第一の試練・前編
ギルドにて迷宮に入る許可をもらい、社から十階層に階層ジャンプを行う。
そして十階層にて三人が巨大な門の前に立つ。
すでに俺とセレナはパーティー登録を済ませてある。
美玲に関しては今回はパーティー登録はしていない。ただ一緒に迷宮に入っただけだ。
「緊張するなぁ……」
「所詮は通過点だ」
門から発せられる威圧感に圧倒されている俺とは違い、セレナは涼しげな声でそう答える。だが、横目でちらりと見た限りでは顔が少々強張っているように思える。
「リンは門の先の十一階層へと続く階段の前でお二人を待たせていただきます」
「ここまで連れて来といて何だけど、待ってて暇じゃない?」
「連れて来たのではなくついて来た、が正解だ」
「大丈夫です。ご主人様の無事をお祈りしていれば時間なんてすぐに経っちゃいます」
「祈るのなら神殿に行け」
「なんでそう突っ掛かるのさ。仲良くしようよ」
さっきからセレナが美玲に発する言葉にとげがある気がしてならない。
「別に突っ掛かているわけではない。でも彼女がここにいる意味が見出だせないだけだ」
「ご主人様の近くに居たい。ただそれだけの理由です」
「見上げた隷属根性だな」
「ご主人様、リン褒められちゃいました」
そう言って美玲はニコニコと嬉しそうに笑う。
なんと返してよいのかわからない。
隷属根性が褒め言葉になるなんて初めて知ったよ。
「えーと……んじゃ門の中に入ろうか」
「ご主人様、ちょっとお待ちください」
話題転換のため門の中に入ろうとした俺を美玲が呼び止める。
「どしたん?」
「これをお持ちください」
そう言って美玲は右手の薬指の指輪を外すと俺に差し出す。
「えーと……」
「黄色の魔法、ライトニングが宿る指輪です。お守りの代わりに持っていってください」
くれると言うものを断るのは気が引ける。知らない人から物をもらうのはダメだと言われて育ってきたのだが、美玲なら問題ないかなと思う。
なにより魔法が使える魔法具って超欲しかったからな。
「ありがたくもらっておくよ」
美玲から指輪を受け取る。
だけど、美玲が着けていただけあって小さい。しかし、なんとか右手の小指に嵌めることができた。
「その指輪がご主人様の助けになれることを願っています」
「ああ……ところで、さっき言ってた黄色の魔法ってなに?」
流そうかとも思ったが気になったので聞いてみた。
「魔法は色で表される。基本色として赤、青、緑、黄の四色と扱うのに才能がいる白と黒の二色の計六色が現在確認されている。魔法を発動するタイプの魔法具は魔法力を込めると発光するだろ? あれによって分けられるんだ。先に挙げた四色は誰でも使いこなせるが後の二色に関しては才能が必要だし、人の手では作り出せない」
「へぇ〜」
セレナが魔法について説明してくれたが、要は魔法力を込めた時の発光色で分けているということでいいのだろう。
「それではソーマ、行くぞ」
「うん」
セレナが門を押し開く。
その奥は黒い闇に覆われて窺い知ることはできない。
「それではご主人様、ご武運を。仕えた翌日にリンを野良雌犬にしないでくださいね」
「何言ってんの君?」
なんだよ野良雌犬って……
俺達は美玲をその場に残して前に進む。
「お一人でもめげずに頑張ってくださいっ!」
そう後ろから声が聞こえたと思ったら門が閉まってしまった。
「え? 一人ってどういうこと!?」
そうツッコミを入れてみるが、応える声はない。
そう、誰も応えてくれない。
美玲が応えないのはわかるが、こういうとき大丈夫だと声をかけてくれる女性すらもいないのだ。
「セレナ? セレナどこにいるんだっ!?」
大声で呼んでも応えは返ってこない。
いや、そもそもセレナの気配らしきものがいきなり消えたこと自体がおかしい。
セレナは俺のすぐ目の前にいたのに忽然と姿を消してしまったのだ。
明らかに作為的に俺達を引きはがした。
美玲も言っていたではないか「一人で頑張れ」と。つまり……
「試練は一人で受けるものなのか……?」
どうしよう。
早くも帰りたい。
セレナがいるから大丈夫だと思ったのに、一人でやらなきゃいけないなんて想定外もいいところだ。
生憎と真っ暗でどっちがどっちかわからない。
またいつもならシックスセンスによってこっちに行けばいいと感じるのだが、今回はなぜかそんなものはない。
とりあえず真後ろにそのまま進めば出られるだろうと思って進む。
しかし、せいぜい10メートルほどしか門から離れていないはずなのに一向に辿り着く様子はない。
「……どうなってるんだ?」
でも進むしかない。
立ち止まっても助けなんて来なさそうだしな。
しばらく歩くと突然、目の前に扉ほどの白い空間が現れた。
「入れってことか?」
意を決してその空間の中に入ってみる。
そこはただただ白い空間だった。
一応壁と天井を確認できるだけの要素はあるが、一面真っ白ということに変わりない。広さは大体20メートル四方ほどの大きさだ。
そしてその真っ白い空間の中央にそいつは鎮座していた。
羊、最初の印象はそれだった。丸まりながらも立派な角を持つ羊。実際遠目から見れば確かにそうだったから。
しかし、よくよく見れば明らかに違った。
下手な軽自動車ほどの大きさなのもそうなのだが、それよりもなんと顔が人のそれだからだ。
「なんだよ、あれ……」
不気味に思って踵を返すが、そこには先ほど俺が入ってきた入口のようなものはない。
「よく来た、人よ」
底冷えするような低い声でそいつが俺に語りかけてきた。
「我は饕餮、此度の貴様の試練を担当する」
「セ、セレナをどこにやったんだよっ!」
「我は知らぬ」
俺の言葉はただ一言で切り捨てられてしまう。
「此度の試練は個々の資質を見るもの。貴様に課せられたのは我を倒すことのみ。他者の心配をする余裕があるのか?」
「いいから教えてくれ。セレナは無事なのか?」
「我は知らぬと言った」
トウテツとやらの表情は冷淡で何を考えているかわからない。こいつにも効くのかどうかわからないが一応瞳の能力は発動していない。
「さて、先ほども言った通り貴様は我を倒せばそれで良い。掛け金は貴様の命だ」
「ちょっと待ってよ。掛け金が命って……試練に失敗したら生きて出られないということか?」
「たまに失敗しても生きてここから立ち去る者もいる。だが、それは資質を示しながらも我等に届かなかった者に温情を与えただけのこと。基本的には試練の失敗は死を意味する」
「リタイア! ギブアップ! 今日はここらで鍛え直して出直します」
「認めぬ。試練の門をくぐった以上、途中での離脱はできない」
やるしかないってことか……
くそっ、何が私がいるから大丈夫だよ。いねーじゃん。
美玲も美玲だ。試練が一人で受けなきゃいけないならそう言ってくれよ。
ロングソードを鞘から抜き放ち構える。
「やる気になったようだな。ではこれより試練を開始する」
そう告げるとトウテツは腰を上げる。
……来る。
しばし睨み合いながら互いの距離を縮めていたところ、不意にそう感じて横に跳ぶとさきほどまで俺の居たところにトウテツが突進していくのが見えた。
間一髪最初の攻撃をかわすことができたみたいだ。
すぐに自分の体勢を立て直す。
そして剣を構えるが斬りかかる隙を見つけられない。
「初撃をかわしたのはなかなかだ。誇れ人よ。これだけで死んでしまう弱き者も少なくない」
トウテツはそう言うと感情が篭らない瞳で俺を見る。
そして大きく口を開けた。
そこに見えたのは猛獣の如く鋭い牙。あんなものに噛まれたらひとたまりもないことは想像に難くない。
「はぁはぁ……」
ただ対峙しているだけで精神が削られる。
恐怖で心が黒く染まり、気を抜けば一歩も動けなくなってしまいそうだ。
その前に決着をつけるしかない。
俺の持ち得る最高の一撃をお見舞いする。
とは言っても俺が出来ることといえばただ近づいて斬るということだけだ。
でもただ近づくだけではない。神様からもらった加速装置を発動させて斬る。
それでおしまいに出来るはずだ。
【加速装置・発動】
発動させた瞬間にトウテツに近づいていく。
今の俺は10倍の速度で動いている。
いかにトウテツが強くても捉えきれているはずはない。
「うおぉぉお」
両手で剣を持ち、トウテツの背後にまわって渾身の力を込めて振り下ろす。
ガキンッとまるで岩でも斬りつけたかのような感触。
徐々に手から肩へと衝撃が伝播し俺の動きが止まってしまう。
「我に立ち向かう勇気は良い、だがそれだけだ」
「ぐふっ」
いきなり腹部への衝撃が走り後方へ3メートルほど飛ばされる。
「ゲホッ、ゴホッ」
一瞬、呼吸が困難になるがすぐに復活する。
トウテツに腹を蹴られたみたいだ。
それにしても攻撃を喰らってしまうとは……どうやらビックリして加速状態を解いてしまったらしい。
「ほう、今ので内蔵破裂を起こさぬか……よき衣を身につけている」
ダメだ……死ぬ。
斬れない相手をどうやって倒せってゆーんだよ。
この試練はまだ俺には早かったに違いない。
力の差が大きすぎる。
「どうした? かかってこないのか?」
トウテツが俺を見ている。
その眼はかかってこないのならば自分が行くぞという意志を伝えてくる。
「くそがっ」
死にたくない。
この思いを勇気に変えて立ち上がる。
背中はダメだった。
なら今度は正面からそれも顔に突き刺してやる。
体は化け物とはいえ、顔は人だ。
普段の俺ならばそんなことは考えたとしても実行に移せるわけがない。
だが、この死を感じさせる空間が俺の心の枷のいくつかを崩壊させていた。
【加速】
今一度加速装置を起動させる。
そして半身になり、剣先をトウテツに向けて肘を曲げて構える。
そのままトウテツに向かっていく。
トウテツはただ何をするでもなくその光景を見ていた。
「喰らえっ」
そのことを不気味に感じながらもトウテツの目の前でトウテツの顔面に向かって走ってきた勢いのままに剣を突き出した。
殺ったと思ったのは剣を突き出した瞬間だけだった。
剣先はトウテツの顔に当たった瞬間からその皮膚を貫くことなく何か強い力で押し返されたかの如くしなり、刀身が半分に折れてしまったのだ。
「なっ……」
今まで共にあった愛剣の呆気ない最期に呆然としていたのも束の間、左腕から感じた鋭い痛みが俺を戦いの場に呼び戻す。
またしても加速状態を解いてしまっていた。
そこにあったのはトウテツがその鋭い牙を俺の左腕に突き立てている光景。
「ぐわぁっ!」
あまりの痛みに剣を取り落とす。
それでもなんとか左腕を解放しようと右手でトウテツの顔を殴り続ける。
するとトウテツの噛み付く力が強まり出し、俺を銜えたまま首を振る。
「うわぁっ」
その動きによって壁にまで飛ばされ、背中を強かにぶつけてしまう。
「いってー……」
やはり勝てない。
つーかどうやっても無理だ。
「え?」
そこで俺は信じられないものを見た。
いや、見てしまった。
さきほど噛まれた左腕の肘から先がない。
「あ、があああああっ!」
痛い。いや、熱い。身体中の熱が左腕に集まったかのようだ。
左手の喪失感。左手の拳を握ろうにもその命令を受けるべき手はもはやない。
言葉がうまく紡げない。
口から漏れるのは痛みを叫ぶ声なのか腕を失った悲しみに泣く声なのか自分でも判断ができない。
無意識に右手で失くなった左腕の付け根に手を置く。
触れてみて改めてわかる。俺は左腕を失ったのだと……
トウテツと俺しかいない白い空間に血の朱が広がり、俺の唸り声が反響していた……
敵強すぎですかねー?
それでは後編をお楽しみに(ただし期待値のハードルは下げてください)




