新たなる
「なるほろね……」
掃除を終え、事情説明を聞いてリカちゃんは納得したというように頷く。
「つまりは痴情の縺れって奴ね」
何も伝わっていなかったらしい。
「話聞いてましたか?」
「うん、聞いたよ〜」
返ってきたのはなんとも軽い返事。
「ならば痴情の縺れじゃないのは明白でしょ……」
「うむうむ。まあ、自殺を止めたのはグッジョブでした。人様のお家で自殺とか迷惑極まりないし、後始末がめんどいかんね〜」
「申し訳ありません……」
リカちゃんの言葉に自殺しようとした本人が謝る。
とゆーか後始末云々はどう受け取るべきなのだろうか。その意味が指すものが隠蔽とかだったら恐ろしい……
「そんでストーカーちゃんはどうすることにしたん?」
「え?」
「都市の警備兵にでも突き出すのん?」
よくよく考えれば生きろとお願いしたのはいいけど、根本的な解決には至っていない。
普通に考えれば警備兵に連行させるべきなのだろうが、美玲にそれを? ありえないね。
「ストーカーは犯罪です。よって美玲、今後は無断でのストーキング行為は控えましょう」
「はい、控えます」
うん、いい返事だ。
素直なのはいいことです。
「とゆーことで、無罪放免お疲れ様〜」
いやー、いいジャッジしたぜ。
裁判員も参考にしてしまうぐらい公正な裁定だ。
「あくまで『控えろ』なんだな……しかも『無断で』ということは許可があればいいってことじゃ……」
「ん? セレナ、なんか言った?」
「いや、別に……」
美玲とは違ってはっきりとしない奴だな。
でも、美人だから許しちゃう。
男なんて美人には優しい生き物だからな。
「問題は解決したみたいやね」
「残念ながらまだです」
リカちゃんの言葉に美玲が反応を見せる。
はて? まだ何か問題があるのだろうか。
「何?」
「えっと……リンをご主人様のパーティーに入れて欲しいのです」
少し躊躇った後に意を決したように美玲が言う。
「ぱーちー……」
こりゃまたいきなりなことだな。
ちらりと横目でセレナを見てみるが特に表情への変化はない。
セレナに反対がないようならば俺に拒む理由はないのだが……
「ダメだ」
少しばかり予想していたが、やっぱり断ったか。
「どうしてですか?」
「どうしてだと思う?」
「質問に質問で返すのは愚かな所業だと思いませんか?」
「フンッ、そうゆうお前こそ質問で返しているようだが?」
「ガバチョ……」
セレナと美玲が睨み合う。
つーかガバチョってなんだ?
それにしてもセレナの返しがすっげー意地悪いな。
それはそうとセレナが美玲を受け入れない理由……そういえばセレナは前に信頼できない相手と共には行けない的なことを言っていた。
押しかけてきた他人にいきなり仲間に入れてと言われて即答でいいですよと答える大人はそうはいない。
物事にはなんでも理由がある。
セレナがまず聞きたいのはこれではないのだろうか。
ならば俺が代わりに聞いてやろう。
「えっと……どうして俺達の仲間になりたいの?」
「何を言ってるんだお前は……そんなものお前がいるからに決まってるだろう?」
美玲ではなく、セレナが答える。
違うか? とセレナが美玲に尋ね、美玲はその言葉に違いませんとはっきりした口調で応じる。
つーか美玲が仲間になりたい理由は見当がついていたらしい。それも俺がいるからという単純な理由だ。
「んじゃ何が不満でごねてるのさ」
「ごねっ……あのな、名前以外実力も何もわからないストーカー気質の女を仲間に入れるわけないだろ……」
「ストーカーの件は解決したっしょ?」
「一応はな。だからって簡単に信用できるのか? とゆうかなんかお前、仲間にするの前提で話を進めようとしてないか? そんなことじゃ美人局に騙されるぞ……」
呆れたように俺に言うセレナ。
まあ、セレナの断った理由は俺の考えの通りだった。
それにしても……
「仲間にする前提で言ってないよ。セレナにきちんと断る理由があるならそれでいい。俺はセレナの決定に従う」
「ご、ご主人様……」
俺が味方をしないということを口に出したことで美玲が絶望したような表情を見せる。
しかし、俺は等しいレベルの美人ならより親しい方を優先させる。すまん美玲……
「と言うことで反対ニ票でお前の提案は否決だ。パーティーを組みたいのなら他を当たれ」
セレナが美玲にそう告げる。
「はいはーい。私は賛成に一票」
とそこに右手を高々と挙げてリカちゃんが割って入る。
「貴女には関係ない」
「うん、たすかにね。でも、セレナんの挙げた理由だけでパーティーを組まないという結論に至るのも早計だと思うよ?」
「セレナんとは私のことか? とゆうかその根拠はなんだ?」
「だって彼女をパーティーに入れることでのメリットがアウトオブ眼中になってるもの。そこを考えるべきでしょ? とゆうかそもそものデメリットは? 感情だけで物事を判断してるんじゃそう遠くない内に死ぬよ?」
美玲がパーティーに入って出るメリットとは単純に戦力が増えることだろう。美玲の実力がいかほどか知らんが、頭数が増えるということ自体がメリットと言えなくもない。
戦力の強化は迷宮での死亡率の低下に直結する。
では、デメリットはなんだろうか?
簡単に挙げれば、レベルアップに必要なモンスターの絶対量の増加だ。単純計算でレベルアップには1.5倍ほど倒すべきモンスターの数が増える。
だが、よくよく考えれば戦力が増えれば倒すモンスターの数も自然と増えるのだからそう悪いことでもない。
では収入か?
俺達はアイテムを換金した金を等分にして分ける。三分の一ともなれば当然取り分は減る。ただでさえ少ないのにこれ以上減るのはいただけない。
「フム……メーリン、迷宮の指輪に触れさせてくれ」
「どうぞ」
何か考えていたセレナは美玲の左手の指輪に触れる。五本の指すべてに指輪がつけられていた右手と違って、左手には人差し指に迷宮の指輪がついているのみだ。迷宮外で唯一、他人のHPを見るためには迷宮の指輪に触れるしかない。セレナはそれを確認したかったのだろう。
「俺もいいか?」
「もちろんです」
便乗して俺も触れる。
すると彼女の頭上に
探索者ランク H
レベル8
HP 51/60
MP 64/68
と表示される。
HPやMPが減っているのはさきほどの自殺未遂のせいなのだろうが、それよりも探索者ランクとレベルが俺達より高いことに驚かされる。
俺もセレナもレベルは5だし、探索者ランクは一番下のIランクだ。
つまり美玲は俺達よりもワンランク上の探索者ということだ。
「今は何階層を探索しているんだ?」
「基本的には十五階層の辺りです」
「私達はまだ第一の試練も突破していない。それでも私達のパーティーに入りたいのか?」
「試練を突破していないことは存じています。こっそりとストーキングもとい後をつけていましたから」
「メーリン、これでは君へのデメリットの方が大きいのではないか?」
「何をおっしゃるビッチさん、です。ご主人様と一緒に迷宮探索、このご褒美の前には多少の不便はないも同然です」
「ビッチ……? まあ、いいか。確かにメーリンとパーティーを組むことのメリットはある。ものは試しということでパーティーを組むことも悪くはない……しかし、簡単には信用は得られないと思え」
ビッチは否定しないの?
お父さんはそれを全力で否定して欲しい。
これが俺の最優先事項です。
「とゆうことはパーティーに入る許可を頂けたということですね? ありがとうございます。この楊・美玲、必ずやご主人様のお役に立ってみせます。よろしくお願いします」
美玲が土下座をしそうな勢いで頭を下げる。
「あ、うん、よろしく……時にセレナ、お前はビッチなのか?」
「だからビッチってなんだ?」
「尻軽とかアバズレのことです」
「なっ……」
「そんな服を日常的に着ていれば当然の帰結だと思います」
美玲が笑顔で断言した。
「わ、私は断じてビッチなどではないっ! とゆうか見た目で人を勝手にビッチにするなっ!」
セレナは顔を真っ赤にしながら否定する。
その言葉には嘘偽りない。お父さんは信じてましたよ。
「よくぞ言った。美玲、セレナをビッチ扱いするのは今後禁じる」
「はいです。リンはセレナさんを今後ビッチ扱いはしません」
「……なにかおかしくないか? 禁じないと私はビッチ扱いされるのことをやむを得ないのか?」
そんなこんなで美玲が俺達のパーティーに入ることが決定した。
「話もまとまったとこでごはん食べよっか」
話が一段落ついたところを見計らってリカちゃんが提案する。
「うん、そうしよう」
「んじゃ作っからちょいとばかり待ってておくれやす」
「あっ、手伝います」
美玲が立ち上がってリカちゃんにそう言った。
「いやいや、リンリンはお客なんだから座って待っててよ」
なんだその日本にやってきたパンダみたいな愛称は
「リンはメイドですから」
「ほぅ……ならばその腕前、見せてもらおうか」
「はいです」
二人は連れだってキッチンへと入っていった。
この場に残ったのはセレナと俺の二人。
「セレナは行かないの?」
「私は料理できないしな。邪魔になるくらいなら行かない方がいいだろう」
「ふ〜ん、残念だ」
「それは私の存在がか?」
「セレナの作った料理が食べられないことがだよ」
「そうか」
あれ? 照れるかと思ったのに軽く受け流された。わりと勇気を出したんだけどな。
「それにしても美玲がパーティーに入ってくれるなら試練も楽になったな」
「馬鹿か。彼女は十五階層まで攻略してるのだから試練はすでに突破している。よって彼女と共には第一の試練には挑めない」
見落としてた……
んじゃ二人で試練に挑むしかないってことか。
「まあ、新たな仲間は歓迎すべきだね。収入が減るのはいただけないけども」
「減らないぞ? とゆうか私達二人に関してはいくらか増える」
「え?」
「彼女は銅糸の道具袋を持っていたからな。三人の袋の総量を等分するとなれば一人頭が僅かに増える」
えっと、俺の道具袋は同じアイテムが10個ずつ入って、銅糸の道具袋が15個ずつ……合計25個を二人で等分すると一人12.5個分の収入で、そこに美玲の分の道具袋の総量を加えて等分すると一人頭約13.3……本当だ、増えてるよ。
「とゆーか美玲は減ってるじゃん」
「お前と組むことによってな。ちなみに私も減ってるということを念頭に置いておけ」
「おおう……」
ボディーブローが来た。
足を引っ張ってるのは俺か。
美玲にもセレナにも迷惑をかけてるダメな存在、それが俺。
「だけど私もそして多分メーリンもそれを承知でお前と組んでいるんだからな」
「セレナ……」
これがいわゆる飴と鞭ってやつか。現代で言うツンデレ。
あたい、これからもセレナについていくっ! と思わせられた一幕だった。
その後四人で少し遅めの昼食を取った。
その際に改めて美玲のことを聞いた。
なんでも美玲は、俺が探索者だとわかった翌日にはそれまで組んでいたパーティーから離脱したらしい。
俺と組むためだとはいえ、見切り発車もいいところだ。
また、試練の内容についても聞いてみたのだが、話せないの一点張りだ。試練の内容に関しては強いモンスターと戦うと以外の情報を伝えることはできない仕様らしい。
昼食後俺はセレナを宿まで送っていくことになった。
美玲の件が片付いた以上セレナを留める理由がなくなってしまったからだ。
それを惜しく感じても、セレナが帰ると言い出したのだからどうしようもない。
「さて、色々あったが明日は予定通り試練に挑むぞ」
「延期は……しないよね?」
「別に延期しても何も変わらんだろ」
「いや、レベルとか上がった方が……」
「確かにそうかもしれんが、レベルが上がるほど浅い階層では経験値は貯まらん。そんなことは無知のお前でもわかっているだろう? それに言っているだろ、私がいるのだから大丈夫だ」
セレナの根拠のない自信は慣れたものだが、不思議と今回のものはそんな気にさせられる。
「ああ、頑張ろうな」
「うむ、ではな」
俺達はそう最後に言葉を交わすと別れた。
「あの人、無駄に自信過剰なとこありますよね」
「どわぁっ! 美玲いたのか……」
いきなり背後から美玲が現れた。
すごく心臓がドキドキしてる。
ちなみにではあるが、ビックリしたからであって、美少女が近くにいることで興奮してるわけではない。
「ご主人様、ご自分で無理だと考えているのなら止めた方がいいですよ。なにも急ぐ必要はありません」
「……でも、セレナが試練を受けるって言ったからね」
「ご主人様がそうおっしゃられるならそれでいいのですが……でも、一つだけご忠告を……ご主人様、セレナさんが総てにおいて正しいわけではありませんよ。……それではお先に戻らせていただきます」
そう告げると美玲は俺を置いて先に行ってしまう。
優柔不断な俺の態度に呆れてしまったのだろうか。
いや、優柔不断ではないな。俺は責任というものをセレナに押し付けているだけだ。
なにか失敗してもセレナがそう言ったからと逃げ道を作っているだけなのかもしれない。
でも……だけど……
「俺は何にも知らないんだからしょうがないじゃないか……」
この世界のこと、そして迷宮探索というものをよくわかっていない俺が他者にすがることは悪いことなのか?
自問自答しても答えは出ない。
とりあえず俺は今の現状にだいぶ満足している。
とにかく今は帰って明日に備えておこう。
「ん?」
とそこで俺はひとつの疑問にぶち当たる。
「先に戻るって……どうゆうことだ?」
その疑問はすぐに解けることとなった。
なんと美玲はマダム宅に住むことに決まっていた。
マダム宅は二人(プラス屋外に一人)の暮らしのわりに部屋数が多く、いくつか部屋が余っている。そこの一室に住むそうだ。
俺が物置で美玲が普通に部屋に住むことに若干の嫉妬を感じたが、脳内の俺の女の子だからいいんじゃね? の一言で快く迎えることができた。
そして翌日、俺とセレナ、そして新たに美玲を加えた三人で迷宮に入るのだった……
美玲が仲間になりました。
次回はいよいよ第一の試練に挑みます。
美玲は参加できませんが、パーティーに入った翌日に置いていくわけにも行かないので……