第二十四話-地田勝、刑(ぎょう)が当
ここは地田勝について書かれた部分です。
島の周りには、次々と商人たちの船が連なり、空から見れば小さな大陸のようになっていた。
アリーナ周辺は、そこらの国の人口密度を軽く凌駕するほどの人で溢れ、密集した蟻の大群のように蠢いている。
一人の商人がチケットを四枚掲げ、声を張り上げた。
「へいへいお前たち!最前席チケットが手に入るぞお!値段はなんと五百貫!さあ買った買った!」
また、外壁に設置された大きなモニタには、アリーナ内部の様子が映し出されている。チケットを手に入れられなかった商人たちが、肩を寄せ合いながら立ち見していた。
「見ろよ、桐谷って男の斬撃」
「攻防戦に慣れてるな、完全に決め技を持ってやがる」
「宇喜多が完全に読まれちまってる、こりゃ負けだな」
会場内外の空気はますます熱を帯び、ざわめきが渦を巻いていた。
二人は、アリーナから少し離れた場所にある飲食店の扉を開けて入る。
看板には“初握り屋”と書かれている。木造の建物で、三角屋根の煙突からは細い煙が上がっていた。木板の隙間からは、食べ物の匂いと店内の熱気が漏れ出している。
室内でまず目に入るのはカウンター。その左にカウンター席が五つ並び、後ろには丸いテーブルを囲むように椅子が三脚ずつ置かれ、それが四セット並んでいた。客はまばらに座っている。
「おっちゃん、なんか食うもんねえか」
杉本は無礼も気にせず声をかけた。
調理場から、頭に布を巻いた中年の店主が顔を出す。
「おお、どこの野郎かと思ったら、お前さん出場者だな?」
店主は再び調理場の奥へ消え、すぐに片手に海苔の巻かれたおにぎりを二つ持って戻ってきた。
「持っていきな。他の選手の観戦でもしといたほうがいいぞ。腹が減ったらまた戻ってこい」
店主は親しみを込めて笑う。
「ありがとよ!」
杉本はそう言ってそのまま扉を出る。藤山も「ありがとうございます」と深く礼をし、二人は店を後にした。
二人は貰った塩おにぎりを頬張りながら、のんびりとアリーナへ戻ってくる。
「あの忍者……高橋だっけ? あの地田を圧倒してるじゃねえか」
「地田って“東の剣豪”って言われてるんじゃなかったっけ?」
その会話を耳にした二人は、顔を見合わせる。
杉本が恐る恐る口を開いた。
「まさか、もう……」
「試合……始まってる……」
藤山が重ねる。
二人はアリーナの入り口へと走り出した。
先に立っていた男が振り返る。
「おお兄ちゃん達! 最前列のチケットはいかがかい? 今なら五ひゃ……ドゥへ!!」
二人が通過する勢いで男は吹き飛ばされ、宙に舞い、地面へと叩きつけられた。
「い……てえぇぇ……」
うつ伏せのまま、か細い声を漏らす。
二人が観戦席側から闘技場を見下ろすと、すでに第七試合は始まっていた。
左に立つのは地田。
年の頃は五十代前後。だが、衰えの気配は一切ない。
無駄を削ぎ落とした体躯は、分厚い鎧のような重さではなく、幾度も死地を潜り抜けてきた者だけが持つ密度を宿している。肩は広く、背は藤山と同じくらい。
灰色の羽織を纏い、その胸元には擦り切れた古い紋が入っている。かつて仕えた主のものか、それとも失われた家の証か――今となっては誰も知らない。
左頬には、斜めに走る古傷が一本。浅くはない。刃を受けた痕だ。
髪は後ろで短く束ねられ、ところどころに白いものが混じる。年月を隠す気はないらしい。
そして何より、その目。鋭く、真っ直ぐにものを凝視する。地田を知らぬものにとっては、冷たく見えるほど感情が入っていなかった。
右に立つのは高橋。
年齢は二十代後半。若さに不釣り合いなほど、その眼光には老成した冷ややかさが宿っている。
体格は細身ながら、忍び特有の無駄を削ぎ落としたしなやかな肉体を衣の下に秘める。派手さはないが、気づかぬうちに背後を奪われているような、拭いがたい威圧感を放っていた。
片目を覆う黒髪は、激闘や強風の中でも乱れることなく、静止画のようにその貌を保っている。
纏うは、わずかに青みを孕んだ深き墨色の装束。光を吸い込み輪郭をぼかすその色は、闇ではなく背景そのものに溶け込む。
整ってはいるが、どこか影の薄い容貌。しかし、その瞳だけは異質だ。
微笑を湛えながらも氷のように冷たく、対象を射抜きながら、その実どこも見ていない——そんな底知れぬ虚無を湛えていた。
地田は刀を持ち上げ、高橋へ向かって走る。
鋭い斬撃が走り、高橋の体は右斜めに真っ二つに裂けた。
会場から悲鳴と歓声が入り混じった声が響く。
「や、やった……のか?」
杉本は一瞬の出来事に動揺する。
「いや、違う。高橋はまだ死んでいない……!」
「でも、どう見ても……」
杉本はもっともなことを言う。
藤山は周囲の気配を探る。
(何か違和感があるな)
そう心の中で呟いた瞬間――
地田の背後に、高橋が突然現れる。
地田は素早く振り返った。
「くくく、残念でしたね。それはただの丸太です。“身代わりの術”というやつですよ」
「なるほど、さては衣か。忍者は特殊な衣を使うと聞いたことがある」
高橋はにっこりと笑う。
「御名答。空想の衣ですよ。目から送られる情報を一時的に塗り替える衣でしてね。とても使い勝手がいいのです」
高橋は続ける。
「私の里は貧相で、忍者も私を含めて数えるほどしかいない。私はそんな状況下でも天下統一を目指している。だからこそ、この勝負、負けるわけにはいかない。本気でいかせてもらいますよ」
地田はまったく動揺を見せない。
「そうか。だが、七大技王になるのは俺だ。俺に二度同じ攻撃は通用しない」
その言葉に、高橋の眉がわずかに動く。
「では、お望み通り片を付けさせて頂きます」
高橋は素早い動きと同時に空想の衣を発動させる。
地田の視界が一瞬にして真っ白に塗り潰された。
「これで貴様は何も見えまい」
高橋は両手にくないを握り、そのまま地田へ飛びかかる。顔面目掛けて突き刺そうとした。
しかし、地田は見えていたかのようにしゃがみ込み、刀を上へ突き立て、そのまま持ち上げた。
刃は高橋の腹部を正確に貫く。
「なん、だと……」
高橋は勢いのままタイルの上を転がる。腹から血が吹き出し、荒い息を吐いた。
「なぜ、私の動きが……み、見えたのだ……」
地田は冷たい視線を向ける。
「甘いな。気のオーラが隠されていなければ、感じ取るのは容易い」
「わ、私は…七…王に…なっな…えば…」
ボソボソと声が聞こえる。
「志だけは、認めよう」
高橋は目を見開いたまま、やがて息を引き取った。
審判が判定を下す。
「地田勝、一回戦通過!」
会場から拍手と歓声が浴びせられる。
地田は何も言わず、静かに闘技場を降り、そのまま姿を消した。
その戦いを見ていた二人の額から汗が垂れる。
「す、すげえ……」
杉本が本音を漏らす。
「情報判断能力が凄まじいな。あれでまだ衣も発動させていないとなると……」
藤山は言葉を詰まらせた。
審判が観客へ向けて声を張る。
「これより午後の部とします! 次の開催時刻は十七時頃、第八試合-出川山之亮 対 矢佐野中僧! お楽しみに!」
会場がざわつく。
一部は席を立ち、一部は隣同士で会話を交わしながら昼食を取り始めた。
地田勝。
底の知れない相手にどう立ち向かうのか。
高橋と地田の戦いは、次なる試合への大きな布石となった。
申し訳ございませんでした。第八試合を完全に忘れておりました。
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