第三十二話-杉山連枝
七大技王トーナメント編ラストです!
お楽しみに!
二人は、会場を揺るがす地鳴りのような騒音で目を覚ました。
上体を起こして辺りを見回すと、敗北したとは思えない異常な熱気が渦巻いている。
「な、なんだあ……?」
「一体、何が起こってるんだ?」
藤山は困惑しながら自分の手を見つめ、目を見開いた。
「指が……治ってる!?」
吹き飛んでいたはずの指が、何事もなかったかのように動く。その驚きに理解が追いつかない。
――すーぎーやま! すーぎーやま!
地を揺らすような勝者のチャントが巻き起こる。
「なんとも素晴らしい戦いでした! そこで質問なのですが、なぜ地田勝は突然敗北を認めたのですか?」
審判が二人の傍らにしゃがみ込み、マイクを向けて尋ねる。二人は顔を見合わせた。
「お、俺たち……勝ったのか……?」
「え、な、なんで……?」
「お二人もわからないのですか……?」
審判は不思議そうな顔をしながらも、立ち上がって観客席へと向き直った。
「それでは、遅くなりましたが! 優勝したお二人に『七大技王認可の儀』を行います!」
会場は大地が震えるほどの歓声に包まれた。二人はその熱気に背中を押されるように、ゆっくりと立ち上がる。高度な技術を持つ医療班が「気」を用いて処置を施したおかげか、身体の痛みはほとんど消えていた。
腕や脚の毛穴からは、治療の際の名残である「気の痕跡」が淡い光となって溢れ出している。
「それでは、この激闘を制したお二人に、一言いただきたいと思います!」
審判からマイクを手渡され、杉本がそれを受け取った。
「透、言うことなんか俺たちあるか?」
藤山は首を傾げて少し考え込んだが、ふと思い出したかのように口を開いた。
「あの『汚名』についてとかどう?」
「……そうするか」
杉本は短く答え、ニヤリと笑って指を鳴らした。
杉本がマイクを二人の口元の中間に持ってきた瞬間、あれほど騒がしかった会場に、刺すような静寂が広がった。
「誰が広めたのかはわからないが、俺たちはこの一年間、『逃腰組』って呼ばれ続けた。でも俺たちは、死ぬ気で真っ向から勝負して、この七大技王という座を手にしたんだ。だからもう、その呼び方はふさわしくないんじゃないか?」
杉本の静かな、だが重みのある言葉に、客席のあちこちから「そうだ」「その通りだ」と納得するような声が漏れ聞こえてくる。
「では、新時代の技王となったお二人を、これからどう呼べばいいのですか?」
審判が、期待に胸を膨らませた表情で質問した。
二人は一瞬、視線を交わして不敵に笑うと、今度は藤山がマイクに口を近づけた。
「商人ども、せいぜい全国に広めてくれよ! 格好いい二つ名を用意したんだ。これから俺たちは……」
会場のすべての視線が、中心に立つ二人に収束した。
静寂を切り裂くように、二人の声が重なる。
「杉山連枝だ!」
連なる枝のように、決して分かたれることのない兄弟。
その宣言に、会場からは地鳴りのような拍手喝采が巻き起こった。それは、「逃腰組」という屈辱の過去を焼き払い、新たな二人の若き武人の誕生と、歴史の幕開けを祝う儀仗の音であった。
「それでは、七大技王トーナメント、最後のメインイベント! “二つ名”の授与を行います!」
二つ名――。
七大技王という称号に、あまたの武芸者が執着する大きな理由がここにある。この儀式を経て授与される名は、単なる呼び名ではない。国が、そして民草が認める「全国公認の通り名」として、未来永劫その身を飾る誉れとなるからだ。
「近藤天皇! お願いいたします!」
審判が天を仰いで叫んだ瞬間、会場の明かりがすべて掻き消えた。
静寂と闇が数万の観衆を飲み込む。直後、闘技場の中心に、爆発的な光が落ちた。
スポットライトの中に、いつの間にか一人の男が立っていた。
二人のすぐ傍ら、音もなく、影さえ揺らさずに出現したその圧倒的な存在感に、杉本と藤山の背筋に冷たい戦慄が走った。
一国の頂に君臨する、近藤天皇。
空気の密度が変わり、会場全体が息をすることさえ忘れたかのような静謐に包まれた。
年齢は五十代後半。その身に纏うのは、漆黒の生地に銀糸で「新撰組」の文字が刻まれた、重厚な外套風の直垂だ。袖口は実戦を想定してタイトに絞られ、胸元の超鋼鉄の胸当てが、彼のガッシリとした体躯をさらに大きく、鉄壁の要塞のように見せている。
身長は百八十より少し低く、髪はボサついている。冠から垂れる紫のベールが、その表情の半分を拒絶するように隠している。顎の髭は深く、閉じた瞼に刻まれた二筋の縦傷が、かつて彼が最前線で浴びた返り血の記憶を物語っていた。
「……良き、戦であった……」
低く、腹の底に直接響くような重低音。それは慈悲を与える王の声ではなく、戦果を確認する司令官の声だった。
「予は近藤瞳と申すものだ」
近藤はため息を吐いてから、言葉を継ぐ。
「まさか、剣真の息子がやってくるとはな……」
その名に、杉本は弾かれたように反応した。「親父を知ってんのか!?」
「私は第一戦国時代を生きた王ぞ。知らぬはずもなかろう。あやつは予にこの国全土を支配する座を捧げると約束したくせに、いざ座を手にすれば一年も放ったらかし、あろうことか最後にはその座を投げ捨てて消えてしまった……」
近藤は、苦々しく、どこか懐かしむように吐き捨てた。
「本当ならすぐにでも杉本翔、貴様を殺してやりたいところだが、儀式は儀式だ。それに、貴様がこれよりさらに上り詰めてから殺すのも、一興だからな」
「なんだよ、お前……意外と多弁なんだな」
杉本は、死の宣告を鼻先で笑い飛ばした。
近藤はその不敵な笑みに、かつての宿敵の面影を見たのか、声を張り上げた。
「どんな恐ろしい状況下にあっても、決して屈さず二人で立ち向かう姿はまさに夜叉そのもの! 戦場を飛び回り、戦略を巧する姿は鳥の如し! その自由な翼でどこまでも上り詰めよ! 貴様らに――『比翼の夜叉』の二つ名を授与する!」
その宣言をきっかけに、会場からは爆音にも勝る歓声が轟いた。
熱狂の渦の中で、近藤はもう一度、杉本だけに聞こえる声で問いかけた。
「……なあ翔よ。なぜ貴様は、それほどまでに剣聖になりたいのだ?」
杉本はその問いを、迷いなく鼻で笑う。
「んなもん、俺が“杉本翔”だからだよ」
一瞬の静寂の後、近藤はこわばっていた顔を崩し、腹の底から笑い出した。
「くくく……はははは! 剣真の奴も、予がなぜ国を捨てたのかと聞いた時、似たようなことを言っていたぞ」
『そんなの、俺が“杉本剣真”だからとしか言えねえよ』――かつての男の声が、今の翔の声と重なった。
「杉山連枝よ。貴様らが、この予の領域にまで到達してくることを祈ろう」
近藤が差し出した右手を、杉本が強く握りしめる。王の期待と呪いが、次代を担う二人の武人に託された瞬間だった。
長く、過酷だったトーナメントの幕が閉じる。
会場を出ると、水平線の彼方から朝日が顔を出していた。新しい時代の訪れを告げる眩い光が、傷だらけの「比翼の夜叉」を優しく、強く照らし出していた。
「帰るか、俺たちの場所に……」
杉本が朝日に目を細めながら、独り言のように呟く。
「そうだな。帰ったらやることが山積みだ」
藤山も隣で短く応じ、二人は慣れ親しんだ、だが今はもう「汚名」の消えた自分たちの居場所へと歩き出そうとした。
「お待ちくだされ! 杉山連枝様!」
背後から響いた切迫した声に、二人は足を止めて振り返る。
そこに立っていたのは、一見してただ者ではない気配を纏った老齢の男だった。
「誰だ? お前……」
杉本が警戒を解かぬまま問いかけると、男は深々と頭を下げた。
「申し遅れました。私、瓜生玄蔵と申します」
そこに立っていたのは、身長百六十センチ前半ほど、小柄で少し猫背気味な男だった。
年齢は五十代半ばから六十代といったところか。質の良い鼠色の紬に身を包み、鼻先には金縁の丸眼鏡が載っている。腰の革ベルトには、精巧な算盤と、護身用か、小ぶりな短銃が機能的に差し込まれていた。
「いやはや『比翼の夜叉』様! 実に見事な戦いでございました。近藤様が直々に名を授けるところを間近で見られるとは。これほどの商機、私のような商人には一生に一度あるかないか!」
「俺たち、そこらの商売には興味がないんだ。悪いが他を当たってくれ」
藤山が追い払うように言った。しかし、男は退くどころか、その瞳に一層強い熱を宿して一歩踏み出した。
「まあそう言わずに。本当に感動したのです。……ぜひ、私を二人の“誠商人”にしてくだされ」
その言葉を聞いて、二人の身体が一瞬、震えた。
誠商人――。
利益のみを追う現金な純商人とは全く異なる。一度仕えると神に誓った主のために、その一生を通してあらゆる手助けをする。それが、誠商人という存在なのだ。
「瓜生玄蔵と言ったか……」杉本が静かに問いかける。
「……はい……」
玄蔵は、深く頭を下げたまま、返事を待った。
「……これから、よろしく頼むぞ」
「こちらこそ! お二人の役に立つために、この命を捧げると神に誓いましょう」
玄蔵は顔を上げると、顎の山羊ひげを指先で弄りながら、細い目をさらに細めて愛想笑いを浮かべた。だが、その丸眼鏡の奥では、主君をいかにして天下へと押し上げるかという、計算高い光が鋭く明滅している。
二人は「七大技王」の称号を手にすると同時に、影の要となる「誠商人」をも獲得した。
昇る朝日の下、新たな歴史の歯車が回り出す。
こうして、長く過酷だった七大技王トーナメントは、静かに、そして劇的に幕を閉じた。
また編が終わってしまいましたね。
この編、結構好きで、時間をかけて頑張ってかきましたが面白かったでしょうか。
次の話に向けてお待ちください。
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