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魔導師との戦い

 ジークは一歩も動かず、黒いローブの男を睨みつけた。空気が張り詰め、静寂が支配する大広間。崩れかけた石柱が立ち並び、天井には大きな亀裂が走っている。月明かりが、その亀裂から差し込み、床に幾何学的な模様を描いていた。


「俺の名を知っているのか」


「当然だ。極刀の使い手――その噂は、遠く離れたこの地にも届いている」


 男が、ゆっくりとフードを下ろした。現れたのは、三十代半ばほどの男の顔。鋭い目つき、口元に刻まれた不敵な笑み。そして――額には、複雑な魔法陣の刺青が刻まれていた。


「魔導師ザルゴン――お前か」


「ご明察。私がザルゴンだ」


 ザルゴンは両手を広げ、大げさに一礼した。その動作には、どこか芝居がかった雰囲気がある。


「まさか、極刀の使い手が私を訪ねてくるとは――光栄だな」


「光栄に思う必要はない。お前を殺しに来たわけじゃない」


「ほう?」


 ザルゴンの目が、興味深そうに光った。


「では、何用かな?まさか、観光ではあるまい」


「情報が欲しい。黒龍――ヴォルガノスの居場所を教えろ」


 ジークの言葉に、ザルゴンの笑みが深まった。


「なるほど。お前も、黒龍を探しているのか。理由は――復讐、といったところか?」


「答えろ」


「おやおや、随分と無愛想だな。だが――残念ながら、タダでは教えられない」


 ザルゴンの指が、空中で複雑な軌跡を描いた。すると、大広間の床に巨大な魔法陣が浮かび上がった。赤く光る紋様が、部屋全体を覆い尽くす。


「まずは、私の力を認めてもらおう。極刀の使い手が、どれほどのものか――この目で確かめたい」


「……断ったら?」


「その場合は――君がここから生きて帰れるかどうか、保証できないな」


 ザルゴンの声が、冷たさを増した。同時に、魔法陣から強烈な魔力が立ち昇る。空気が歪み、温度が急激に上昇した。


「ジーク、こいつは本物だ。相当な実力者だぞ」


 ヨルの声が、警告を発する。しかし、ジークの表情は変わらなかった。


「……面倒だな」


 ジークは溜息をつくと、極刀の柄に手をかけた。


「だが、お前を倒せば情報が手に入る。それなら――」


 刀身が、わずかに鞘から抜かれる。その瞬間、大広間の空気が一変した。圧倒的な殺気が、波のように広がる。


「――早く終わらせるだけだ」


 ザルゴンの笑みが、わずかに引きつった。しかし、すぐに不敵な笑みに戻る。


「いいだろう。では――始めようか」


 ザルゴンが両手を掲げた。魔法陣が激しく明滅し、そこから巨大な炎の球が出現した。直径五メートルはある、灼熱の塊。空気が焼け焦げる臭いが立ち込め、周囲の温度が跳ね上がる。


「まずは――これだ!《焔獄球えんごくきゅう》!」


 炎の球が、ジークに向かって飛んできた。その速度は凄まじく、軌道上の空気が全て燃え尽きる。直撃すれば、どんな鎧も溶けてしまうだろう。


 しかし――。


 ジークは動かなかった。


 ただ、極刀を抜き放ち――一閃した。


 瞬間。


 炎の球が、真っ二つに割れた。


 いや、割れたというより――消滅した。極刀の刃が炎の球を斬った瞬間、魔力の核が破壊され、魔法そのものが霧散したのだ。


 炎は力を失い、ただの熱気となって四散する。


「――な、何……!?」


 ザルゴンが、初めて驚愕の表情を浮かべた。


「馬鹿な!私の《焔獄球》が、一刀で……!」


「魔法か。だが、極刀の前では意味がない」


 ジークは冷たく言い放った。極刀を構え直し、ザルゴンを睨む。


 極刀――その真の力は、単なる切れ味だけではない。この刀身には、古代龍の魔力が封じ込められている。その魔力は、あらゆる魔法を無効化する性質を持つ。


 どんなに強力な魔法も、極刀の刃に触れた瞬間――消滅する。


 それが、極刀が「魔法殺し」と呼ばれる理由だった。


「く……ならば!」


 ザルゴンは即座に次の魔法を発動した。今度は複数の炎の槍が出現し、四方八方からジークを襲う。


「《炎槍連撃えんそうれんげき》!」


 十本以上の炎の槍が、同時にジークへと飛来した。回避は不可能――そう思える攻撃だった。


 しかし――。


 ジークの動きは、鬼神のようだった。


 極刀を一振りする。たった一振り。しかし、その一振りで――全ての炎の槍が斬り落とされた。刀身が描いた軌跡上に存在した全ての魔法が、一瞬で消滅する。


 まるで、時間が止まったかのような光景だった。


「……嘘だろ……」


 ザルゴンの声が、震えた。


「一振りで、十本以上の魔法を……!?」


「次はないぞ」


 ジークが、一歩踏み込んだ。


 その一歩が――ザルゴンには、死神の接近に感じられた。本能が、全力で警鐘を鳴らす。このままでは――殺される。


「くっ……!ならば、これはどうだ!」


 ザルゴンは床を踏みつけた。すると、魔法陣から無数の氷の剣が出現した。鋭く尖った氷の刃が、ジークの足元から生えてくる。


「《氷牢剣山ひょうろうけんざん》!」


 氷の剣が、ジークを串刺しにしようと迫る。しかし――。


 ジークは跳躍した。軽々と三メートルほど飛び上がり、氷の剣を回避する。そして空中で、極刀を振るった。


 一閃。


 氷の剣が、全て粉々に砕け散った。極刀の刃が通った箇所が、まるで嘘のように消滅する。氷の破片が、雪のように舞い散った。


「ば、馬鹿な……私の氷魔法すらも……!」


 ザルゴンは後退りした。冷や汗が、額を伝う。


「お前の魔法は、確かに強力だ」


 ジークが、地面に着地する。


「だが――極刀の前では、全てが無意味だ」


 ジークが再び踏み込む。その速度は、先ほどより速い。ザルゴンが反応できないほどの速さで、ジークは間合いを詰めた。


「しまっ――!」


 ザルゴンが慌てて防御魔法を展開する。紫色の光の障壁が、彼の体を覆った。


「《魔力障壁まりょくしょうへき》!」


 これは、どんな物理攻撃も防ぐ、絶対防御の魔法。ザルゴンの切り札の一つだった。


 しかし――。


 ジークの極刀が、障壁に触れた。


 瞬間――障壁が、ガラスのように割れた。


 いや、割れたというより――消えた。極刀の刃が触れた瞬間、魔力障壁を構成していた魔力が全て霧散し、障壁は存在そのものを失ったのだ。


「――そんな……!」


 ザルゴンの目が、恐怖に見開かれた。


 極刀の刃が、彼の喉元に突きつけられていた。


「……終わりだ」


 ジークの声が、静かに響く。


「待て!待ってくれ!」


 ザルゴンが、必死に叫んだ。


「私の負けだ!認める!だから、殺さないでくれ!」


「……」


 ジークは、しばらくザルゴンを見つめた。そして――ゆっくりと極刀を下ろした。


「殺すつもりはない。最初から言っただろう。俺が欲しいのは、情報だ」


「じょ、情報……そうだ、情報!教える!何でも教える!」


 ザルゴンは、命乞いをするように言葉を並べた。その姿は、先ほどまでの不敵さは微塵もなかった。


「黒龍――ヴォルガノスの居場所を知っているんだろう」


「ああ、知っている!私は長年、ヴォルガノスを研究してきた!奴の行動パターン、出現場所、全て把握している!」


「なら、話せ」


 ジークは極刀を鞘に収めた。しかし、その目は冷たいままだ。嘘をつけば、即座に斬る――そう言っているかのような眼差しだった。


「ヴォルガノスは――北の大陸、凍土の果てにある《龍墓地りゅうぼち》に潜んでいる」


「龍墓地?」


「ああ。そこは、死にゆく龍たちが最期を迎えるために向かう場所だ。無数の龍の骨が眠っている、禁断の地だ」


 ザルゴンは震える声で続けた。


「ヴォルガノスは、そこで何かを探している。龍の骨から――いや、もっと別の何かを」


「何を探している」


「分からない。だが――ヴォルガノスは、定期的に龍墓地に戻ってくる。次に現れるのは――恐らく、十日後だ」


「十日後、か」


 ジークは腕を組んだ。龍墓地――北の大陸の凍土。ここから向かえば、一週間はかかるだろう。


「その龍墓地への行き方は?」


「北の港町――フロストヘイブンから船で三日。そこから陸路で二日ほど北へ進めば、龍墓地の入口に着く」


「……分かった」


 ジークは踵を返した。


「待て!」


 ザルゴンが、ジークを呼び止めた。


「何だ」


「お前――本当に、ヴォルガノスと戦うつもりか?」


「ああ」


「……正気か?ヴォルガノスは、黒龍だぞ!龍族の中でも最強の存在だ!極刀を持っていても――勝てる保証はない!」


「関係ない」


 ジークは振り返ることなく、答えた。


「俺は、あの龍を殺す。それだけだ」


「……狂っている」


 ザルゴンは呟いた。


「復讐に取り憑かれた男ほど、恐ろしいものはない。だが――同時に、哀れでもある」


「余計なお世話だ」


 ジークは城を出ていった。その背中を見送りながら、ザルゴンは小さく息をついた。


「……極刀の使い手か。確かに、化け物だった。だが――黒龍を相手に、どこまで通用するか」


 ザルゴンは、自分の喉元を撫でた。あと数センチ――極刀の刃が進んでいれば、自分の首は飛んでいただろう。


 それほどまでに、ジークの動きは速く、正確だった。


「……恐ろしい男だ」



 ジークは古城を後にし、ガルヴァ山脈を下り始めた。既に夜が更け、満月が空に輝いている。月明かりを頼りに、ジークは慎重に岩場を降りていった。


「情報は手に入ったな」


「ああ。龍墓地――そこに、ヴォルガノスがいる」


 ジークの声には、抑えきれない感情が滲んでいた。十年間、探し続けてきた黒龍。ついに、その居場所が分かった。


「だが、ジーク。本当に勝算はあるのか?」


 ヨルの問いに、ジークは少し間を置いてから答えた。


「分からない。だが――やるしかない」


「……そうか」


 ヨルは、それ以上何も言わなかった。彼女は知っている。ジークの決意が、どれほど固いものか。そして、それを止めることは誰にもできないことを。


 山を下りきるまでに、数時間かかった。麓に着いた頃には、既に夜明けが近づいていた。東の空が、うっすらと明るくなり始めている。


 ジークは、近くの木の下に座り込んだ。少し休息を取る必要がある。北の港町まで向かうには、体力を温存しなければならない。


「ジーク、少し眠れ。私が見張っている」


「……ああ」


 ジークは目を閉じた。しかし、すぐには眠れなかった。頭の中で、様々な思いが渦巻いている。


 ――ヴォルガノス。


 黒龍。


 憎むべき存在。


 大切な人を奪った、許せない存在。


 あの日の記憶が、鮮明に蘇る。


 炎に包まれる村。逃げ惑う人々。そして――空に浮かぶ、巨大な黒い影。


 黒龍は、容赦なく村を焼き尽くした。理由もなく、ただ破壊のために。


 そして――大切な人は、ジークの目の前で命を落とした。


「……ジーク……逃げて……」


 最期の言葉。


 その声が、今でも耳に残っている。


 ――待っていろ。


 ジークは心の中で呟いた。


 ――必ず、お前の仇を取る。


 やがて、ジークは浅い眠りに落ちた。しかし、その夢の中でも――炎と、黒龍の影が、彼を苦しめ続けた。



 数時間後、ジークは目を覚ました。太陽が既に高く昇っており、辺りは明るい。体は十分に休まり、疲労も取れていた。


「起きたか」


「ああ。行くぞ」


 ジークは立ち上がり、北へと歩き始めた。平原を横切り、森を抜け、小さな村をいくつか通り過ぎる。その間、ジークは一度も立ち止まることなく、ひたすら前へと進み続けた。


 三日後、ジークは大きな街に辿り着いた。石造りの城壁に囲まれ、港には多くの船が停泊している。北への玄関口――フロストヘイブンだ。


 街に入ると、冷たい潮風が頬を撫でた。海の匂いが鼻を突く。港町特有の、魚と塩の匂いだ。


 ジークは港へと向かった。そこには、様々な船が停泊していた。商船、漁船、そして――冒険者用の輸送船。


「北の大陸への船は――」


 ジークは船員たちに尋ねて回った。しかし、ほとんどの船員が首を横に振る。


「北の大陸?あんな危険な場所に、誰が行くか」


「魔物だらけだぞ。それに、吹雪も酷い」


 否定的な答えばかりだった。しかし――ある老船長だけが、興味を示した。


「北の大陸、か。行きたいのか?」


「ああ」


「……金貨五枚出せるなら、連れて行ってやる」


「分かった」


 ジークは即座に金貨を支払った。老船長は驚いたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。


「話が早くて助かる。明日の朝、出発する。それまで、船で待っていてくれ」


「了解した」


 ジークは船に乗り込み、小さな船室で夜を過ごした。そして翌朝――船は港を出発した。


 海は穏やかで、風も適度に吹いている。船は順調に北へと進んでいった。しかし、二日目を過ぎた頃から――天候が変わり始めた。


 空が暗くなり、波が高くなる。風が強まり、雨が降り始めた。


「嵐だ!総員、帆を降ろせ!」


 老船長が叫ぶ。船員たちが慌てて動き回る。船は激しく揺れ、波に翻弄される。


 ジークは船室にいたが、揺れは激しかった。しかし、彼は動じることなく、ただ座っていた。


「ジーク、大丈夫か?」


「問題ない。ただの嵐だ」


 しかし――嵐は、ただの嵐ではなかった。


 突然、船が激しく揺れた。何かが船体に衝突したのだ。


「な、何だ!?」


 ジークは甲板に出た。すると――海の中から、巨大な触手が伸びてきていた。


 海魔獣――クラーケンだ。


 体長二十メートルはある、伝説の海の魔物。その触手が、船を捕らえ、引きずり込もうとしている。


「クラーケンだ!逃げろ!」


 船員たちが、パニックになる。しかし、逃げる場所などない。触手が次々と船に絡みつき、船体が軋む音を立てる。


「……面倒だな」


 ジークは極刀を抜いた。


「だが、ここで沈むわけにはいかない」


 ジークは船の縁に立ち、海を見下ろした。クラーケンの巨大な目が、こちらを睨んでいる。


「来い」


 ジークの挑発に、クラーケンは触手を振り上げた。巨大な触手が、ジークに向かって叩きつけられる。


 しかし――。


 ジークは極刀を一閃した。


 触手が、根元から斬り落とされた。


 極刀の刃は、どんなに太い触手も、まるで糸を切るように両断する。斬られた触手から、緑色の血が噴き出し、海を染めた。


「ギャアアアッ!」


 クラーケンが、苦痛の叫びを上げる。しかし、残りの触手が次々と襲いかかってくる。


 ジークは、冷静に対応した。


 一本、また一本と、触手を斬り落としていく。極刀の刃は、決して止まることなく、触手を次々と両断していった。


 そして――最後の一本を斬り落とした時。


 ジークは海に飛び込んだ。


 水中に潜り、クラーケンの本体に近づく。クラーケンは、ジークを捕らえようと必死に動く。しかし、既に触手のほとんどを失っており、動きは鈍い。


 ジークは、クラーケンの頭部に向かって泳いだ。そして――極刀を振るった。


 水中でも、極刀の切れ味は変わらない。


 刃が、クラーケンの頭部を貫いた。


 致命傷だった。


 クラーケンの動きが止まり、やがて沈んでいく。ジークは水面に浮上し、船に戻った。


「た、助かった……!」


 老船長が、感謝の言葉を述べる。船員たちも、口々に礼を言った。


「礼はいい。早く北の大陸に着けばそれでいい」


「ああ、分かった!全速で向かう!」


 船は再び北へと進み始めた。そして――三日目の夕方、ついに北の大陸が見えてきた。


 雪に覆われた大地。吹雪が吹き荒れる、凍てついた世界。


 そこが――龍墓地への入口だった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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