第三十一話-勇気の先にあるもの
地田戦最後です。
お楽しみに!!
「なぜ、立てるんだ……」
地田の唇が戦慄に震えた。二人の腹部から溢れ出す鮮血は、絶え間なくタイルを叩き、不気味な飛沫となって広がっている。小刻みに震える脚は限界を超え、もはや立っていることさえ奇跡に近い。二人は刀の柄に両手を重ね、辛うじてその身を支えていた。
「と……る、称賛は……」
「そ……だな、はあはあ、うっ……!」
藤山の言葉に杉本が応じるが、せり上がる何かを強引に飲み込み、言葉を繋ぐ。
「あいつの腰の……ずは、ふ…かい……貧…つで、倒れて…るかも…な」
杉本は血を吐きながらも、不敵に口角を上げた。
「その前に……俺た……が、倒……ちまうぜ」
「違いねえ……」
死の淵にありながら、二人は笑い合っていた。その異様な光景に、客席の商人たちは困惑し、恐怖に身を震わせる。
「お、おい、あいつらなんて精神力なんだよ」
「まだ立ち上がれるのか……」
「だが、どうせ立ったところで勝機なんて……」
ざわつく周囲の声を余所に、地田の脳裏には、封じ込めていた記憶が濁流のように蘇っていた。
私は昔から、勇気がなかった。
若き日から鍛錬に明け暮れ、父から流派を受け継いだ。私より研鑽を積んだ者などおらず、私は誰よりも強かった。いつしか主将の座に就き、私は根拠のない自信に満ち溢れていった。
だが、知ってしまったのだ。戦場で切り捨てた命の重さを、報われぬ勝利の虚しさを。
何かを捨てられぬ者に、何かを変えることなどできはしない。そんな道理は百も承知だ。
それでも私は、何かを切り捨てることに躊躇い、死を覚悟してまで剣を振るうことに、底知れぬ恐怖を感じていた。
民は笑っただろう。情けない男が主将だと憤っただろう。私はこの大会で優勝することで、己の内なる臆病を押し殺そうとしていたのだ。そんなことをしても何も変わらぬと、薄々感づいていながら。
ああ、すまない、お汐よ。お前を嫁に迎えた時から、病で亡くすその瞬間まで、私はお前に一切触れることができなかった。嫌われてしまうのが、失うのが、ただ怖かった。……本当に、情けない男だ。
地田は、眼前の現実に意識を引き戻した。
(君たちは凄い。本当に優れた武将となるだろう。いつか“剣聖”にだって成れるはずだ。だが、それは私が死んだ後、跡を継いでからでも間に合う。だから……この戦いだけは、私に勝たせてくれ! 頼むから、諦めてくれ……!)
地田の悲痛な願いが通じるはずもなかった。二人は深く腰を落とし、ずっしりと大地に根を張るように構える。微かに震える刀身は、しかし寸分の狂いもなく地田の喉元を真っ直ぐに指し示していた。
(なぜ、諦めないんだ)
地田は思わず、「勝つことなど、できぬのに……」と独白を漏らしていた。
その言葉を聞いた杉本は、声を震わせながらも、はっきりと答えた。
「それが、運命だからだよ……」
その一言に、地田の視界が激しく揺らいだ。
二人は最後の力を振り絞り、咆哮とともに地田の元へと走り出した。渾身の力で振るわれた刃が、地田の腹部を狙って鋭い弧を描く。
シャキーン、と硬質な音が響いた。
地田は両手を広げ、避けることも抗うこともなく、その一撃を正面から受け入れた。腹部にはX字の切り口が刻まれたが、その太刀筋は浅く、血が吹き出すことはなかった。もはや、二人には深く斬り裂く力さえ残されていなかったのだ。
二人はその場に立ち尽くした。全身の力が指の先から抜け落ち、もはや微動だにすることも叶わない。
地田は刀を左肩の横に寄せ、横一文字の構えを取った。一瞬、柄を握る手に力がこもる。だが、放たれたのは斬撃ではなかった。刀の棟を向けて打ち据えると、二人は糸が切れた人形のように、無機質に崩れ落ちた。
「カウントをとります。一……!」
審判の冷淡な声が、どんよりとした沈黙の中に響き渡る。
「五……六……」
カウントが後半に差し掛かるにつれ、観客席は現金なざわめきに包まれ始めた。
「流石に、もう立てなさそうだな」
「マジかよ、俺の金が……」
「あいつに賭けて正解だったぜ!」
倒れた二人は、ぴくりとも動く気配を見せない。
「八……九……」
「審判」
地田が、終わりを告げようとするカウントを遮った。
「降参だ……俺の負けだよ」
「はい……!?」
審判が驚愕のあまり声を荒らげた。
「俺の負けだと言っている」
地田の静かな、だが拒絶を許さぬ声に、審判は困惑を押し殺して叫んだ。
「へ……? あ、えっと……勝者! 杉山兄弟!」
その宣言に呼応し、会場には感嘆と、地田への容赦ない罵倒が熱気とともに広がっていく。
闘技場に救急隊が駆け上がり、意識を失った二人のそばへ歩み寄る。その様子を見届け、安堵した地田は、静かに刀を鞘に納めた。背を向け、闘技場を下りて会場の闇へと姿を消す。
(私も彼らと同じ境地に立った時、最後まで刀を向ける勇気があっただろうか……)
通路の陰で地田は脚を止めた。右腕を壁に預け、俯きながら、堪えていた涙をこぼし始める。涙は頬を伝う暇もなく、床へとポツポツと音を立てて落ちていった。
ここに、凄絶な戦いは終結した。
杉本と藤山――二人の若き武人が、七大技王トーナメントを制したのである。
どうでしたか?
とうとう二人も今は亡きポーラーと同じ七大技王にまで上り詰めたのですね。
しかし、物語はここからさらに展開されます。七大技王などただの称号に過ぎません。
面白ければ評価、ブクマ登録お願いします!




