第三十話-剣豪
遅くなりました!
地田勝戦続きです!
三人はそれぞれが衣を纏い、静止したまま対峙していた。静まり返った観客席からは、次の一手が放たれる瞬間を渇望する熱気だけが伝わってくる。
「透、お前の衣は守りに特化している。対して俺の衣は攻撃特化だ。お前は俺のサポートに回れ!」
杉本の鋭い指示に、藤山は短く「わかった……」と頷いた。
先陣を切ったのは杉本だ。爆発的な加速で地田へと肉薄し、渾身の力で剣を振り下ろす。地田はそれを柳のような身のこなしで受け止めると、即座に刀を弾き、追撃の打ち込みを繰り出した。しかし、その刃は空中で杉本の放った「やまびこした気」と衝突し、甲高い火花を散らす。
「マジかよ、衝撃そのものを受け止めたのか……」
杉本が驚愕に目を見開いた瞬間、地田の佇まいが変わった。その背後に、巨大な竜の尾が現れる。
「柔身竜影流-尾ノ技、竜尾掃影」
地田は地を這うような低姿勢で鋭く旋回した。柔らかな身のこなしが生み出す、爆発的な遠心力。放たれた横一文字の剣撃は、あたかも巨大な竜がその尾を力強く振り抜いたかのようであった。
刀身の軌跡をなぞるように、漆黒の影が扇状に広がる。杉本は刀を盾にして進路を阻もうとしたが、自慢の衝撃の衣をもってしても、その竜尾の重圧を抑え込むことは叶わなかった。
「がはっ……!」
杉本の身体は、嵐に翻弄される木の葉のように宙へと吹き飛ばされた。
地田は逃さず追撃に移ろうとしたが、その前に藤山が立ちはだかる。
「行かせないぜ」
藤山の決死の割り込みにより、再び刀と刀が激しく火花を散らす。
「受水同士の対決か……」
観客席では、商人が身を乗り出すようにして闘技場を凝視していた。
激しさを増す剣戟。地田が藤山の首筋を狙って横一線に刃を走らせる。それを待っていたかのように、藤山は極限まで上体を沈め、下から斬り上げるカウンターの体勢を取った。
「柔身竜影流-柔ノ技」
地田の呟きと共に、重力が消失した。彼は藤山の頭上を鮮やかに飛び越え、空中で天井を背にしながら、刀を左肩の横に深く溜める。
「柔竜旋身!」
背後から藤山の頭部を狙い、死角からの横一文字が襲う。藤山は右目でその軌道を捉えると同時に左手を刀から離し、迫る刃の側面を掌で押し上げた。
スパーン。
乾いた音が響いた。
地田の刀は狙いを外れたが、引き際の刃が藤山の左手の親指を無残に跳ね飛ばした。
地田は藤山に背を向けたまま、膝をクッションにして滑らかに着地する。即座に独楽のように振り向き、強烈な足蹴りを放とうとした。藤山は右手の刀を盾にして防ごうとするが、地田はその反応さえも見透かしていた。
放たれようとした右足が空中で止まり、代わりに軸足だった左足が、捻り込んだ身体のバネを伴って藤山の右横腹を直撃した。
「うぐ……っ!」
くぐもった悲鳴を漏らし、藤山は地面を転がった。
(なんという判断能力だ。あの極限状態で、これほど最善の選択を重ねてくるとは)
地田は冷徹に、刀に付着した血を振り払った。白いタイルに紅い飛沫が鮮やかに散る。
藤山は、血に染まった自らの手の欠損を見つめ、戦慄した。
(異能を解放させていなかったら、今頃は指どころか頭が吹き飛んでいたな……)
恐怖に身体を震わせながらも、藤山は再び、地獄のような戦場へと立ち上がった。
「こっちだ、地田!」
杉本の鋭い声が響き、強引に視線を自分へと向けさせた。見れば、杉本は足元のタイルを力任せに剥ぎ取っている。
「これでも食らえ!」
放たれたタイルが空を切り、地田へと襲いかかる。衝撃の衣を纏ったそれは、空中で弾丸のごとき加速を見せた。
杉本は次々とタイルを投げ飛ばしながら右へと疾走し、絶え間ない投擲の雨を作り出す。しかし、地田は最小限の動きでそれらすべてを紙一重で回避していった。
「何のつもりだ?」
地田の冷ややかな声が鼓膜を叩く。だが、杉本の意識は数歩前の過去――あの日の特訓へと飛んでいた。
見渡す限りの草原。隠れる場所などどこにもない解放された地で、老忍は杉本に説いた。
『良いですか殿。忍者の戦い方とは、相手の死角を奪うことです。たとえ周囲に遮蔽物がなくとも、相手の一歩先を取らねばなりませぬ。それが忍であり、忍術です』
『は? こんなところでどうやって……』
戸惑う杉本に、老忍は静かに言葉を続けた。
『ここには何も隠れる場所がないように見えます。しかし、地面には雑草があり、土があり、石ころがある。――死角がなければ、自ら作れば良いのです』
意識が現在へと回帰する。
(こいつは強い。だからこそ、あの時教わった「あれ」が役に立つ。どうにかして、死角をこじ開けるんだ……!)
地田は依然として、飛来するすべてのタイルを嘲笑うかのように躱し続けている。
杉本はそれを見て不敵に口角を上げた。足を止め、左の手のひらを天に向けるように突き出す。
「これが俺の決め技だ。――万操の衣!」
杉本が左手を握った瞬間、虚空に散っていたタイルの破片が静止し、意志を持ったかのように一斉に地田へと殺到した。
「何っ!?」
地田の顔に驚愕の色が浮かぶ。全方位からの包囲網を避けるべく、地田は即座に反転して疾走した。背後では、回避したタイルが壁に激突し、硬い音を立てて粉砕されていく。
「……あいつはどこだ!」
視界から消えた杉本を探し、地田が周囲を鋭く見渡す。
「上だあぁ!」
上空から、踏気の衝撃を推進力に変えた杉本が、音のごとき速度で垂直落下してきた。刀と身体を一直線に固定し、地田の脳天を一点に据えた決死の刺突。
(――しめた。私の方が腕も刀も長い。奴の攻撃が届く前に貫き、その勢いを利用して回避できる)
地田は瞬時に判断し、迎撃のために地を蹴り上げた。
「柔身竜影流-牙ノ技-昇竜影牙!」
下から突き上げる竜の牙が、空中の杉本を捉えようとしたその刹那。
「ほーら! 死角ができた!」
杉本の叫びと呼応するように、影から一人の男が飛び出した。
「俺のことを忘れんじゃねえ!」
藤山だった。助走をつけた跳躍から、無防備な地田の背後へと肉薄する。横一文字に振るわれた刃が、空中の地田を逃がさない。地田の「受水」が本能的に反応し、空中で無理やり腰を捻ったが、藤山の刃は深く、鋭くその左腰へと食い込んだ。
肉を断つ嫌な手応えと共に、鮮血が闘技場に舞った。
杉本と地田が同時に地へと降り立ち、僅かに遅れて藤山が着地した。地田は辛うじて受け身を取ったものの、衝撃を殺しきれずタイルの上に横たわったままだ。
「カ、カウントをとります!」
審判の宣言とともに、静まり返っていた観客席から爆発的な歓声が沸き起こる。
しかし、カウントが後半に差し掛かろうとしたその時、地田はよろりと身を起こした。腹部に気を集中させ、強引に傷口を塞いで止血を試みている。
「まだ終わらねえよな……」
杉本が苦々しく呟く。
「傷が完全に塞がる前に畳み掛けるぞ!」
藤山の鼓舞に応え、二人は再び刀を構えた。
地田は二人を射抜くように睨みつける。その眼光は以前よりも鋭く細められ、執念に満ちていた。背後に浮かび上がる竜の影は、今や悍ましいまでの実在感を放っている。二人はその圧倒的な威圧感に当てられ、視界が小刻みに震えるのを感じた。
(ああ、ダメだ。負けてはダメだ。ここで倒れたら、何のためにここに立っているのか分からなくなる……)
「……たなきゃ、だ……なんだ……」
地田は前後に大きく足を開き、深く腰を落とした。
「勝たなきゃダメなんだ!」
魂を絞り出すような絶叫とともに、地田が地を蹴った。
背負いし巨大な竜の影が、地田の動きと重なり、二人に迫りくる。逃げ場のない捕食者の重圧に、二人の足は金縛りにあったかのように動かない。
「柔身竜影流――奥義」
「防ぐぞ!」
藤山の叫びに合わせ、二人は横に並び、刀をXの形に交差させて防壁を作った。
「竜身撃!」
掲げられた刀が、天を衝く。
直後、背後の竜がその剛腕を振り下ろすのと完全に同期し、刀身が垂直に叩き落とされた。
「ぐあああっ!」
二人の防御は、天から降る竜の質量に押し潰された。地田は止まらない。叩き落とした勢いのまま、瞬時に刀を右に引き絞り、二人の腹部を同時に切り裂く。
さらに追い打ちをかけるように、今度は逆方向へ、断つような一閃を振り抜いた。
二人は傷口を塞ぐ暇さえ与えられず、力なくうつ伏せに崩れ落ちた。
地田は、滴る血を鋭く払い、刀を鞘へと収める。数歩退がって間合いを置くと、自身の腹部に手を当てて再び止血を開始した。
「早くカウントをとれ」
地田が審判を冷徹に見据える。
「あ、はい! カウントをとります。一……!」
冷淡に数え上げられる数字。地田は倒れ伏した二人に、静かな敬意を込めて呟いた。
「君たちは強かったよ。ありがとう」
会場中を拍手と歓声が包み込む。地田はその喧騒を背に、闘技場を後にしようとした。
だが、カウントが十を刻もうとしたその瞬間だ。
「おおっと! 立ち上がったあぁ!」
審判の絶叫に、地田は弾かれたように振り返る。
そこには、全身を激しく震わせながらも、刀に全ての体重を預けて立ち上がろうとする二人の姿があった。
腹部からは、今なお滝のような鮮血が流れ落ちている。
「な、なぜ立ち上がる……死ぬぞ! 貴様ら!」
地田の声が、初めて戦慄に震えた。
次は地田の過去を公開します。
お楽しみに。




