第六話-戦略
悔しさをバネにと言いますが、二人はどうやってこの事態に向き合うのでしょうか。
遅くなりましたが第六話です。
お楽しみに。
雨は、夜明け前に止んでいた。
雲の切れ間から淡い光が差し、濡れた屋根瓦を白く照らしている。
杉山屋敷の広間には、今、動かせるすべての武士が集められていた。
鎧を着けた者、簡素な装いの者、傷を包帯で覆った者。
数は多くない。 それでも、誰一人として背を向ける者はいなかった。
杉本と藤山が、前に並んで立つ。
「作戦を話す。」
全ての視線が杉本に集まった。
声は普段通り落ち着いていた。
「種ヶ原の騎馬兵が、食料などを整え、じきにこちらへ向かってくるだろう。」
「その動きをやり過ごしつつ、俺と藤山で、もう一度、種ヶ原の城へ潜入する。」
ざわめきが起きる。 だが、杉本は続けた。
「狙いは一つ。」
「大将、種ヶ原義之の首だ!」
武士たちは歓声をあげた。
藤山が一歩前に出る。
「その間、城と国の防衛は、小林が全て指揮する!」
小林は無言で頷いた。
歓声が落ち着いてくる。
「以上だ。」
杉本はそう言って、会議を終わらせた。
武士たちは一礼し、静かに広間を後にしていく。
誰も反対はしなかった。
それぞれが、自分の持ち場へと戻っていった。
最後の足音が消え去る。
その時だった。
「……作戦は、覚えてるな。」
藤山が、低く言った。
杉本は、答えなかった。 ただ、視線を落とす。
本当の作戦会議は、昨夜のうちに終わっていた。
雨が最も強かった頃。 杉山屋敷の中で、三人だけの会議が開かれていた。
「なぜ、襲撃が読まれていたんだ。」
杉本の問いに、小林が答えた。
「純商人らの仕業でしょう。」
藤山はそれを聞いて顔を下げる。
「全く、商人てやつはどいつもこいつも、自分の儲けだけで行動する。」
藤山が言った。
自分の身のため。
自分の金のため。
都合のいい側に付き、情報を売る者たち。
「全く、調子のいい奴らです。」
小林が呟いた。
「どうすっかな。暗殺企んでも、あいつらの情報網はえげつないしな。」
杉本が両手で頭を掻いて悩む。
「なら、それを利用すればいい。」
藤山は淡々と言った。
「相手が利用したなら、今度は、こっちが利用するぞ。」
「どうやって。」
小林は思わず問う。
そう、本当の作戦は、こうだった。
小林と、もう一人の騎馬を、種ヶ原方面へ向かわせる。 そして、純商人を通じて、情報を流す。
――杉本と藤山が、本当に二人きりで攻めてくる……と。
異能を使える者は、この世でも稀だ。 それが二人。 桂に存在しているという事実だけで、脅威になる。
その噂は、すでに広まっている。 純商人たちの手によって。
「義之は、城には籠もらない。」
藤山は断言した。
「二人が来るなら、自分自ら騎馬で桂に参上するだろう。」
「……そう言うことか。」
杉本は頷いた。
「確かに、種ヶ原も、うちらとまともにやり合おうなんざ考えないだろうな。」
「異能は周りの味方も巻き込む可能性がある。殿があっさり城攻略を断念した理由も、種ヶ原もわかっているでしょうね。」
小林は言いながら考える。遠慮も、躊躇も必要なくなった異能持ちが、それがどれだけ恐ろしいことかを。
公開された作戦会議から、二日後。
夜明け前、桂の国を、小林と一人の騎馬兵がひそかに出た。
人目を避け、森道を抜け、馬の足音さえも抑えながら進む。
しばらく沈黙が続いたあと、騎馬兵が口を開いた。
「小林殿。」
「どうした。」
「……杉本殿と藤山殿は、その……種ヶ原に、勝つことができるのでしょうか。」
小林は、すぐには答えなかった。
代わりに、問いを返す。
「……お前、歳はいくつだ。」
「へ、二十二ですけど。」
「若いな。」
小林は、わずかに笑った。
「私など、そろそろ、五十に乗ってしまう。」
騎馬兵は、ちらりと小林の横顔を見る。 顎の髭は綺麗に剃られ、大きな瞼の奥には落ち着いた光が宿っている。 背は高く、体格もいい。
戦場に長く立ち続けてきたことが、無言のまま伝わってくる男だった。
「だがな。」
小林は前を見たまま言う。
「……あの二人は、もっと若い。」
騎馬兵が、思わず目を見開く。
「藤山殿は、髪が白いから分かりづらいが、まだ二十一だ。杉本殿に至っては、最近、二十になったと聞いている。」
「……ま、誠ですか。」
驚きを隠せない騎馬兵に、小林は静かに続ける。
「私はな、あの二人の目を見て悟ったんだ。」
「他の者たちとは、訳が違う……何かを、持っている。」
「どういうことですか。」
小林は、しばらく黙り込んだ。
言葉を探すように、馬の歩調に合わせて視線を落とす。
「……どう説明すればいいのか、正直、分からん。」
「だがな。」
「今、死ぬようなたまじゃない。それだけは、確かだ。」
騎馬兵は、それ以上、何も聞かなかった。
その頃。
杉本と藤山は、桂の国を離れていた。 他の者たちに、本当に種ヶ原へ向かったと思わせるために。
そして、六日が流れる。
突如、真っ青な空に赤い狼煙が、種ヶ原の方角で上がった。 義之自らが率いる、種ヶ原軍の進軍だった。
桂の国では、小林に代わり、草野が指揮を執っていた。
かつて会議に参加していた四人目の男だ。
「矢を放て!」
命令と同時に、矢が空を埋め尽くす。
だが、種ヶ原の騎馬は止まらない。 そのまま押し切り、距離を詰めてくる。
刀がぶつかり合う音が、至る所で響いた。 桂の兵は少なく、騎馬も少ない。 じりじりと、押し込まれていく。
その光景を、西の方角から、義之は馬上で見下ろしていた。
「ふん、所詮はただのガキだったようだな。簡単に桂と細道をこの手に収められるとは。本当に運がいい。」
義之は大きく笑う。
――その背後。
「よう。」
低い声が、風に紛れて届く。
義之は、息を呑み、振り返った。
そこにいたのは、二人。
「よう、種ヶ原義之。」
杉本が、睨みつけながらそう言った。
この戦いの行方は如何に……!




