不審者
「本当に言ったのか……」
後ろからセレナの呆れたような声が聞こえる。彼女と出会ってからこのような声を出させるのは何度目のことだろうか。
「えっ? ダメだったん?」
「別にダメではないが、場所は選べ」
周りを見回すと何人もの人が可哀相なものを見る目で俺を見ている。正直すごくいたたまれない気持ちだ。
「なに見てんだ、コラ」
とりあえず恥ずかしくないんだぞと端的に強がってみた。
「そこでその発言はどうなんだ?」
「いや〜少しでも硝子で出来たマイハートの崩壊を防ごうと思ってね。ほら、あれだよあれ。天の邪鬼ってやつ」
「天の邪鬼と言うのはひねくれ者のことだ。お前はどっちかというと道化だな。とは言ってもお前の発言で笑えるようなことは一切ないがな」
笑えない道化ってどうなんだろ? 想像したらすごく悲しいことになりそうだ。
とゆーかめっちゃけなされてるんですけどー!
しかもこの人の言葉がマジで言ってることが瞳の能力でよくわかる。
「まあそれでも滑稽であることには変わりないがな」
そう言ってクククッと笑うセレナ。なんとゆうか改めてなんでこの人が俺と組んでいるのか疑問になった。
「ん? どうした?」
「いえ、なんでもありません(棒読み)」
「馬鹿にされたと思って拗ねたのか?」
「ちゃうわい!」
「フフッ、そう拗ねるな。私自身はお前のそういうところは好ましいと思うよ」
「茶化すところは欠点だとか前に言ってなかった?」
「それはそれ。これはこれ。とゆーか欠点であると指摘はしたが嫌いだとは言っていないぞ」
曲解してセレナは俺に惚れてると言うことか?
「違うから」
「思考を否定しないでよ」
「やっぱり勘違いしてたのか。お前に対してあるのはあくまで仲間としての好意だから勘違いするな」
「その台詞をもう少しツンデレの風味を効かせてもう一度言ってくれ」
「はあ?」
「例えば、『あ、あくまで仲間としての好意なんだから! 決してあんたのことを男として好きなわけじゃないんだから勘違いしないでよねっ!』って感じで。さあ、リピートアフターミー。いや、Repeat after me.」
「……可哀相に。早くも脳の壊死が始まっているのか」
ああ……冷たい。視線がものすごく冷たい。
なぜだ。なぜ理解されないんだ。
「とゆーか助けてくれと泣きついてきたわりに余裕だな。もう大丈夫なのか?」
そう言われると不安になってくるのが人の心というものだ。
「大丈夫じゃないんで、今日は泊めてつかぁさい」
「嫌に決まってるだろ」
即答で断られた。
まあ、予想はしてたけどね。
「とゆーかもう帰れ」
「おいおい、それは冷たすぎやしませんか? 例えるなら真冬に流氷の浮かぶオホーツクの海に水着で飛び込むくらい」
「例えがよくわからん」
出たよ。ジェネレーションギャップならぬアナザーワールドギャップ。
元の世界のネタは基本的に通じないからやりきれない。
「なんだったら送っていってやろうか?」
「……あなた帰れませんやん」
「余計なお世話だ。せっかく人が……」
「とにかく! これでこの手紙の主と真っ向から話し合うことが出来る」
「いや、そんな都合よくいくわけないだろ。そもそもさっきのを聞いているという保証もない」
言われてみればその通りだ。
それじゃあ扉にでも大きく書き置きでもしておくか。
それですべてが万事うまくいくとは限らないが、今現在これ以上のことは思いつかない。
だけど一人で帰るのは不安だ……
しかしセレナを連れていくなんて無理だしな……いや、セレナが帰れないなら帰さなければいい。つまり、泊めちゃえばいいんだ。
となればうまく誘導していかなければなるまい。
「や、やっぱり不安だからついてきてくれないかな?」
「帰れないとか馬鹿にしてただろ」
「そ、それならいっそ泊まっちゃえばいいじゃん!」
「は?」
「あっ、しまった。つい本音が……ち、違うんだ。別にやましい気持ちはひとつもなくて、その、なんとゆうか……」
「それは俗に言う墓穴というものではないのか?」
どうする? どうするんだ俺。このままじゃ早くも計画が破綻してしまう。
何か、何か起死回生の一言を言わねば俺はただのスケベ野郎になってしまう。
「いや、あれだよ? べ、別に俺の部屋に泊まれとかそういうんじゃなくて、大家さんというかマダムの家に泊まればいいんじゃないかと思っただけだよ」
俺なに言ってんの?
つーか俺の立場で勝手に決めていいことではない。
「マダムというのはあのお方か」
俺と組むようになってからセレナもいつもマダムの受付を使用しているので面識がある。
「そう! 俺、マダムの家の敷地内に住ませてもらってるからさ」
「ふむ、そうなのか。どうりであのお方相手に気安いと思った」
「どゆ意味?」
「別に」
なにその某記者会見で、様付けで呼ばれている人がとった態度みたいな反応。
週刊誌とかワイドショーで叩かれても知らないよ?
とゆうかマダムって何者なんだ?
「まあ、それなら問題はないかもな。それにお前がどんなところに住んでいるのか興味がある」
物置ですがなにか?
「それでは行こうか。あ、そうそう。道中でさっきのように何回か叫んでみたらどうだ?」
「やめておくよ」
人々の哀れんだ視線を浴びるのは一日一回で十分だ。
そして俺達は一路マダム宅敷地内物置部屋へと向かった。
「とゆーことでこちらが俺の住むお部屋です」
「……どう見ても物置だな」
「うん」
物置です。だが、ここが我が城だ。
「手紙は……挟まってない」
「とゆうことはまだ姿を見せていないという訳だな」
「んじゃ貼り紙をしておこう」
その場で一筆奏上して扉に貼付ける。
ちなみにではあるが筆で空中に書いてはいない。
「これでよしっと」
なかなかの出来栄えに惚れ惚れする。
「んじゃとりあえずマダム宅でマダム達の帰宅を待ちつつお茶でも飲もっか」
「よく考えたら私が来た意味ってないだろ」
「いやいや。セレナは俺の精神安定剤だよ。不安で一人で帰れなかったんだもん」
「いい年こいたおっさんの癖にな」
「今の発言に俺は今世紀最大の傷を心に負ったよ……言っとくけど俺の心はまだまだ若いんだよ? フットワークとか結構軽やかなんだからね」
「はいはい」
流されたよ。
つーか俺なんてまだ、本当のおっさんに「最近の若いもんは……」とか言われる年齢なのに……
「くやしかー! もうくやしかー! たまらんー」
「うるさい」
「くっ……セレナの方向音痴ーっ!」
捨て台詞を吐いて物置部屋の扉を開けて中に入る。こうなったらもうふて寝するしかない。
セレナなんてもう、どうすればいいか困って帰るという選択肢を選んだ後に迷子になればいいんだ。
「……あれ?」
部屋に入ったはいいが何かがおかしいことに気づく。
とゆーか確かな違和感がある。
具体的にはこんもりと盛り上がった毛布の存在感が異様だ。
明らかに誰かが潜んでいる。
とりあえず回れ右をしよう。
ついでに扉も閉める。
「どうした?」
俺の行動に疑問を持ったセレナが尋ねてくる。それに俺はなんと答えたらいいのかわからない。
だが、ひとつわかることもある。
それは……
「助けてください」
助けを求めることだ。
「なんだ、どうした? 情緒不安定か?」
「とにかく何も聞かずに中へ入ってください」
「え? あ、ああ……わかった」
セレナがゆっくりと物置部屋の扉を開けて中に入る。
そして問題の物体を見つけたのか、彼女の視線はただ一点で止まる。
「あまり広くはないのだが、誰かとルームシェアでもしているのか?」
「そのような記憶はございません」
「ではこれは?」
これと言ってセレナが毛布を指差す。
「我は知らぬ。つーことでGOセレナ、GO!」
「わ、私がめくるのか?」
「俺にはそれをめくるだけのガッツが足りない」
「お前の問題だろうに」
「とか言いつつも〜?」
「ウザいからやめろ」
そう俺の小ボケを切り捨てつつ、セレナは恐る恐るといった調子で盛り上がっている毛布に近づいていく。
そして毛布を掴むと一気に引きはがした。
そこにあらわれたのは肌色の世界。
いや、肌色の果樹園か。大きな桃と二つの程よい大きさの林檎、そして林檎と共に実った小粒のさくらん……ゲフンゲフン。
セレナにものすごい目で睨みつけられたので魅惑の果樹園から目を逸らす。
「どういうことだ?」
「こっちが聞きたいくらいだよ」
「お前の女が勝手に入って寝ているとかいうオチは?」
「ありません」
「では、誘拐監禁か?」
「なんでそうなんのさ。正真正銘無実を主張する。つーかその娘のことは本当に知らないです」
「神に誓うか?」
……ないよね? 会ったことないよね?
リカちゃんではなかったし、他に女の子の知り合いなんていないもん。
つーかよく考えたら甘い果実の鑑賞に夢中で顔とか見てないわけだが、どうしようか。
「……おい、その間はなんだ」
「いや、よく考えたら顔は見てないので……」
「だったらどこを見ていたんだ?」
「今日は天気がいいな〜」
つい空を見上げてしまう。
こんな日は実に洗濯物がよく乾くことだろう。
「……それでどうするんだ、スケベ」
「男は皆スケベだから、その言葉を固有名詞として人につけるものではないと愚考します」
「この娘、すっかり寝入ってしまってるみたいなのだが起こすべきだよな、むっつりスケベ」
ひどくなった……
「オープンスケベなら許されるんですか?」
「そうゆうのは後で聞いてやるから今はこの娘のことだ」
「ご心配なくです。起きてます」
のそりと眠っていた少女が起き上がる……気配がする。
かわいい声だなー。
「……狸寝入りか」
「狸? リンを狸呼ばわりですか? リンはこの通りワンちゃんですよ? わんわんっ!」
見ないように努めているため音声しか聞こえないが、不覚にもわんわん発言に萌えてしまった。
「そんなことはどうでもいいだろう……とりあえず服を着ろ」
「なぜですか?」
「とゆうかなんで脱いでんの?」
「インパクトを重視してみたんです」
大変インパクトがありました。
「いいから服を着ろっ!」
「わかりました」
ゴソゴソと何やら興味をそそられる物音が聞こえて来る。
ちょっとだけ……ちょっとだけ見るくらいなら神様も許してくれるよね?
「お着替え完了です」
「早いよっ!」
ついつい大声を出してしまった。
そして、そこで俺は初めてその娘の顔を見るに至る。
茶髪にレイヤーカットのミディアムヘアで毛先にパーマをかけた10代後半くらいの眼鏡の少女。眼鏡の奥の垂れ気味の赤い瞳が優しげな印象を受ける。そして何よりもの特徴は彼女の頭に生えた犬耳だろうか。そしてもうひとつよく目立つ特徴がある。それは格好だ。彼女はいわゆるメイド服を着用している。ちなみにスカートの長さは膝頭が見えるくらいだ……くそっ、中途半端めっ!
それにしても彼女の姿はどこか脳に引っかかりを感じるのだが面識はなかったよな? とゆうかこんな美少女と面識があったら忘れない。ただでさえ俺はこの世界では知り合いが少ないのだから。
「……誰?」
率直な感想だ。
全然知らない娘だ。
「申し遅れました。リンは楊・美玲と言います。ご主人様のご要望に答えて馳せ参じました」
そう言って彼女――楊・美玲はヒマワリのような明るい笑みを浮かべた。
今回は主人公のダメさが出てたらいいなと思ってます。