手紙の主
(一応の注意)
人によってはちょっと見苦しい表現があるかもしれません。
ライトに受け止めて頂ければ幸いです。
ヤン・メイリンと名乗った少女は俺に向けてご主人様と言った。
なんというか……
「もう一回ご主人たまって言って」
「はい、ご主人様っ!」
「ヤバい……いいわ〜」
「おい、そこの馬鹿」
「ふぁいっ!」
危ない危ない……
ついつい思考が飛びかけたのだがセレナの声に呼び戻される。
「んでどうなんだ?」
「なにが?」
「だから、彼女の名前を聞いて思い当たることはあるのか? というかご主人様呼ばわりされておいて知らないわけないだろう?」
「そうは言ってもなぁ……」
どっかで見たことはあるような気もするが、名前を聞いてもピンと来ない。
一体どこで知り合ったのだろうか。
「えーと、メイリンさんだっけ? 少し君について質問させてもらってもいいかな?」
「はい、なんでもどうぞ」
「そっか……なら、ガーターベルトはきちんと着用あぶっ!」
セレナが殴った。
超痛いんすけど……
「ぐだらないことを聞くな」
「俺の中では重要だったりするんだけど」
「知らねえよ」
言葉にトゲの幻覚が見えた気がした。
「ガーターベルトは着けてます」
「えっ? も、もちろん黒だよね?」
「はいです」
「……帰っていいか?」
セレナがすごく冷めた表情で部屋から出ようとする。
「すいません。真面目にやるんで帰らないでー」
「本当だな?」
「ういっす」
「ふざけたら帰るからな」
「ほぼ確実に一人では帰れないと思うけどあえて口にはせず、ふざけないということを誓います」
「……今のはカウントしないでやる」
そういってセレナは深くため息を吐く。
どうやらさっきの俺の発言も本来ならふざけたものに数えられるらしい。……気をつけよう。
「とりあえず場所変えよっか?」
そう言って俺はマダム宅の鍵を取り出すのだった。
「粗茶ですが」
いつも食事をとるところに来て着席を促し、椅子に座った二人の前に中国茶っぽいものを出す。
そして俺も空いている席に腰掛ける。
「さて、何から聞けばいいのやら……とりあえずなんで俺の部屋に?」
「えっ? だってご主人様がリンを読んだんですよ?」
「ということみたいだが?」
デリヘル?
いや、でもそんなものを呼んだ覚えはない。
「俺がいつ呼んだの?」
「そうですね……少し前でしょうか」
「やっぱり覚えがないや」
「……私からひとつ聞いていいか?」
「どうぞです」
「ソーマがお前を呼んだというのはどこでだ?」
「いやですよ。あなたのご宿泊している宿の前で大きな声で私を呼んでたじゃないですか」
どういうことだ。
俺がセレナの宿の前でこの娘を呼んだ?
電波系って奴か?
せっかく可愛いのに……
「そうか。やはりか……」
しかし、セレナはそれで納得がいったという様子だ。
「わかりやすくかみ砕いて教えてよ」
「わからないのか? 彼女がお前に手紙を出した者ということだ」
セレナの言葉を理解するべく俺の脳みそはフル稼働する。
しかし、そんなこと信じられるわけがない。
俺には確証が足りないんだよ。
「えっと、これ君が書いたの?」
そう言って例の手紙をメイリンさんの前に広げて見せる。
「はいです」
はい、早くも確証を得ました。
「な、なんで?」
「だって好きですもん」
彼女は曇りのない表情でそう告げる。
俺の瞳の能力で嘘ではないとわかるだけにその言葉が不思議でしょうがない。
「て、てゆーか知り合いじゃないよね?」
「そうですね。リンはご主人様のことを知っていますが、ご主人様はリンのことをよく知らないと思います。イコール知り合いではありません」
俺は彼女を知らないが、彼女は俺を知っている?
「俺を知っているというのは?」
「えへへ〜、ご主人様のことならだいたい知ってますよ。とは言ってもご出身は存じません。だけど身長、体重、好んで食べる物からお風呂で最初に洗うのはどこかなんてのは知ってます」
出身に関しては別の世界だから知りようがないとしても他はどうやったんだ?
というか!
「風呂でなんか感じると思ったらもしかして原因は君?」
「はい。ご主人様時々無駄に勘がいいんですよね。リンはこれでも気配を隠すのとか得意なんですけどね」
「そういう問題じゃないでしょ。覗きは犯罪ですよ」
「えへへ」
なんで照れてんのこの娘……
褒めてないよね?
「というかお前は本当にコレに惚れてるのか?」
黙って成り行きを見ていたセレナが口を挟む。
とゆうかコレ扱いなんですね。
「おかしいですか?」
「いや、別に好みは人それぞれだから私がとやかく言うことではないのだが、どこに惚れる要素があったんだ?」
遠回しにけなされてる気がする。
「全部です。リンはご主人様のすべてが好きです。でも、あえてきっかけを言うならその正義感でしょうか」
「「正義感?」」
あっ、ハモったー。
って、俺はともかくセレナも正義感に疑問を抱いたんかい。
「コレに正義感……」
そこっ! 疑わしげな目でこちらを見ないように。
「はい、暴漢に絡まれたリンを颯爽と救いだしてくれたんです。あの姿は物語の王子様のようでした……」
そう言ってメイリンさんはうっとりとした表情になる。
「お前、そんなことをしてたのか……少し見直したぞ」
見直したということはそれまでの評価は低かったってことですか?
とは言ってもそんなことあったかな?
……いや、あった。
「そうか! あの時の娘かっ!」
「はいです」
そうだそうだ。
暴漢三人に絡まれているのを助けた時のあの娘だ。
なるほど白馬の王子様のごとく助けに現れた俺に惚れたというわけか。
納得納得…………いや、待て。
俺はあの時、正体が露見して報復を受けないようにと変装していたはずだ。しかも逃げる俺を追いかける人達もきっちりと撒いた。
「……なんで俺だと知っている?」
「どうした?」
「なんで君を助けたのが俺だってわかったんだっ!?」
「落ち着け、どうしたんだソーマ?」
セレナがいきなり取り乱した俺を心配そうに気遣うが、今の俺にはそんなことは煩わしく感じる。
バレた。
正体がバレている。
あの格好をしていたのが俺とバレている。
まさか、あの三人組にも……
「大丈夫です。リンしか知りません」
「え……」
「だから大丈夫ですよ」
メイリンさんが優しく諭すように俺に話し掛ける。彼女の言葉に嘘はなく、安堵する。
「話が見えんのだが……」
セレナは頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「ご主人様は正義のヒーローのごとく正体を隠してリンを助けてくれたのに、正体を知られていたことに慌てただけですよ」
違う。あの変態が俺だと知られていたことや、暴漢共にもバレていて報復がくるのが怖くて取り乱しただけだ。
「なるほどな。ではなぜメーリンはわかったのだ?」
「セレナさん、人の名前は正しく言ってください。リンの名前はメーリンではなく、メ・イ・リ・ン。字で書くとこうです」
そういってメイリンさんは懐から紙とペンを取り出すとそこに『美玲』と書く。
漢字なんだー。なんかすごい親近感。
「さらに言えばご主人様もソーマではなくソ・ウ・マです。字で書くとこうです」
美玲さんは美玲と書いた隣に『相馬』と書く。なぜか相合い傘も書いていることにツッコミを入れるべきなのだろうか。
「む? そ、それはすまん。ソーマ、いや、ソウマもすまん」
「いや、呼びやすいように呼んでいいよ」
「ですよねー。リンもメーリンでいいですよ」
「……この女」
セレナの顔が完全に怒ってるよ。
ど、どうすればいいんだ。
「それで、なんでわかったのかでしたね。それは簡単ですよ。答えは匂いです。リンは犬型の獣人だから匂いを元に探したんですよ。わんわんっ!」
「わんわんっ!」
「こら」
「……はっ! ついつられてしまった……」
「まったく……匂いで探したねぇ、どれ」
そう言ってセレナは俺に鼻を近づける。
すっげードキドキする。
「うん……確かになんかいい感じだな」
「ですよね〜」
そこでなぜか俺の匂い談議に華を咲かせる乙女たち。
つーか匂いってもしかして神様の祝福で出た奴が関係してんのか?
あれってモンスターにだけ効果があるもんじゃないのか。
今はレベル上げのためにオンにしていたままだしな。オフったらどうなるんだろ……気になるけど今は置いておこう。
「はいはい、匂いにまつわる乙女トークはそこまでにしなさーい。そして美玲さん、ちょっといいかな」
「美玲と呼び捨てでお願いします。それがお嫌ならば雌犬でもいいです」
「…………美玲、少しいいかな?」
「おい、なんで空白の時間があったんだ。悩んだのか? お前、悩んだのか?」
「……違うよ?」
「なぜ疑問形になるんだ」
「黙秘します」
「それは答えたようなものだ」
「うっ……と、とにかく美玲はちょっとこっちに」
「はいです」
美玲を部屋の隅に連れていく。
「あ、あのな……」
「なんですか?」
うお……なんて純真な瞳をしているんだ。
つーか近くでみるとやっぱり美少女だな。
「いや、あれだ。俺の変装時の姿なんだけど……」
「あっ、はい」
そう言って彼女はスカートの中に手を入れると何かをずり下げるかのような仕種をみせる。
「ってちゃうわいっ!」
「え? ストックがなくなったから欲しいというお話では……」
「ありません」
「そうですか。残念です」
「俺も……じゃなくて、あの時の恰好のことは誰にも言わんでくれとお願いしたいんだ」
「はい、いいですよ」
「えっ? マジで?」
なんかすげえすんなり受け入れるんだな。
嘘をついている様子もない。
「リンはご主人様の言葉ならなんでも従います」
「ああ、そうなんだ……戻ろう」
可愛い娘になんでも従うとか言われてエロいことが浮かぶのは普通だよね?
元の席に戻るとセレナが生ゴミを見るような目で俺を見ていた。
「……いやらしい」
「な、なんのこと?」
「下着を脱がそうとしていただろう?」
あっ、そっちか。
会話が聞こえていて、心を読まれたわけじゃないのね。
「あれはちょっとした誤解があったんだ」
「どうだか……それよりも彼女、どうするんだ?」
「どうするとは?」
「彼女がお前に対して手紙を出した人物だというのはわかっただろう。しかも言動から推察すると他にもストーカー行為を働いていたと思われる。違うか?」
「いやあ、あんな程度でストーカーなんて温いだろー」
「……私やリカとか言ったか、お前の知り合いが同じことをやられていたら?」
「許せんっ! ぶち殺すっ!」
風呂を覗くだけで死罪確定だ。俺ですら彼女たちの生まれたままの姿は見たことないのだからな。
「だ、そうだが?」
そう言ってセレナは美玲を見る。
あ、やべ……
「…………」
美玲の表情は誰が見てもわかるくらいに沈んだものとなっている。
「……確かに、勝手にご主人様の私物をこっそり拝借して新しい物と交換したり」
どうりで最近の毛布が綺麗になったり、脱衣籠に入れた下着がなんか違うなと思ったはずだ。
「眠っているのをいいことに添い寝やキスしようとしたり」
それは知らんかった。
つーか触れたんか? 唇は触れ合ったんか?
「ご主人様が行く先々には必ず後を附けて行きましたけど」
えっ、マジ?
「決してストーカーなんてものじゃありません。言うなればこの気持ちは純愛です」
「いくら純粋な愛情だろうと行き過ぎ、かつ一方的であればそれはストーカー行為というんだ。とゆうかソーマはそれだけされてたことに気づかなかったのか?」
「あんまり」
「さすがだな」
どういう意味でござんしょ?
「ともかく、お前のやったことははストーカーだ」
「そ、そんな……そんなことありませんよね?」
美玲が俺に縋り付いてくる。
「えっと、行為自体はストーカーみたいだよね……」
「あっ……ご、ご迷惑でしたか?」
「……少なくとも受け入れられないかな」
「そう、ですか……」
そう言って彼女は俺から離れると後ろ手に何かを取り出す。
それは刃が軽く反り返った長さ二十センチほどのコンバットナイフのような物。
……で、出た「受け入れられないんならあなたを殺して私も死ぬ」だ。
どうしよう。こういう時ってドラマとかでどうやって解決してんだ?
ドロドロしたのは嫌いなので見てないんだよー。
「それをどうする気だ?」
セレナが美玲に問いかける。
「こうするんです」
そう言って美玲は右手に持ったナイフで自分の左手首を躊躇なく切った。
彼女の血が吹き出す。
「……やっぱり手首ではそう簡単には死にませんね。なら今度は心臓に」
そう言って彼女は右手に持つナイフを逆手にし、自身の心臓に向けて突きだす。
俺とセレナはいきなりのことに呆然としていたのだが、その彼女の行動にほぼ同時に戻ってくる。
だが、間に合わない。このままではマダム宅で自殺死体が出来上がってしまう。
【加速】
世界の動きがゆっくりになる。
だけど安心はできない。ゆっくりとではあるが確実にナイフは美玲の心臓に進んでいる。
「ほいっ!」
右手を握ってそれ以上ナイフが進まないようにしてから加速状態を解く。
「なんで止めるんですか?」
少し前まであった彼女の明るい雰囲気はなくなり、そこには感情の色が見えない。
「さすがに自殺は止めるでしょ」
「なら、ご主人様が殺してください」
「死にたがる意味がわからない」
「ご迷惑をおかけしたのですから死んでお詫びをするのは当然です」
なにその短絡思考。
とりあえず切った左手首も持って万歳をする。
ふざけているわけではなく患部を心臓より高い位置に上げただけだ。
「セレナ、なんか縛るもんくれ」
「こんなときに緊縛プレイか」
「二の腕あたりを縛って血がこれ以上流れないようにするんだよ」
「ああ、そうか」
俺をセレナはどんなだと思ってるのか聞きたくなった。
「なんでですか?」
「うん?」
「止血するということは生かすということですよね?」
「つーか自分で自分の命を絶つのは感心できない」
「でしたらご主人様が殺してください」
「嫌だよ」
「…………」
「俺が人殺しなんてしたくないってのが理由のひとつだけど、そんなことよりもっ!」
「なんですか?」
「美少女が美少女のままで散るのは惜しい……どうせ死ぬならババアになって天寿を全うして欲しい」
「…………」
「俺の言うことなんでも聞くって言ってくれたよね? あれがまだ有効ならどうか死なないでくれ」
「……はい」
俺の言葉に美玲が頷く。
よかったよかった。
「あの、右手は離してくれませんか?」
「え、でも……」
「ナイフはしまいます」
「ああ」
右手を離す。彼女はその手をそのまま腰に回す。
次に右手が現れた時にはその手にナイフはなかった。そのかわり彼女の指に嵌められた指輪のひとつが青い光を放っていた。
よく見れば彼女の指は五本すべてに指輪が嵌められている。
「ファーストエイド」
彼女の言葉と共に持ち上げている左手を見てみる。
血でよく見えないが傷は塞がったように思える。
「ソーマ、腕を縛るようなものは見つからなかった。少し長いんだが縄が見つかったんだが代わりにならないか」
「大丈夫みたいだ」
「はあ?」
「美玲が自分の魔法で治した」
「そうかそれはよかった」
なんか申し訳ないな。
せっかく探してもらったというのに。
「どうせだから使う?」
「何にだ?」
「いや、緊縛プレイとか」
「お前が動けないように縛ってやろうか?」
セレナがにじり寄ってくる。
目が本気すぎて怖い。
場を和ませる俺の小粋なジョークなのに……
「ソーマきゅん、たっだいむぁ〜」
そこへなぜかリカちゃんが帰宅してくる。
まだ昼なのだが、今日は早い。
つーか帰ってきた音がしなかった。
「いや〜鍵開いってからソーマ君がいるんだと思って音も立てずに忍び込んじゃったあたしってお・茶・目。そういえばお昼まだだよね? 今作るから一緒に食べ……よ」
そこでリカちゃんがこの場の状況を認識する。
血まみれのメイド服の少女とその左手を掴んで上に上げてる俺。そしてその俺に縄を持って近づいていたセレナ。
「ど、どげなプレイやねんっ!」
「プレイじゃないっ!」
「えっ? じゃあ修羅場? 複数同時攻略はうまくやりなよー」
「一から説明するから変な想像はしないでくれ」
「うん、じゃあとりあえずその血っぽいの片付けよっか?」
そう言ってリカちゃんは雑巾とバケツを持ってきて掃除を始める。
俺達三人もそれにならって掃除をした。
つーかリカちゃん、切替早いのね。
彼女はヤンデレではないです。