第三話-命を賭ける資格
二人の夢と、桂の思い。
命を背負うものとしての想いが描かれます。
思想に着目して、皆様も人物像を考えながら読んでみてください。
草原の道を、二人は並んで歩いていた。
踏み固められた土の道は、ところどころ草に覆われ、左右には低い森が続いている。
風が吹くたび、草が揺れ、木々がざわめいた。
「なかなか、うまくいったんじゃないか」
杉本が、歩きながら軽く言った。
「そうだな」
藤山は前を見たまま答える。
「これで、桂の国と細道の国を手に入れることができた」
しばらく、靴音だけが続く。
藤山は、ふと歩みを止めた。
「俺は……」
言葉が、そこで途切れる。
杉本も足を止め、藤山と向き合った。
「…この後、どうしようかな」
藤山は、独り言のようにそう呟いた。
答えを探しているかのように。
杉本は一瞬きょとんとした顔をしてから、すぐに笑った。
「なに言ってんだよ」
そして、いつもの調子で言う。
「これからも、頼りにしてるぜ」
「相棒」
藤山は一瞬、目を見開いた。
だがすぐに表情を戻し、短く答える。
「ああ」
杉本はそれ以上何も言わず、再び歩き出す。
「行くぞ。そろそろ桂に着く」
「そうだな」
二人が歩き出した、その時だった。
――ドドドドド。
背後から、重たい音が押し寄せてくる。 地面が震える。
馬の足音だった。 しかも、相当な数だ。
二人が振り返ると、土煙の向こうから騎馬の軍勢が現れる。 先頭に立つのは、桂だった。
桂が手を上げると、馬たちは一斉に止まった。 見事な統率だった。
藤山は、すぐに違和感に気づく。
「二人とも、どうしたんだい」
桂が、穏やかに声をかける。
「桂殿」
藤山は一歩前に出る。
「細道の武士たちは、どうしたのですか」
桂は優しく言った。
「家族や友人に、別れの時間を与えてやったんだ。」
その声には、誇りも躊躇もなかった。
まるで、当然のことを言っているようだった。
「それよりも」
桂は二人を見る。
「何をしているのかね」
そう言って、自分の後ろを指した。
「早く、乗りたまえ」
二人は短く返事をし、馬に跨る。
「桂の国までもうすぐだ」
桂は前を向いたまま言った。
「全速力で走り抜けるぞ」
「おおっ!」
同族たちが、一斉に声を上げる。
次の瞬間、馬が走り出した。
風が頬を打ち、景色が流れていく。
二人は振り落とされまいと、必死に身体を低くし、しがみついた。 目を開ける余裕はない。
やがて、速度が落ちる。
藤山が、恐る恐る目を開く。
そこには、街路を埋め尽くす人々の姿があった。
民が、道の両側に立ち、歓声を上げている。
勝利を祝う声。 安堵の表情。
その中心を、騎馬の一団が進んでいく。
藤山は、その光景をまじまじと見つめる。
馬の群れは、そのまま街外れの馬小屋へと吸い込まれていった。 土煙が収まり、鎧から足を外した武士たちが次々と地に降り立つ。
桂の屋敷は、街の中央にある。
馬を置いた武士達はそこへ歩いた。
門前で桂は馬を降り、振り返る。
「今日は、ここまでだ」
その声はハキハキとしていた。
「各々、領地へ戻りなさい。今日は疲れたであろう。ゆっくり休めるといい。」
武士たちは、深く頭を下げた。
一人、また一人と隊列が崩れ、それぞれの帰路へ散っていく。
人の波が引いていく中、杉本と藤山は顔を見合わせた。
「……少し、待ってもらえますか」
杉本が声を張る。
桂は足を止め、振り向いた。
「どうした」
二人は人混みを抜け、桂の前に立つ。
杉本は一歩進み、腰の刀に手を掛けた。
「桂殿。俺と――真剣勝負をしてほしい」
一瞬、空気が止まった。
藤山が思わず杉本を見る。 桂は驚いた様子もなく、静かに目を細めた。
「……理由を聞こうか」
「この国が欲しい。俺が天下を納めるために。」
桂は、短く息を吐いた。
「いいだろう」
その返事に、周囲がざわつく。
桂は刀に手を伸ばしながら、淡々と告げた。
「勝利条件を決めよう」
「――どちらかが、死ぬまでだ」
杉本の表情が強張る。
「……本気か」
桂は、強く言い放った。
「他者の命を踏み越えられない者が、上に立つことなど不可能だ。」
その声は、屋敷の壁に反響した。
杉本は唇を噛み、視線を落とす。
長い沈黙。
やがて、顔を上げる。
「……分かった」
桂が問う。
「では、君が勝ったら何を望む」
「もちろん、国をもらう。」
即答だった。
再び、ざわめきが走る。
桂は微かに笑った。
「ならば、私が勝ったら、貴様の恥を、永遠に歴史に残そうではないか。」
互いに刀を抜く。
鋼が陽光を弾き、甲高い音が響いた。
次の瞬間、剣が交わる。
桂の斬撃は鋭い。 だが、どこか単調だった。
「――っ!」
呻き声を上げながらも、攻めは一直線。
杉本はすべてを受け止め、弾き、距離を詰める。
杉本の反撃。 桂は防ぐが、間に合わない。
血が飛び、桂の腕が裂ける。 刀が地に落ちた。
その隙を、杉本は逃さなかった。
躊躇いつつも、剣先を、桂の腹部に突き立つ。
突き抜けた剣先から、血がポタポタと垂れている。
「……なんで、殺すまでにしたんだよ」
震える声で、杉本が問う。
桂は苦しげに息をし、微笑んだ。
「君は……まだ、分かっていない」
口元から血が溢れる。
「君は、きっと天下を取るまでに……多くの者を殺す」
「だから、試した」
「君に、命を賭ける資格があるかどうかをね」
杉本の歯が鳴る。
「馬鹿野郎が……」
桂は、かすかに首を振った。
「合格だよ」
「頑張ってね」
「僕には……できなかった」
視線が、遠くを見る。
「君たちが、この世界を……終わらせてほしい。」
「……ああ」
杉本の返事は、掠れていた。
剣を引き抜く。 血が噴き出し、桂はそのまま前のめりに倒れた。
もう、動かない。
静寂が、場を支配する。
杉本は刀を納め、振り返った。
「桂は、真剣勝負に敗れた」
声は低く、しかし震えることはなかった。
「今日から、この国の当主は――俺だ。」
誰も、異を唱えない。
一人、また一人と膝をつく。 それは服従ではなく、覚悟の選択だった。
杉本は、血に濡れた地面を見下ろし、静かに息を吐いた。
命を賭ける資格は―― 確かに、ここで示された。
藤山は、倒れ伏した桂から目を離せずにいた。
なぜ、真剣勝負だったのか。
なぜ、あそこまでして想いを託したのか。
頭では理解しきれない部分が、まだ残っている。
ただ、一つだけははっきりしていた。
桂は、杉本翔を――
もう、逃げることのできない場所へと、追い込んだのだ。
戻れない。
迷えない。
命を踏み越え続けるしかない場所へ。
藤山は静かに息を吐く。
胸の奥に、重たいものが沈んでいくのを感じていた。
それは後悔でも、恐怖でもない。
桂が遺した、意志だった。
――ならば、背負おう。
杉本が進むその先まで。
藤山は、何も言わず、ただ相棒の背中を見つめていた。
細道編は終結です。
ここからは世界が広がり、とうとう戦争という戦争を繰り広げようと思います。
お楽しみに。




