十階層到達
「馬鹿」
人をけなす時に用いられる言葉としては断トツで使用されると思われる言葉が投げ掛けられる。
誰から誰に?
答えはセレナから俺にである。
なぜこうなったかを説明するのはたやすい。
だってただ単に
「3時間交代と言っただろう! なぜ、5時間近く経ってるのに起こさないんだ」
という理由だからだ。
「いや、セレナも疲れてるだろうし、寝不足は美容にも良くないだろうからしっかりと休んで欲しいと思いまして……」
というのは完全な言い訳だ。
俺が起こす時間を間違えたのはただセレナの寝姿を見て色々なことを考えているうちに時間が経ちすぎただけの話である。
「それでお前の疲労が溜まっては意味ないだろ」
「その通りです」
「分かっているなら休め」
「うぃっす」
すぐさま横になって目を閉じる。
この疲労感から考えれば、そう時間もかからず眠りにつくことができるだろう。
程なくして俺の意識は眠りの底に沈んでいった。
「…………きろ」
誰かの声で脳が無理矢理覚醒へと導かれる。
誰だこんなことしやがる奴は
「……きろ……ーマ……」
うっせぇ……黙れよ。
「…………きろと……ている……」
だからうっせえって……静かにしろや。
「起きろと言っているだろうが!」
「うるせえんだよっ! ぶっ殺すぞっ!」
「なっ………」
「ったく、ウゼーなこのくそアマが……てめーのそのチョコレートみてえな色の肌を俺の体液で白く染めてやろうか?」
「えっ? あれ?」
人様の眠りを妨げやがって……
マジで殺したろか。
「ソーマ………だよ、な?」
「ああん? それ以外の何に見えんだ、よ……(覚醒)」
あれ?
今、わたくしはどなたに怒鳴り散らしているのでしょうか?
恐る恐る見てみればそこには唖然とした様子で俺を見つめる青い瞳とバッチリ目が合ってしまう。
ヤ、ヤバい……俺の悪い癖が出てしまった。最近なかったから油断してた。
「な、なーんちゃって……」
「…………」
ダメだ。冗談にして煙に巻くのは失敗だ。
となればもう……
「すいませんでした」
謝るしかないよね?
つーか出会って一月も経ってないのにまたも土下座をするようなことをしでかすとは、なんたる失態だ。
「えーと、その、なんだ、寝起き悪いのか?」
「決していつもはこんなんでは……たまたま今日は……」
そこから俺はセレナに対してとりあえず弁明をはじめた。
それはまず人の眠りというものには、眠りが深いノンレム睡眠と眠りが浅いレム睡眠という物が存在することから始まり、90分の周期で訪れるレム睡眠時に起きるとすっきり起きれるんだということを説明した上で、俺はノンレム睡眠時に起こされた時に極々稀に超寝起きが悪いことを説明した。ちなみにこの超寝起きが悪い状態の俺を家族や友人はディーバと呼称している(DARK相馬→D相馬→D馬→ディーバ)。
ぶっちゃけ男の俺にディーバってのはどうなんだと思うのだが、そこはノリと響きらしい。
このディーバ状態において失った友人や彼女の数は合わせると両手では数えきれない。
昔、修学旅行において大部屋で雑魚寝したときにディーバ状態になったときなんて……思い出したくない。ただ結果としてその後の学校生活が色褪せたことは言うまでもない。
つーかなにが最悪かって何を言ったか覚えてることだよ! 何だよ肌を白く染めるって。どんな下ネタだよ。
こんなんじゃきっとセレナにも嫌われただろうな……
ちらりとセレナの顔を盗み見ると何やら難しい顔をしている。
「……まあ、誰にでも欠点と呼べるものはある。現に私もちょっとした方向音痴だ」
「ちょっとした?」
「……話の腰を折るな」
「す、すいません」
「でだ、お前はそれを受け入れてくれたというのに私がお前の欠点を受け入れないというのは器が小さいことだ。故に今回の件は許そう」
で、でかい……セレナがとんでもなくでかく見える。
「め、女神や……あんたこそ女神やっ!」
「そうやって茶化すのもお前の欠点のひとつだな」
手厳しいな。
「ところで俺はどれくらい寝てたんだ?」
「だいたい1時間ほどだな。本当はもう少し休ませてやりたいのだが、そろそろ簡易結界の効果がきれるのでな。休み足りないのなら新しく結界を敷くか?」
セレナの問いに俺は頭上にあるHPなどを確認する。
HP 22/30
MP 21/30
大して回復していないが、問題はないと言えるレベルだ。
「いや、進もう」
「そうか」
俺達は準備を整えてから結界を取り除いた。
さあ、はりきって迷宮探索をしよう。
俺達は八階層を進んでいくうちに新たなモンスターに出会った。
それはスケルトンという人骨っぽいもののみの体にボロボロの剣を片手に携えた輩だ。
「あれ、俺がやっていい?」
こう言い出したのはやはり俺の心のどこかでデビルバットのことで迷惑をかけていることへの後ろめたさがあるからだろう。
はっきり言ってしまえば人を相手にしているようで恐怖の色が濃い。しかし、だからといって逃げるわけにはいかない。
「それも悪いわけではないが、二人でやろう。幸い相手は一体だ。その方が消耗も少ない。逸るのはいいが、何事もやりすぎはよくないぞ」
「ああ」
逸りすぎってことか……確かに今無理しても意味はないかもしれないな。
「私が牽制する。ソーマはいつも通りやればいい」
「了解」
いつも通りとは敵に突っ込めということに他ならない。
剣技を習得しているわけでもない俺に出来ることなんて近づいて斬ることだけだ。
「はああぁぁぁ」
下段に構えたままスケルトンに近づく。
スケルトンは剣を縦に構えて俺を待ち構えている。
俺が攻撃の範囲に入ったことで振り下ろされたそれをほぼ同時に振り上げた俺の剣が迎え撃つ。
「ぐぬっ」
威力勝負は引き分け。重力を味方につけた振り下ろしの剣と走った勢いをそのまま乗せた振り上げの剣は同極の磁石のように反発しあい、互いに弾かれる。
俺はすぐさま崩れた体勢を立て直す。同様にスケルトンも体勢を立て直そうとするが、そこへセレナの弓矢による邪魔が入る。よって俺の方が次の動作に移るのは速い。
「今だ」
「チェストー!」
いまだに掛け声は模索中である。
スケルトンに対して渾身の力でもって斬り掛かる。
完璧に入った攻撃ではあったが、一撃でスケルトンを屠るわけにはいかなかった。
「避けろっ!」
セレナの声に反応した俺はスケルトンが横凪ぎに剣を払うのを視認することができた。
普通だったらこのまま斬られるだろうが、あいにくと殴られるのはよくても斬られるのは今のところ遠慮したい。
とゆーことで
【加速っ】
加速状態になった瞬間にスケルトンの攻撃速度が緩くなる。
俺はそれが届く前に自身の剣撃を叩き込む。
それが致命傷だったのだろう。スケルトンは光となって消え、あとにはお馴染みの白の魔石(小)だけが残る。今回のドロップはこれだけみたいだな。
「骨のある奴だったな……スケルトンだけに」
「今回はそれしか落とさなかったようだな」
無視か。
「そうみたいだな。まったく、骨折り損だな……相手がスケルトンだけに」
「では、先に進むとしよう」
「…………スルーしないでよ」
この手の洒落は反応が全くないことが一番堪えるってのは本当なんだなぁ、としみじみ感じた。
「それにしても、最後の攻撃の時になにかしたのか?」
「へ?」
「いや、これまでのお前の動きとは比べものにならないほどの速さだったからな」
「えーと、うん。これ使った」
そう言って自分の腕輪を示してみせる。
「これは?」
「なんつーか、魔法具?」
どう説明していいかわからないが、一番しっくりくるのはこの説明だろう。
「なんだっけ? 魔法力を注いで発動させるタイプの奴と同じようなものだと思う」
「……持ってたのか」
やべ……なんか不信そうに俺を見てるぞ。そりゃそうだ。持ってるのにあたかも初めて見たかのようにセレナ自身に魔法具を使用させ、説明までさせたのだ。
「いや、これのことはさっきまで忘れてたんだよ。それに魔法具のことを知らなかったのもマジだし……隠してたわけじゃないんだよ」
「そうなのか。いや、別に隠してたとかそうゆうことに憤ってるわけではないんだ。聞かれなかったから答えなかった。ただそれだけのことだろう? 私が今考えてたのは貧乏なお前がそれをどこで手に入れたのかということだ」
「はい?」
「魔法力を注ぐタイプの魔法具で速度上昇の魔法と言えばアクセルの魔法しかないのだが、身体能力に作用する魔法は効果の軽いものならば50万程度から買えるはずだが、さっきのあれから考えればかなりの強化がなされているはずだから少なく見ても300万は超えてるはずだと思ってな。……まさかとは思うが盗んではいないよな?」
すっげー疑惑の瞳で見つめられてるんですけど……つーか加速装置売ってんの!?
いや、それは置いといてまずはセレナの疑惑を解こう。
「人を盗っ人扱いしないでくれ。これは神……かみ……雷親父と近所で評判だった俺の父親が形見に遺してくれたものなんだ」
神様にもらったなんて言っていいものなのかわからなかったので咄嗟に嘘をついてしまった。
「ほんとにか?」
「イエスです」
「……なら信じよう」
嘘ついてごめんな。でも、盗んでるわけではないってことさえ伝わってるならそれでいいとしておこう。
「それじゃあ先に進もうか」
セレナの声に頷いて俺達は先へと進んでいった。
あれからそこそこの時間が経った。
俺達はなんとかあともう少しで十階層の結界へと辿りつくところまで来ていた。
ここまで来る過程において俺はレベル4となり、セレナはレベル5へとそれぞれレベルを1ずつを上げることができた。
「あとどれくらいだ?」
「う〜ん……そこの分かれ道を右にいって突き当たりを左に行けばいいみたいだ」
「右?」
「弓矢を構えた時に矢を持ってる方の手」
「ああ、こっちか」
だいたい道中交わされる会話の四割はこんな感じのものだ。
つーかセレナは右左も曖昧なのか。
べ、別にかわいいなんて思ってるわけじゃないんだからねっ。
そんな感じで進んで行くと結界に辿り着く。
その造りは五階層のものと全く一緒のものだ。
ただひとつ大きく違うものがある。それは結界に入ってきたところとは逆の位置にある大きな門の存在だ。
「試練の間への入口だ」
俺の後ろからセレナの声がかかる。
「試練の間?」
「初心者と初級者を分ける境界線。この試練を乗り越えて初めて私達は迷宮探索者と名乗ることができる」
「どんな試練なんだ?」
「聞いた話では強力なモンスターがいるらしく、それを倒すことが試練らしい」
中ボスみたいなもんか。
「不思議なことにこの門の中の試練の間には初めてのものか生きて再挑戦するものしか入れないらしい。試練をクリアしたものが門の中に入ったら十一階層へと至る階段が目の前に現れると聞いた」
「へえ〜」
再挑戦が出来るのか。とゆーことは負けたら確実に死ぬってことはないのかな。
という俺の考えは次のセレナの言葉に無惨に潰された。
「まあ、探索者になろうというものでここまで辿りついた者のうち実に5割がここの試練で死ぬらしいがな」
「……やっぱ死ぬんだ」
それも二人に一人の高確率で
「うん? 気にするな。私達はそれに当てはまらない。お前が死なないように私が援護してやるから」
頼もしいかぎりだ。
「とは言っても疲れたから、試練を受けるのはまたの機会だな。今日はもう帰ろう」
「そだね」
俺達は迷宮から帰還した。
外はまだ明るく、と言うか太陽が昇りはじめてそう時間が経っていない。丸一日というわけではないが、かなり長い間迷宮にいたらしい。
また、ギルドにて今回の収穫を換金した。
内訳は全体で
白の魔石(小)10R×25個
動物の毛皮20R×1枚
ゴブリンコイン50R×2枚
ハチミツ200R×1壺
蝙蝠の翼140R×19枚
キノコの胞子180R×16袋
ボーンスティック(スケルトンのドロップ)220×5本
計7210Rでこれを半分にしてそれぞれの取り分は3605Rだった。
相変わらず大した額ではない。しかし実力がないうちはマイナスは当たり前というのが探索者の常識だということは色んなとこで聞いている。
だからここで腐ってはいけない。
その後、出勤していたマダムに挨拶して、セレナを宿へと送り届けたのち、我が家とも言えるマダム宅の物置へと帰ってきた。
そしてその扉を開けた時、一枚の紙が舞落ちる。
「なんだこれ?」
拾って見てみるとそこには『好きです』と文字が書いてある。
どこからか風に飛ばされてきたのだろうか。でも、扉に挟まっていたように思ったんだけどなー。リカちゃんのいたずらかなんかかな。
そう思って俺はその紙を持って物置に入り、紙をそこらに置いて眠りについた。
この紙がこれから俺に起こる出来事の前触れに過ぎないことを俺はまだ知らない。
基本的にモンスターのドロップアイテムは魔石が100%+それぞれのモンスターごとに違うアイテムが約20%と考えています。
なんか締めが仰々しいかもしれませんが、そんな大したことにならないと思います。