方法なんてとてもオーソドックス、つまり王道とも呼ばれる方法しかない。
要は
「外がダメなら内側からってか……」
あの口の中に渾身の攻撃をぶち込むしかない。
だけどロングソードは折れてしまったし……折れた?
剣の柄はトウテツの足元に落ちている。では、剣先の部分は一体どこに?
視線だけを動かしてその行方を探す。
すると右斜め前方3メートル地点にその姿を確認できた。
プランは決まった。
では後は行動に移すのみ。
頭上のHPを確認する。
HP 31/40
MP 30/40
ポーションを飲んだばかりにも関わらず早くもHPは四分の一ほどまでに減っている。
当たり前だ。
こうしている間にも血は失われているというのに補充はされていないのだから当然の結果だ。
「行くか」
最早俺は高い確率で死ぬだろう。
それが出血多量による失血死なのかあのトウテツに向かっていって死ぬのかの違いしかない。
でもどうせなら一矢報いたい。
俺の左腕を奪ったあのファッキンシープの口に極上の鉄を食わせてやる。
落ちている折れた剣先に向かって走っていく。
トウテツは傍観しているのみだ。
余裕ということだろう。
折れた剣先に辿り拾い上げる。
そしてそのままトウテツに向かって走り出す。
「馬鹿の一つ覚えだ。選択を誤ったな、貴様はまだ試練を受けるべきではなかった」
うるさい黙れ。そんなもん骨身に染みてわかっている。
「ひと思いに楽に殺してやる」
そう言うとトウテツは口を大きく開ける。
その中では炎が揺らめくのが見て取れてしまった。
まずい。
あれを吐き出させれば、こんがり丸焼きにされてしまう。
まだあんなの隠し持ってたのかよ。
だけど……
「させねーよ」
【加速】
心の中でそう唱える。
すると俺はそのまま緩慢な動きになったトウテツの大口を開けたその口に手に持つロングソードの剣先を突き立てた。
「があああああ……」
篭った声でトウテツが唸る。
それを間近で聞きながらさらに剣先を奥へ奥へと捩込む。
「多分俺は死ぬかもだけどせめてやられた分は返させてもらう」
そうトウテツに言いながらも剣先を進める手は緩めない。
普通の剣とは違い、柄もなにもないそれは握る力を強める度に右の手の平を裂いているが、アドレナリンでも出ているのか痛みは些細なものだ。
もうすでに右腕も肘の辺りまでトウテツの口内に侵入している。
これを縦なり横なりに動かせばトウテツに致命傷を与えることが可能だろう。
「ぐぅがあああ」
「なっ……くっ!」
そろそろ脳でもぶった切ろうと考えていた時、トウテツがその口を閉じる。
左腕を奪い去った牙が今度は右腕に食い込む。
「……往生際が悪い」
痛みに耐えながら絞り出すように悪態をつく。
しかしトウテツの眼もまた俺にそう言っているようだった。
更に噛む力が強くなるのを感じながら、本当に自分が終わりなんだということを感じた。
死の間際には走馬灯を見ると言うがまさにそれが見えた。
そこには両親や友人との思い出だけではなく、この世界に来てから親しくなった人達との思い出も浮かんでくる。
と、そこで一番近い過去の思い出が脳内に再生される。
それは試練の門をくぐる直前に美玲に渡された指輪の記憶。
「ぐっ……ライトニングっ!」
力の限り叫んでみるが何も起こらない。
ダメだ……発動しない。
一体どうやればいいんだ。
確かセレナは魔法力を注いで魔法の名前を唱えると発動すると言っていた。
つまり、さっきは魔法力が指輪に注がれていなかったに違いない。
どうすればいいのかはわからないが、わからないなりに指輪に力が流れるイメージを頭に浮かべる。
そしてその魔法の名前を再び唱えた。
「ライトニングっ!」
その瞬間、トウテツの身体がブルッと震えて痙攣する。
噛み付いていた顎の力も緩まるが、これはチャンスだと思い、そのままトウテツの口内に置く。
そして先ほどと同じように指輪に力の流れるイメージをしたのちに魔法を唱える。
「ライトニングっ!」
またもトウテツの身体が痙攣した。
そしてまた、魔法力を指輪に流し
「ライトニングっ!」
発動する。これをMPが空になり、魔法が発動できなくなるまで何度も繰り返した。
「はあっ、はあっ……と、ど、め、だっ!」
そして剣を少し引き、腕を口内から出すとそのまま脳天に剣先を当て、突き刺した。
「げおっ」
なんとも気持ち悪い声を出しながらトウテツが徐々に淡い光となっていく。
どうやら倒せることは倒したらしい。
だが、俺もそろそろ限界だ。
見上げればもうHPは4しかない。
「まったく……試練厳しすぎだよ……」
その場に俺は倒れてしまう。最早、指も満足に動かせない。
そのまま強烈な眠気が俺を襲ってくる。
やば……これ寝ちゃったらもう起きないだろうな……
光となっていたトウテツが完全に消えると共に扉が出現したのが確認出来た。
そして俺はそのまままた襲ってきた眠気に身を委ねた。
「う……ん……」
不意に眼を覚ます。
徐々に意識が覚醒していくと辺りを見回す。
辺りは一面白の空間。
「……天国?」
『違う』
俺の独り言に答える声がある。
この声はもしや……
「神様?」
『私だ』
「あ、いや分かってます」
神様が現れたということはやはりここは死後の世界ではないのか?
『違う、間違っているぞ。人よ、お前はまだ死んでいない』
「え?」
『周りをよく見てみろ』
神様にそう言われたので周りをよく見てみる。
するとそこは所々血のようなもので汚れた白い空間であることがわかった。とゆーか、ぶっちゃけトウテツと戦った場所だ。
「どうゆうことだ? 俺、死んだんじゃ……」
『その問いに簡潔に答えよう。まずはオープンと唱えた後、頭上を見ろ』
「……オープン」
神様の態度に訝しみながらも頭上を見上げる。
一体なんだと言うのだろうか。
探索者ランク H
レベル6
HP 12/55
MP 02/55
世界神の祝福(LEVEL2)
レベル1神のいたずら:体臭がなんかいい匂いがする(オンオフ可)
レベル2神の戯れ相手:時々世界神が話し掛けたりしてくる(拒否不可)
あっ……なんか増えてる。
しかもなんかまた微妙な感じの祝福だ。
『微妙とはご挨拶だな、人。その微妙な祝福によって生きながらえたと言うのに』
「はあっ?」
『話し掛けたりのたりの部分使って腕くっつけてやったりしたんだぞ? 有り難く思え』
腕をくっつけた?
すぐに視線を左腕に移す。
そこには変わりなく存在する左手の姿があった。
手を見つめながらグーにしたりパーにしたりと思い思いに動かしてみるが支障がない。
「すげぇっ……」
『別にお前に余裕があったら戻って神殿で治療を受ければ結果は同じことになっていた。だが緊急事態につき私が治した』
「あ、ありがとうございます。でも……なんで?」
『遊びの一環だ』
素直に感謝していいのかわからなくなった。
「……よっと」
立ち上がってみるが一瞬視界が霞み体がふらつく。いわゆる立ちくらみに襲われた。
『無理はするな。怪我はだいたい治したとはいえ、血が足りていない』
「つーか神様がいれば死ななさそうっすね」
『それは間違いだ。いくら私でも即死はどうしようもないし、体内の毒を浄化することもできない。また、お前のことを見ていなくてもアウトだ。今回はたまたま手を貸せるケースだったに過ぎない。あまり当てにはするな』
「すいません」
それっきり俺と神様の会話が止まる。
俺は折れた剣を回収すると気絶する前に現れた扉に向かって歩き出す。
扉を開けて中に入るとそこは狭い個室のような空間だった。
今入ってきた扉とは別に奥に扉がある。
ただ今はそれよりも部屋の中央に置かれた宝箱のようなものが気になってしょうがない。
「開けていいのかな……」
恐る恐ると言った調子で宝箱に近づき開けてみる。
そして箱の底にあったものを取り出してみる。
箱に入っていたのは1メートルを超える長さを持つ両手剣と白い何かの鍵のようなもの。
鍵を道具袋に仕舞い、両手剣をよく見てみる。拳三つ分の柄に剣の鍔の部分には赤い宝石のようなものが嵌め込まれている。鞘から抜き放つ。すると黒い刀身が姿を現す。
「なんか悪役が使う魔剣っぽい……」
でも、なぜか禍々しい感じはしない。
ちょうど今まで使っていた剣も折れてしまったことだし有り難く頂戴しておこう。
鍵についてはよくわからないので、クロースの爺に見せて鑑定して貰うことにしよう。
そう決めると奥の扉に向かって歩き出す。
扉をくぐるとそこにはただ祈るように手を組んでいる美玲と壁にもたれ掛かるように眼を閉じているセレナがいた。
「ご主人様っ」
先に俺に気づいた美玲が俺に近づいてきて抱き着いてくる。
「よ、よがったでず〜。だ、だめがどおもいまじだ〜」
そして顔を俺の胸に押し付けながら泣いてしまう。
熱烈な歓迎に呆気に取られているとセレナも俺の傍に近づいてきていることに気づく。
「あ、えっと……うわっ!?」
抱き着かれているのが恥ずかしくなって美玲を引きはがしてくれるようセレナに頼もうとした所、セレナもまた俺に抱き着いてくる。
「な、なに!?」
これはさすがに予想外だった。
一体どうしたというのだろう。
「……ソーマ、すまなかった。無事でよかった……」
耳元で呟くセレナの言葉の真意を理解できない。
何が起こったらこんなんになるんだ?
『簡単なことだ』
あっ、神様まだいたんですか?
『神は暇を持て余しているからな。それより彼女らの態度の理由なのだが、簡単に言えばお前が試練の門をくぐってから丸一日以上が経ったからだと推測できる』
丸一日以上ですか?
『左腕の修復に思った以上に手間取ってな。あとは本人達から聞け。私は寝る』
……神様も寝るんだ。
それっきりまた、神様は沈黙してしまう。
なんともマイペースなお方だな。
いや、まずは抱き着いている二人をどうにかしなければなるまい。
「……つってもどうすりゃいいんだろ」
女の子なのだから手荒にはできない。
「はあ……なんて気持ち悪い行動をしてしまったんだ……ソーマ、忘れてくれ」
思案しているうちにセレナが勝手に離れていく。つーか気持ち悪いってなんやねん。
まあ、あとは美玲だ。
「えーと……美玲? 君がくれた指輪のおかげで試練を突破できた。ありがとう」
「ご主人様……」
美玲が顔を上げる。
「あと、少し離れてくれないか? このままだと俺の男の部分が出てきちゃいます」
「リンはそれでもいいんですけど……」
そう言いながらも美玲はお願い通りに俺から離れる。
セレナと美玲が俺を見つめている。
なんか言わなきゃダメな雰囲気だ。
「黒木相馬、恥ずかしながら帰って参りました」
なんか無性にこれを言ってみたかった。
セレナに呆れたような眼で見られたことは否定できない事実だ。
なんと言えばいいのか……とにかく、ご都合主義ですいません。




