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第二十五話-争いの前の沈黙

今回はバトルしない話です。

申し訳ございません、二連続で二人が戦わない話を書いてしまいました。

今回は、そこまで重要な話を書いているわけでもないので、飛ばしたい方は、どうぞ次の話へ。

 アリーナの喧騒は、遠く離れたこの沿岸部まで地鳴りのように響いてくる。午前の部を終えた会場は、さながら祭りのような熱気に包まれていた。手帳とペンを握りしめた商人たちが、有望な参加者を見つけては、次なる戦いの配当や長期に渡る契約の交渉に躍起になっている。


 陽光はすでに天頂を過ぎ、海面を鈍く照らし始めていた。


 その南の波打ち際で、二人の男が対峙していた。


 タン、タン、タン――。


 乾いた音が、潮騒を割って規則正しく響く。鞘に収めたままの刀を打ちつけ合う鞘の内稽古だ。


 藤山が鋭く左足を踏み込み、杉本の喉元を突く。杉本はそれを紙一重で右へ受け流すと、独楽のように左へ旋回し、その勢いを乗せて横一線に薙ぎ払った。


 藤山は瞬時に右足を引き寄せると、床を蹴り上げて間合いを外す。同時に刀の柄頭を上へ向け、左手で峰を支える防御の型を取った。衝撃の反動で砂を数メートル吹き飛ばされたが、藤山は両足で地面を掴むようにして着地し、姿勢を立て直した。


 「……もうそろそろ会場に戻って、準備したほうがよさそうだな」


 杉本が腰の帯に鞘を差し、紐で手際よく固定しながら言った。首を左右に鳴らし、強張った筋肉を解しながら藤山へ歩み寄る。


 「そうだな」

 藤山もまた、己の得物を帯に収めて紐を結び直した。


 「午後の部まではまだ十分時間がある。会場の周りの森でも散策して、少し頭を冷やそうぜ」

 杉本がアリーナから少し離れた森を指すと、藤山も短く「良いぜ」と応じた。


 荒れた土を踏みしめ、のんびりと歩を進めていた二人だったが、突如として杉本が足を止めた。


 「……誰だ、あいつ」


 その視線の先を追い、藤山も足を止める。前方から、一人の男がこちらに向かって歩いてきていた。


 二人は無意識に、今度は威嚇を込めた足音を強く踏み鳴らした。男は二人の数歩手前まで来ると、立ち止まる。


 「なにか用か」

 杉本が眼光を鋭くし、相手を睨みつけた。


 男の頭上には、猛々しく逆立つ白銀の髪があった。降り注ぐ陽光を跳ね返すその銀髪は、男の不遜な気配をより一層際立たせている。


 纏っているのは、かつては白かったであろう、簡素な造りの道着のみ。しかし、その布地はもはや元の色を留めていなかった。敵から浴びせられた無数の返り血が、染み付いた赤黒い斑点となって、彼の全身に飛沫模様を描いている。


 はだけた袖から伸びる腕は、巨漢のような太さはない。だが、そこには白い肌が光沢するほど鍛錬を重ねたであろう剛腕が、肌を突き破らんばかりに隆起していた。一見すると細身でありながら、一動作ごとに無駄のない筋繊維が激しく蠢き、そこから爆発的なエネルギーが放たれることを予感させる。


 そして何より異様なのは、その瞳だ。


 見開かれたその瞳は、眼前の命が散っていく様を心底愛おしむように、爛々と、獲物を見つけた獣の如く輝いていた。


 「やあ。君たちが杉山兄弟だよね?」

 男は、場違いなほど明るい声で、揚々と話しかけてきた。


 「……あんた、蘇我鎌瀬だろ」

 藤山が、言葉の刃を突き立てるように言った。


 「お、物知りなのがいるな。そうさ、俺が蘇我鎌瀬だ」

 男――鎌瀬は、両手を大仰に広げ、堂々と声を張り上げた。


 「何の用だ」

 杉本が重ねて問う。


 「ん? ただの挨拶さ。もしお前たちが決勝まで上がってくるとしたら――」

 鎌瀬は、自身の胸に親指を突き立て、歪んだ笑みを浮かべた。


 「叩き潰すのは、この俺だ」

 傲岸不遜(ごうがんふそん)な宣戦布告に、兄弟は不快げに目を細める。


 「まあ、それだけだ。次の勝負もせいぜい頑張ってくれよ」

 言い残すと、鎌瀬は二人の間を悠然と通り抜け、海岸の方へと歩き去っていった。


 「言われなくても、そのつもりだ」

 すれ違いざま、杉本が吐き捨てるように告げる。そのまま振り返り、銀髪の男が遠ざかっていく背中を、射殺さんばかりの視線で追った。


 「放っておけ。俺たちは、俺たちの戦いに集中するだけだ」

 藤山の言葉に、杉本は我に返ったように視線を戻し、藤山と目を合わせた。


 「そうだな」


 二人は再び前を向き、戦いの狂熱が渦巻くアリーナへと歩き出した。

 

 刻限は午後五時を迎えていた。会場を埋め尽くした観衆の熱気は飽和状態に達し、誰もが今か今かと開始の宣言を待ちわびている。


 やがて審判が闘技場の中央へと上がり、マイクが「キーン」という甲高いハウリング音を響かせた。


 「皆様、長らくお待たせいたしました! 七大技王トーナメント午後の部……いよいよ開幕です!」


 地鳴りのような歓声が会場を揺らす。


「まずは第八試合――出川山之亮 対 矢佐野中僧! 両者入場!」


 その頃、控室では杉本と藤山が、深々と呼吸を整えていた。


 室内には豪奢な花瓶などの装飾品が並び、どこか優雅な趣を漂わせている。しかし、それとは対照的に椅子や机といった調度品は一切排除され、広々とした空間が確保されていた。板張りの床に刻まれた無数の打ち傷を見るに、ここは戦闘直前の鍛錬場としても機能するよう設計されているのだろう。


 遠く会場から届く熱狂的な歓声が、かえってこの部屋の沈黙を重く、深く際立たせていた。


 やがて、試合開始を告げる鐘の音が鳴り響く。


「……そういえば、俺たちの国に残してきた小林たち、今頃どうしてるかな」

 藤山が、ふと案じるように呟いた。


「うーん、まあ、あいつらなら何とかなってるんじゃねえか?」

 杉本が楽観的な、あるいは根拠のない確信を込めて応じる。


(……それはフラグだって……)

 藤山は口には出さず、心の中でだけ苦笑した。


 五分と経たないうちに、二度目の鐘が鳴った。早くも決着がついたらしい。この無機質な鐘の音はどこから響いているのかといささか疑問に思っていたが、見上げれば部屋の隅に据え付けられたスピーカーが震えていた。どうやら、会場の熱狂を機械的に伝える合図に過ぎないようだった。


「行くか」


 どちらからともなく短く言葉を交わし、二人は部屋の扉を押し開ける。

 光の差し込む廊下へと、二人の戦士の足音が力強く刻まれ始めた。

次は絶対戦います!

というかこの状況で次も戦わなければそれこそおかしいでしょう。

ぜひ、次回もお楽しみに!

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