第2話 転機
ぺルレが投獄された牢は、かつてリーベが非業の死を遂げたところだった。
メロウが明かりとして使用している白光真珠がなければ、その視界は闇そのもの。どこに何があるかすらわからないような、暗黒の空間だった。
「お母様は、たった一人で七年もここに……」
七年も生き残れたこと自体、奇跡といってもいい。見張りの兵が白光真珠を携えて巡回するか、あるいは粗末な食事を持ってくる時にしか光を享受できないというのに、リーベは何年も耐え続けた。
彼女がどんな思いでこの世を去ったのかと考えると、足が震えてしまう。
「お母様……」
涙が止まらなくなって、ぺルレはその場に頽れた。嗚咽だけが虚しく響く。
母の最期もそうだが、自分も同じ道を辿ることになるのかと思うと怖くて仕方がなかった。
馬鹿なことをした。今さら後悔してももう遅い。
暗闇の冷たさに身も心も蝕まれていくことに何年も耐えられるはずがない。
「お願い……。ここから出して……」
もう二度と、陸へは行かないから。
何でも言うことを聞くから。
体を拘束されたままでもいい。だからここだけは……。
せめて、光ある外へ出してほしい。
「ここから出してっ!」
すると、悲痛な訴えが届いたのか眼前の回廊を淡い白光が照らし始めた。
ぺルレの涙も止まり、すぐさま珊瑚柵まで駆け寄る。
視界に映ったのは、白光真珠を携えてこちらに歩み寄ってくるヴァイゼだった。
「ヴァイゼ様……!」
「ぺルレ」
ヴァイゼはぺルレと同じ目線になって、先ほどとは打って変わった柔らかい表情を見せる。
「すまない。そなたをこんなところに閉じ込めてしまって」
「どうして、ヴァイゼ様がここに……」
「無論、そなたを逃がすためだ」
予想外の返答に、ぺルレは大きく目を見開く。
「で、でも……さっきは監獄に連れていけって……」
「実際にこうでもしなければ、ボースハフトは信じないだろう。それに、最初から私が投獄を許可しなければ、納得できない彼はそなたを殺めるかもしれない」
「でも、見張りの兵たちに気づかれてしまいます」
「彼らにはそなたの釈放をもう伝えてある。箝口令も敷き、集落の者たちはそなたが監獄で最期を迎えると認識したままだ」
ヴァイゼは牢の鍵を取り出し、珊瑚柵を開けた。
ぺルレは回廊に出て、ヴァイゼと向き合う。
「どうして、わたしを……」
ヴァイゼは苦笑を浮かべ、ぺルレの頬に手を添えた。
「子が親に会いたいと思うのは当然の心理。それを罪とし、あまつさえこのような暗闇のなかで死を強制するのはあまりに惨い」
両親の愛を受けて生まれてきただけのお前を、どうして亡き者にできよう。
ヴァイゼの慈悲深さに胸を打たれ、ぺルレの視界が再び揺らいだ。
この方がいなければ、自分はとっくにこの世を去っていた。存在そのものが赦されず、儚い泡沫のごとく消えていただろう。
悲嘆の涙が感喜の涙へと変わり、心からの謝意を述べる。
「ヴァイゼ様、ありがとうございます……!」
「本当はそなたの母もこうしてやりたかったのだが、禁忌を犯した者は監獄に留まらなければならない。族長である私が掟に逆らうことは、みなに示しがつかぬ。それゆえリーベには酷薄な運命を強いるしかなかった」
「ヴァイゼ様……」
「せめて、あの子の忘れ形見だけは守らねば。それゆえそなたをここから出す。だが、条件が二つある」
「何でしょう」
「一つは二度と集落の敷居を跨がぬことだ」
それは集落からの永久追放――故郷を失うことを意味する。
なんとなく予感していたとはいえ、改めて宣告されると心臓がどくんと波打った。
「集落ではそなたが監獄にいることになっている。集落内で隠れ生きることはできない。それゆえそなたには集落からも離れてもらう必要がある」
「そう、ですね……」
「もう一つは、我々に関することを他言しないよう、血の誓約を結んでもらう」
ついてこい、と回廊を進み始めるヴァイゼの背を追い、ぺルレは監獄を裏口から出た。




