第二十話-新たな旅立ち
とうとう二人が出発します。
お楽しみに。
東へ向かうほど、世界の歯車が噛み合わなくなっていった。
本来なら背中を押すはずの光が、二人の目を焼くように差し込んでくる。
それでも、藤山と杉本は減速しない。
森は生き物のように、二人の通り道に沿って波打つように揺れ動く。
影は前に伸び、次第に短くなっていった。
正午に差し掛かろうとしていた頃。
空はまだ明るいのに、時間だけが先に進んでいる。
いつのまにか、太陽を追い越していたようだ。
二人とも、同じ速度で走っている。
やがて、地形が草原へと変わった。
風が乾き、空気が軽くなる。
藤山は、見覚えのある感覚に足を止めかけた。
それが確信に変わったのは、一本の傾いた大きな旗を見た時だった。
色褪せた布。バナナの模様が一つ。
風に揺れながらも、倒れずに残っている。
二人とポーラーが思いを馳せた場所。
藤山は視線だけを走らせる。
杉本も、同時に旗を見た。
旗の横を通り過ぎる、その一瞬。
風が、妙な方向から吹いた気がした。
背中を押すでもなく、引き留めるでもなく。
ただ、横から。
(……行ってこい)
誰かの声が、した気がした。
藤山は、ほんの一瞬だけ歯を食いしばる。
杉本は、拳をわずかに握り直した。
旗は、すぐに視界の外へ消えた。
過去も、後悔も、振り返らない。
今はただ、走り続ける。
道は地図通り、山脈を避けて進んでいた。
夕焼けが、追いつけずに沈んでいく。
夜が、後ろから覆いかぶさる。
深夜。
二人は立ち止まった。
遠くに、灯りが見える。
同時に、バナナの匂いが漂ってきた。
「つ、着いた…」
「そう…だな」
大陸を横断した二人は、息を切らしていた。
藤山は額と首筋の汗を拭い、手首を振って滴を払う。
呼吸を整えると、再び歩き出した。
バナナ王国。
出て行く前日、テンディーに立ち寄るよう言われた場所だ。
月は高く、二人の影を後ろへ長く伸ばしている。
並んだまま、ゆっくりと道を進んだ。
道の両脇には大きなバナナに多年草が立ち並び、人が一人入れそうなほどの大きな実がいくつも垂れ下がっている。
一人のバナナが、行く手に立っていた。
「こんばんは、フォース=バナー=プラントと申します」
少し青みがかっている。まだ熟しきっていない色合いから、生まれて間もないのだろう。身長は杉本と同じくらいだった。
ポーラーに似た、優しい目をしている。
「お話は聞いております、本日はお休みなさいませ」
「ありがとう、感謝するよ」
藤山は深く頭を下げた。
二人は案内され、少し坂を上った先にある大きな三角屋根の家へ入る。
机と椅子。
端には布団が二枚、丁寧に敷かれていた。
それ以外は広い空間で、床には拭いきれなかった血痕が薄く残っている。ここが訓練場でもあったことを物語っていた。
「ここはポーラー様とテンディー様のご自宅にございます。今晩はここでお眠りなさいませ」
フォースはそう言うと、深く一礼し、静かに戸を閉めた。
しばしの静寂が続く。
二人は顔を見合わした。
「もう寝るか」
藤山は靴を脱ぎ、そのまま布団へ横になる。
杉本ももう一枚の布団に腰を下ろした。
「いよいよだな」
「ああ」
仰向けになり、屋根を見上げる。
「海を渡るがそれも簡単じゃないだろうな」
そう。会場は海に囲まれた巨大な島で行われる。辿り着くこと自体が困難なのだ。
杉本も身体を布団へ預けた。
部屋はきちんと手入れされており、埃一つ舞わない。
「まあ、いちいち考えるのもめんどくせえ。今日は寝ようぜ」
「そうだな」
やがて、二人の呼吸は静かに重なり、深い眠りへと落ちていった。
翌朝、外からは緩やかな波の音が響いていた。
船場へ向かうと、バナナの茎で作られた小型の船が静かに揺れている。
その周りには、やはり青みがかったバナナが数人立っていた。
「おお、船を用意してくれたのか。ありがとよ」
杉本が目を丸くする。
「はい、二人ほどしか乗れない小舟ですが」
フォースが一歩前へ出た。
「向こうのバナナの実っていつ君たちみたいになるの?」
藤山が畑の方を指差す。
「あれは、いわば子供の状態です。そこから腕や足が生え、夏から秋にかけて自我が芽生えます。そして自ら頭の茎を斬り落とすのです。そこから一年かけて熟し、黄色へと変わっていきます」
「じゃあ成熟したバナナはどこに行ったんだい」
藤山は問いを重ねる。
「各々の秘所で力を磨いているはずです」
「そうか、ありがとう」
藤山は振り向き、船へと歩み寄る。
その時、背後から服の袖を掴まれた。
振り返ると、フォースが小さく息を整えている。
「どうしたんだい?」
「王は戦前より、杉本翔様が杉本剣真の息子様だと気付いておられました。王は昔、剣真様に助けられ、この地の領主権をいただいたのです。」
藤山の視線がわずかに鋭くなる。
「なるほど」
短く相槌を打つ。
「王は戦前、もう一人の七大技王と面会をしていました。」
藤山は一瞬、体を震わせた。
「名は架座根。七大技王の中でも最も情報が少ない者ですが、北西一帯を収めており、実力は確かです。」
フォースは深く頭を下げる。
「是非とも、架座根にお会いしてみて下さい。何かの助けになるやもしれません。」
「わかった」
藤山は小さく答え、杉本の後ろに座った。
「じゃあ行ってくるぜ」
杉本は人差し指と中指を右おでこに当て、軽く振る。
「ご武運を」
バナナたちは一斉に一礼した。
藤山は小舟と陸を結ぶロープを切り落とす。
船は波に身を任せ、ゆらりと揺れた。
杉本は両側にある櫂を握り、力強く漕ぎ出す。
どんどん陸から離れていく。遠くで、青いバナナたちが手を振っていた。
やがて姿は小さくなり、視界は一面の海へと変わる。
二人はまっすぐ東へと進んで行く。
櫂もまたバナナの茎で作られており、よくしなり、杉本の力にも耐えていた。
「飛ばすぞ!」
杉本は気を解放し、櫂へと流し込む。
「おりゃあー!」
たった一漕ぎすると、船は大きく跳ね、宙へと浮かび上がった。
「馬鹿!何してんだよ」
藤山の声を背に、杉本は楽しそうに笑う。
それを何度も繰り返しながら、二人は会場の島へと距離を縮めていった。
次回は海の上で早くも争いが巻き起こります。
二人は生きて渡ることができるのでしょうか。
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