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剣聖 ―神の理の中で、それでも剣を取り続ける二人の覇道戦記―  作者: きたスラ
第一章「世界の理と定められた勝敗」
18/33

第十六話-たった一人のバナナの覇道

遅くなりましたが、結構な長文です。

第一章最終話です。

ポーラーとトーマスの戦いが繰り広げられます。

お楽しみに。

 空は雲で覆われ、太陽は隠れてしまった。南東から黒い雲が見える。

 「おい、お前達。下がってくれ。巻き込まれるぞ。」

 ポーラーは、トーマスだけを直視する。


 「申し訳ございません。」

 そう言うと、テンディーは二人の元に近づいた。

 「どっちか、立てるか。」


 「俺は……立てるよ。」

 藤山は震えながらも、歯を食いしばって立ち上がった。


 「よし、杉本は俺が背負おう。」

 テンディーはそう言うと体を屈め、左脇の間に杉本を挟み込む。

 二人はそのまま走り、距離を取った。


 運ばれていた杉本は、ふとポーラーが手にする長い槍に目を留める。

 「なあ……あの槍、異様に長くないか。それに……周りに電気が走ってる。」


 「あれは、旋雷(せんらい)・村正だ。」

 二人はその名を聞いた瞬間、目を見開いた。


 この世には、純器と妖器が存在する。

 純器とは一般的な武器のことだが、妖器は、それを創った者の魂が宿っている――すなわち、生きている武器である。


 妖器は強力だが、その代償として使用者の天命を削り取る。

 長い年月を経るごとに、妖器は力を増し、その呪いもまた深くなっていく。


 そんな妖器の中でも、村正が創ったとされる村正三業(むらまささんごう)は、頭ひとつ抜けた存在だと言われている。


 その一本、旋雷・村正。

 その長さは使用者の意思で自在に変わり、一振りすれば、忽ち轟音と共に嵐を呼ぶ。


 「間近で見られるとはな……。」

 藤山が、かすれた声で呟いた。


 「王は、あれを振るい、どんな敵をも打ち倒してきました。あとは王に任せれば、大丈夫でしょう。」

 テンディーの言葉に、二人は視線を再び戦場へ戻した。


 「トマト共、奴をやれ。」

 トーマスの声が低く落ちた途端、周囲を取り囲むトマト達が一斉に地を蹴った。赤い群れが押し寄せる。足音と土煙が重なり、戦場の空気が濁る。


 「ふざけるなぁ!」

 ポーラーの気が爆ぜる。

 彼の周囲で風が渦を巻き上げた。圧縮された空気が壁となり、迫るトマト達を容赦なく弾き飛ばす。赤い身体が宙を舞い、地面へ叩きつけられ、転がった。

 「こんな奴らが私を倒せるわけがないだろう。命を無駄にさせるな!」

 怒声は戦場を震わせる。


 「それはどうかな。お前ら、早くしろ。」

 対するトーマスの声音は静かだった。焦りも揺らぎもない。


 吹き飛ばされたはずのトマト達が、歪んだ身体を軋ませながら立ち上がる。潰れ、裂け、それでも足を前へ出す。命令に縛られた兵の執念がそこにあった。

 その光景に、ポーラーの目がわずかに細まる。

 旋雷を横へ払う。

 鋭い閃光が走り、ヘタが一斉に宙を舞った。


 だが、胴体は崩れ落ちない。

 異様な膨張。内部から脈打つように膨れ上がる。

 直後、爆発が連鎖した。

 爆煙が立ち上り、視界を塗り潰す。


 「ふふふ、油断したな、ポーラー。」

 煙の向こうで、トーマスが嗤う。


 やがて煙が裂ける。

 そこに立つ影は、揺らがない。

 風が残滓を払い落とすと、無傷のポーラーが現れた。

 「何だと?」

 トーマスの瞳がわずかに見開かれる。


 「これがどうした。」

 静かな声音。

 だが、その眼光は鋭く、射抜くようにトーマスを捉えている。


 ポーラーが踏み込む。地面が抉れ、空気が裂けた。

 槍を後方へ大きく引き絞り、その勢いを乗せて一直線に駆ける。


 トーマスは両手を地面へ叩きつけた。

 赤い壁がせり上がる。厚く、脈打つような障壁。


 旋雷が振るわれた。

 雷鳴が轟き、赤壁は中央から断ち割られる。破片が四散し、視界が開ける。

 ポーラーは槍を右脇へ引き戻し、間合いを詰めたまま突き出す。


 トーマスは高く跳躍し、その穂先を躱す。布が風に揺れた。

 「かかったな。」

 わずかに顎が上がる。

 視線は逃げる軌道を正確に追っていた。

 計算通り――そう確信した冷えた光が瞳に宿る。

 旋雷が軋む。

 使用者の意思に呼応し、槍身が前方へ滑るように伸長した。

 離れたはずの距離が、無意味になる。


 「ぐはっ!」

 穂先が腹を貫く。


 血ではなく、橙色の液体が飛散した。


 ポーラーは槍を大きく振り抜き、そのままトーマスの身体を前方へ投げ飛ばす。

 地面へ叩きつけられる衝撃。土が跳ね上がる。

 それでもトーマスは、即座に上体を起こした。


 両手を掲げる。

 掌から、タネのような物体が高速で射出された。空気を裂きながら連射される無数の弾丸。

 「一発でも当たればタネが侵食して貴様は…」


 ポーラーは槍を短く変化させ、前方で円を描くように振るう。

 金属音が連続する。

 飛来する全てのタネが弾かれ、地へ散った。


 「遠隔の衣。」

 淡々と告げる。

 気を解放し、左手へ集中させる。空気が震え、光が集束する。

 左手を天へ突き上げると、幾条もの光線が放たれた。

 それらは直線ではない。

 意思を持つかのように軌道を変え、曲線を描きながらトーマスへ収束する。

 

 光が直撃し、衝撃が地面を震わせた。

 やがて収束した光の中で、トーマスは膝をついていた。

 白の死装束は黒く焦げ、赤い肌は裂け、橙色の液体が滲み出して地を濡らしている。


 「気を遠くから操作する衣だと。」

 低く、押し殺した声が零れ落ちた。


 トーマスは、よろりと立ち上がった。

 刻まれた傷は未だ再生していない。裂けた肉から滲む橙色の液体が、乾いた地面に落ちる。


 ポーラーは、ゆっくりと歩み寄る。その足取りに迷いはない。

 「終わりだ。トーマス。」


 およそ八メートルの距離で静止する。

 旋雷を伸ばし、穂先を真っ直ぐ向ける。わずかに腕を沈め、いつでも貫けるよう構えた。

 「もう、これ以上、お前の悪事を見たくない。あの世で反省しろ。」

 怒りではない。

 その眼差しにあるのは、深い悲しみだった。


 「何を言っている。私は悪事など犯した覚えはない。全て、人間がやっていたことだ。」


 「…そうだな。」

 ポーラーは視線を落とす。

 「お前にその価値観を植え付けたのも…全て人間だ。」


 「そうやって言いつつも、その場で私に何も言わなかったではないか。貴様は弱虫だ。」

 その言葉は静かに、しかし鋭く刺さる。


 「そうだ、俺は弱虫だった。でも、今は違う。俺は問いただせるほど強くなった。お前も、今ならまだ変われる。」


 「…わからんな。」


 「…そうか。」

 ポーラーは槍を左肩に乗せ、足を半身に開く。腰を落とし、大きく構えた。

 「いつか、分かってくれよ。」


 その言葉が落ちた直後だった。

 大粒の雨が、ポーラーの頬を打つ。


 視線を上げると、頭上には黒く塗り潰されたような雲が広がっていた。

 刹那、空が裂けたかのように豪雨が降り注ぐ。


 「台風…? ここは台風が来ない地域だと計算していたが…」

 雨脚は瞬く間に強まり、視界を白く霞ませる。

 「そんなことはどうでも良い。」


 違和感を胸の奥に押し込め、槍を振るう。

 しかし、トーマスはその一撃をひらりと躱す。

 さらに二度、鮮やかなバク転を決め、後方へ距離を取った。


 その間に、裂けていた肉が、焼け焦げていた衣が、みるみるうちに修復していく。

 傷は、一瞬で消えた。

 ポーラーは目を見開く。


 「ふふははははああ、最高に、最高に面白い!」

 トーマスは腹の底から笑い声を荒げた。雨に濡れた顔を天へ向け、狂喜を隠そうともしない。


 「何が起きた。」

 ポーラーは落ち着いた声で問いただす。視線は鋭いまま、わずかも揺らがない。


 「トマト人間はな、水に濡れると、桁違いに再生能力が増す。」


 「だからなんだ。一気に殺せばいいだろう。」


 「そうだなあ。だがいいのか? お前が吹き飛ばした私の破片は、みるみるうちに大きくなっている。」

 ポーラーが背後を振り返る。


 そこには、異様な光景が広がっていた。

 地面一帯が、巨大化したトマト畑に侵食されている。常識外れの大きさの葉と花が、雨を受けてぬらりと光っていた。


 「お前の大事な仲間達が一斉に死ぬぞ?」

 その言葉が落ちた瞬間、ポーラーの身体が電流に打たれたかのように震えた。


 次の刹那、全力で走り出す。

 以心伝心と、自らの声を重ねて叫ぶ。

 「総員、撤退!」


 トマト畑の奥から、どすどすと重たい音が響き始める。

 地面を踏み鳴らすその振動に比例するように、次々とトマト人間が姿を現した。


 ポーラーは即座に、トマト軍とバナナ軍の間へと躍り出る。

 バナナ軍は誰一人振り返らない。ただ草原を駆け抜ける。その背中には、王への絶対の信頼があった。


 「死ねぇぇぇ!」

 トーマスがポーラーを指差す。

 次の瞬間、周囲のトマト人間が一斉に潰れ、肉の塊へと変貌する。それらは圧縮されたまま、凄まじい勢いでポーラーへ直噴した。


 ポーラーは黄色の肌に汗を浮かべながらも、高く跳び上がる。踏気で空中に足場を作り、その場に立ち尽くした。


 「雷轟旋嵐(らいごうせんらん)流―万象雷渦(ばんしょうらいか)球殻陣(きゅうかくじん)!」


 自らを中心に、全身を使って旋雷を振り回す。

 槍は風と雷を纏い、暴風と雷鳴を伴って球殻のような防御圏を形成した。旋雷―村正によって極限まで強化された技。

 しかし、全方位からの直噴はあまりにも濃密だった。

 わずかな隙間から、肉片が侵入する。


 技が解けたとき。

 ポーラーの身体は、力を失い浮遊したまま落下する。

 そのまま下向きで地面へ叩きつけられた。

 身体の至る所を貫かれ、息は荒く、途切れ途切れだった。


 「ほう、今の技を喰らって原型が残っているとは。」

 雨を踏みしめながら、トーマスがゆっくりと近づいてくる。


 トーマスがポーラーの目前へ歩み寄った頃には、周囲一帯はすでにトマト人間で埋め尽くされていた。赤い群れが雨を受けてぬらりと光り、逃げ場はどこにもない。


 二体のトマト人間がポーラーの両脇を掴み、その身体を無理やり持ち上げる。

 「終わりだ、ポーラー。貴様は負けたのだ。ふふふふふ。」

 トーマスは大きく口を歪め、嘲笑を響かせた。

 ポーラーは血と雨に濡れた顔を上げ、鋭くトーマスを睨み据える。


 「安心しろ。お前の仲間たちも、すぐそちらへ送ってやる。」

 ポーラーは荒く、浅い呼吸を繰り返す。肺が焼けるように痛む。

 遠くで、低く唸るような雷鳴が転がった。


 「……せ、ないよ。」

 「ん?」

 「させねえよ!」

 声を振り絞り、吼える。


 次の瞬間、拘束していた腕を強引に振り払い、横にいたトマト人間を叩き飛ばす。地面に転がっていた旋雷を掴み取ると、躊躇なく二体のヘタを断ち切った。

 荒い呼吸を一瞬止め、内に残された気を解き放つ。

 裂かれた肉、穿たれた穴が、みるみるうちに塞がっていく。血は止まり、筋肉が再び繋がる。


 「ほう……まだ死ぬ気はないようだな。」

 トーマスは愉悦を滲ませた声で言う。


 

 ポーラーは震える体で槍を構え、真っ直ぐに見据えた。

 「おい、トーマス。真剣勝負だ。」


 その言葉に、トーマスは再び笑い声を漏らす。

 「無理だな。私に徳などない。一対一など、する価値もない。」


 「違う。」

 ポーラーの声は静かだった。

 「俺一人対、お前ら全員だ。」


 その宣言に、トーマスの目がわずかに見開かれる。

 「なるほど……仲間を守るためか。ふふふふ……どこまでもそれを貫くか、貴様は。それもまた面白い。良いだろう。」

 雨脚はさらに強まる。


 「勝利条件は一つだ。私とトーマス、どちらかが死んだ時点で終わり。」


 トーマスは憎たらしい笑みを浮かべた。

 「報酬など要らん。すぐ始めよう。」


  一方その頃


 逃走したバナナ軍は、豪雨の中をひたすら駆けていた。叩きつける雨に視界は滲み、草道は泥と化し、足を取られる。黄色の身体はすでに泥と水で濡れそぼっていた。


 「王よ……どうか、生きて帰ってきてください。」


 「今すぐにでも戻って、王に加勢したい……!」


 背後から、若い兵たちの震える声が上がる。しかし誰も振り返らない。王の命令は絶対だった。


 杉本軍は先頭を走る。テンディーは馬に跨り、泥濘を蹴り上げながら進んでいた。だが疲弊した馬は、吸いつくような地面に脚を取られ、いつもよりも遅い。


 そのとき。


 前方に、二つの黒い影が静かに現れた。

 テンディーは咄嗟に手綱を引き、馬を止める。

 「何者だ!」


 豪雨の中に立つその姿は、まさに忍びそのものだった。全身を黒で包み、右肩の後ろには刀の鞘が掛けられている。顔は覆われ、素性は知れない。片方は百五十ほど、もう片方は百七十ほどの背丈。


 小柄な方が低く告げた。

 「このままでは、いずれ捕まる。ついてこい。」

 言い終えると、二人は北の方角へと身を翻した。


 テンディーは歯を食いしばる。決断の一瞬が、生死を分ける。

 藤山がわずかに目を細め、口を開いた。

 「……ついて行ってみないか。俺の勘だが、大丈夫だと思う。」


 数秒の沈黙。

 「……分かった。」

 テンディーは手綱を操り、馬の向きを変える。軍勢は森の中へと進路を取った。豪雨に煙る森へ、黒い影を追う。


 ――視点は戦場へ戻る。


 トーマスが静かに手を叩く。

 瞬間、無数のトマト人間が溶け合い、融合し、圧縮されていく。肉と肉が軋み、骨が軋轢し、質量が一つへと統合された。

 現れたのは、千を超える巨躯のトマト人間。


 地を踏むだけで大地が震える。

 ポーラーは静かに息を整え、気を解放する。


 その場で深く構えた。

 「雷轟旋嵐流――八重垣雷閃(やえがきらいせん)。」


 全方位へと放たれた一点突きは、気の光線となって走る。幾条もの雷閃が巨大体の頭部を、ヘタごと正確に貫いた。


 だがトーマスは、やられた個体を即座に潰し、肉片へと変える。再び攻撃へ転じるための素材へと。


 ポーラーは踏気を用いて空へ駆け上がる。雨を裂き、雲を目指すように、高く。


 「絶好の的だな!」

 トーマスが指を突きつける。

 次の瞬間、無数の肉片が赤い奔流となり、ポーラーへ直噴した。


 ポーラーは浮遊落下しながら、それらを紙一重でかわしていく。赤い線が幾筋も宙を走る。

 「これが、俺の最後の技だ!」

 両手で槍を握り締める。

 「雷轟旋嵐流――奥義――栄光(えいこう)架橋(かけはし)!」


 浮遊落下の勢い、旋雷の風、凝縮された雷光。

 すべてを限界まで圧縮した瞬間、ポーラーの周囲は七色の虹に包まれた。圧倒的な圧力が空間を歪ませ、直噴する攻撃さえ近づくことを許さない。


 トーマスはわずかに身体を丸める。

 「そこだぁぁぁ!」


 虹の軌跡が地上へと落ちる。

 ポーラーは閃光となって突き抜け、トーマスの頭部を正面から貫いた。

 大地が凹み、衝撃波が豪雨を吹き飛ばす。


 槍は地面へ深々と突き刺さる。

 ポーラーはその柄に体重を預けるが、力はもはや残っていない。

 脚が震え、踏ん張れず。

 そのまま仰向けに倒れ込んだ。

 豪雨が、顔を打つ。

 ポーラーは、仰向けに倒れたまま、満足げに微笑んでいた。


 王として、最後まで戦い抜いた。その事実だけで、十分だった。誇りは失っていない。守るべきものも、託すべきものも、すべてやり切った。


 ――だが。


 ぬかるんだ地を踏みしめる、重い足音が響く。

 ゆっくりと、確かに近づいてくる。


 「残念だったな。」

 低く、湿った声。

 「お前は負けたのだよ。俺の本当の急所は――足裏だ。」


 豪雨の向こうから現れたのは、トーマスだった。

 貫かれたはずの頭部は、すでにほとんど再生している。裂けた肉は塞がり、潰れた骨は形を取り戻し、赤い皮膚がぬらりと光っていた。


 ポーラーは目を見開く。

 声は出ない。

 だが――次の瞬間、静かに微笑んだ。

 「残念なのは……トーマス、お前だよ。」


 トーマスの眉がわずかに動く。

 「何だと。」


 「俺たちは“念”という力で繋がっている。今の会話は、すべて……仲間に聞かれている訳さ。」


 トーマスの足が、止まった。

 「こ、この死に損ないめ……! 最後までこざかしい真似を……!」


 「お前が、調子に乗って話さなければよかっただけだ。」


 雨が強くなる。


 トーマスの瞳が細まり、怒気が滲む。

 「黙れ。貴様の仲間たちも、のこのこ逃げ去りおって……情けない。自分たちの王が、もう死のうとしているというのに。」


 ポーラーは静かに首をわずかに横へ向けた。

 「逃げることが、必ずしも敗北ではないんだよ。」

 雨粒が頬を流れ落ちる。

 「お前がいつかまた戦場に立つ時、この情報は……お前の大きな敗因につながるだろう。」


 呼吸は、もう浅い。

 それでも、声は揺らがない。

 「お前は、きっと……飢えすぎた。」


 トーマスの瞳が揺れる。

 「飢えている? 私が? 何にだ? この大軍を従わせ、この圧倒的な力を持つ、この私が?」


 雨音だけが、世界を満たす。


 ポーラーは、かすかに笑った。

 「それでもだ。お前は何かに飢えている。それによって、トマト達を縛り……また、自分自身をも縛っているんだ。」


 トーマスの拳がわずかに震える。


 「……いいや。私は飢えてなどいない。」

 否定の言葉は、どこか空虚に響いた。


 ポーラーの瞳は、もう半ば閉じている。

 「いつか……気づけることを、俺は願うよ。そうすれば、お前も……間違った道を歩まなくなる。」

 その言葉を最後に。

 ポーラーは、静かに目を閉じた。

 呼吸は、すでに止まっていた。


 豪雨が、変わらず降り注ぐ。

 トーマスは立ち尽くす。

 「……私は、飢えてなど……」

 言葉は、最後まで形にならなかった。

 雨だけが、戦場を打ち続ける。

 

 一方その頃


 忍者に先導され、バナナ軍は森の奥へと駆けていた。

 泥を跳ね上げ、枝を払い、ただ前へ。


 その瞬間。


 何の前触れもなく。

 老若問わず、すべてのバナナたちが、同時に涙を流した。

 誰かが叫んだわけでもない。

 知らせが届いたわけでもない。

 それでも分かった。

 テンディーの頬をも、熱い涙が伝う。


 杉山兵は、それを黙って見ていた。

 杉本もまた、理由は分からぬまま、胸の奥に重いものを感じていた。だが――今は、聞いてはならないと悟る。


 藤山だけは、わずかに目を伏せた。

 ポーラーが死んだのだろう。

 そして、何かを託されたのだろうと。


 涙を流しながらも、バナナたちの眉は鋭く立っていた。

 視線は、前だけを見ている。

 いつか来る、その日のために。


 悲しみを破るように、背の高い忍者が振り返る。

 「もうすぐ着く。」

 誰も立ち止まらない。


 これは、敗北ではない。

 逃げることは、恥ではない。

 今はただ、未来を見続けるだけだ。

第一章無事完結しました。

お読みいただきありがとうございます。

第二章はまた先になりますが、お楽しみに。

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