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第二十九話-威圧の衣

めちゃくちゃ遅くなってごめんなさい。

色々あって遅れております。四月まではこんな感じで続くのでご了承願います。

地田戦です。どうぞ!

 会場はかつてないほどの熱気に包まれていた。中に入りきれなかった群衆は、あたかも一点の光源に群がる羽虫のごとく、屋外モニターの前でひしめき合っている。


 肩と肩がぶつかり、互いの吐息さえ混じり合うほどの密。青白い光に照らされた彼らの瞳には、外の世界を忘却したかのような、異常なまでの狂熱が宿っていた。


 おにぎり屋「初握り屋」の店内でも、客たちは食事の手を止め、カウンター上のモニターに釘付けになっていた。


 「マジかよ、あの兄弟がまだ残ってやがる」


 客のどよめきを聞きつけた店主が、調理場から顔を出し、覗き込むように画面を仰いだ。

 「あの兄ちゃんたちは……」


 モニターの中では、二人の男が入り口から姿を現すところだった。そして今、まさに会場の最奥でも同じ光景が繰り広げられている。


 地田は軽く目を見開くと、静かに立ち上がった。冷淡な瞳でこちらを射抜くような眼差しは、相変わらずだ。


 「どっちが勝つんだ……!?」


 「わしはあの兄弟に三百貫文賭けるぞ」


 「私は地田勝に三百五十貫文ですな」


 客席から漏れ聞こえる卑俗(ひぞく)下馬評(げばひょう)を背に、三人は静かに歩を進める。前に地田、後ろに兄弟二人が並び、闘技場の階段を上り詰めた。


 「今宵も最高潮に達しましたが、いよいよこれが最後の試合となります!」

 実況の声に応えるように、地を揺らすほどの拍手と歓声が降り注ぐ。


 地田は足を止めると、ゆっくりと振り返り、左腰に差した刀の柄頭(つかがしら)にそっと手を添えた。


 「両者、真剣勝負の条件を」


 「決まっている。地田勝、お前を俺たちの手下に加える」

 杉本は一点の迷いもなく言い放った。


 地田はしばし黙考したあと、静かに唇を割った。

 「ならば私も、貴様らを配下に加えることにしよう」


 「それでは――決勝戦、杉山兄弟 対 地田勝。よーい……」

 審判の号令とともに、会場は深い静寂に飲み込まれた。


 「始め!」


 沈黙が切り裂かれると同時に、甲高い鐘の音が鳴り響く。


 地田は即座に、目に見えぬ“威圧の衣”を纏った。杉本は、言葉を失うほどの圧倒的な重圧に一瞬気圧される。


 「初っ端から飛ばしてくるか……行くぞ、翔!」

 藤山が叫び、刀を抜き放ちながら地田へと肉薄する。杉本も奥歯を噛み締め、遅れて地を蹴った。


 地田は向かってくる二人に対し、二条の気の斬撃を放つ。鋭い一撃が藤山を襲うが、彼は走りながら初撃を弾き飛ばし、続く二撃目を鮮やかに跳躍してかわした。


 そのまま刀を天に掲げ、地田の脳天へと振り下ろす。地田はそれを平然と受け止めたが、その衝撃を利用して藤山は空中で一回転し、後方へと着地。間髪入れず、再び刀を突き立てて突進した。


 地田が左へ身をかわした瞬間、その背後から杉本が影のように躍り出た。


 低い姿勢から地田の背中を()たんとし、鋭い一閃を放つ。しかし地田は、一瞬だけ刀から手を離すと、刀身が下を向くよう逆手に持ち替え、背越しにその一撃を完璧に防いでみせた。


 杉本の顔に驚愕が走る。


 その刹那、地田はその場で高く跳び上がると、反時計回りに鋭く旋回した。旋風のごとき勢いを乗せた蹴りが、藤山の顔面を捉える。突進の勢いと相まった衝撃に、藤山は激しく吹き飛ばされ、無様に地面を転がった。


 「いってぇぇぇぇ……っ!」


 膝をついた藤山が、左手で鼻の下を拭う。手の甲にべったりと赤い血がつき、気がつけば鼻孔からポタポタと鮮血が滴り落ちていた。


 杉本は一瞬だけ藤山に目をやったが、苦渋を滲ませながらもすぐに前を向き直した。一歩踏み込み、地田の脚を狙って再び刃を振る。だが、地田は振り返りざまに後方へ下がり、軽々とその間合いを外した。

 

 地田が再び二度の気撃を放つと、杉本はその場で踏み止まり、火花を散らしてそれらを叩き落とした。


 藤山は鼻を気で覆って止血すると、再び立ち上がった。背後から回り込むように距離を詰め、地田へ斬りかかる。地田はそれを視線で捉え続け、危なげなく防いでいく。


 「後ろだ!」

 杉本の叫びとともに、突きが地田を襲う。


 地田は右足を軸に身を翻して回避を試みるが、左の大胸筋あたりを刀身がかすめた。鋭い斬撃が走ると同時に、鮮やかな血飛沫が宙に舞った。


 地田は荒い呼気を漏らすと、即座に後方へ飛び退き、牽制の斬撃を放った。杉本がそれを造作もなく叩き伏せると、二人は左右に分かれて肉薄(にくはく)し、地田の腰元を狙って同時に刃を振る。


 地田は深く膝を折り、地を這うような姿勢でその一閃を潜り抜けた。直後、右足で鋭い足払いを見舞う。

 

 (きょ)を突かれた二人の体勢が崩れた。そこへ、地田は流れるような動作で立ち上がり、横一文字に刀を薙ぎ払う。二人は辛うじて刀を盾にしたが、その剛圧に抗えず地面を転がった。二人は即座に受け身を取り、膝をついた姿勢で地田を睨み据える。


 すぐさま体勢を立て直し、再び斬りかかろうとした兄弟の前で、地田は唐突に纏っていた衣を霧散させた。予期せぬ行動に、二人の足が止まる。


 「あれ、衣を解いちゃうのか?」

 杉本が不可解そうに声をかけた。


 「ああ。お前たちには、これ以上の維持は無駄なようだからな」

 地田は酷く億劫そうに溜息をつき、肩の力を抜いた。


 「どうしてだよ。そろそろ効いてくる頃かもしれないだろ?」

 藤山の問いに、地田は冷ややかな視線を向けた。


 「よく言う。貴様ら、威圧の衣の本質を理解しているのだろう?」


 その言葉を聞いた瞬間、杉本の唇が不敵に吊り上がった。


 「……ああ、もちろんだ。お前のその衣、普通“気”ってのは使用者自身を傷つけないよう、体をすり抜けるように作用する。大抵の衣はそういう仕組みだ」


 藤山は自らのこめかみに人差し指を突き立て、杉本の言葉に重ねる。


 「だが()()()()は別物だ。あれは脳に直接、気を送り込む。標的の精神を(くじ)くには合理的だが、諸刃の剣でもある。普通の気と違って、自分自身の脳にまで気が入り込んで攻撃してしまうんだろ? 現にさっきのお前の周りからは、気の気配がほとんど感じられなかった」


 二人の鋭い推論に、会場のざわめきが波のように広がっていく。


 「あのガキ共、正気か? 一体何者なんだ」


 「誰だ、逃腰組なんて広めた奴は」


 「地田に全財産賭けてんだぞ……まさか、負けねえよな?」


 地田は杉本の推論を聞き届けると、静かに拍手を送った。


 「驚いたな。威圧の衣を前にして、ここまで冷静に分析できる者に出会ったのは初めてだ。貴様らの言う通り、私はまだこの衣を完全に制御できてはいない。脳への負荷を抑えるため、全方位に衣を張り巡らせることは不可能なのだ。そんな不完全な技で貴様らと対峙し続けるのは、かえって無礼というものだろう」


 地田の言葉が終わるや否や、彼の全身から凄まじい密度の気が噴き出した。それは目に見える奔流となり、天を貫く柱となって立ち昇る。


 「はあぁぁぁ――ッ!」


 咆哮(ほうこう)とともに気の奔流は爆発的に膨れ上がり、闘技場全体を飲み込んだ。凄まじい風圧が二人を押し退ける。兄弟は刀を握り締め、片手で顔を覆って暴風に耐えた。


 「なんだ、この気の総量は……!?」

 藤山が苦悶(くもん)の表情で(うめ)く。


 膨張しきった気は、次の瞬間、地田を中心に急速に収縮を開始した。彼の体を薄く覆うほどの密度まで凝縮されると、それは絶え間なく揺らめく波紋のような形状へと変質を遂げる。


 「言っておこう。これは()()()()だ」


 「……そうかよ。なら、俺たちも出し惜しみはやめだ!」


 杉本の宣言と同時に、兄弟もまた気を一気に解放した。それぞれが衝撃と受水の衣を纏い、地田と対峙する。


 「ほう、受水に衝撃か。だが、それだけでは――」


 「まだ終わらねえぜ。俺たちは……“異能”が使える」

 その一言に、地田の表情が凍りついた。

 「……何だと。まさか、異能の域にまで達しているというのか」


 初握り屋の店内では、もはやおにぎりを頬張る者など一人もいなかった。店主も客も、ただ呆然とモニターを凝視している。


 「冗談だろ……あいつら、本当に何者なんだ?」

 店主の震える声が静まり返った店内に響く。


 闘技場の空気は一変した。勝敗の行方は霧に包まれ、誰一人として結末を予測できなくなっていた。

ここから戦いがどんどんヒートアップするので、お楽しみに!

次は土日に送ります、、送りたいです……

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