第十六話-たった一人のバナナの覇道
遅くなりましたが、結構な長文です。
第一章最終話です。
ポーラーとトーマスの戦いが繰り広げられます。
お楽しみに。
空は雲で覆われ、太陽は隠れてしまった。南東から黒い雲が見える。
「おい、お前達。下がってくれ。巻き込まれるぞ。」
ポーラーは、トーマスだけを直視する。
「申し訳ございません。」
そう言うと、テンディーは二人の元に近づいた。
「どっちか、立てるか。」
「俺は……立てるよ。」
藤山は震えながらも、歯を食いしばって立ち上がった。
「よし、杉本は俺が背負おう。」
テンディーはそう言うと体を屈め、左脇の間に杉本を挟み込む。
二人はそのまま走り、距離を取った。
運ばれていた杉本は、ふとポーラーが手にする長い槍に目を留める。
「なあ……あの槍、異様に長くないか。それに……周りに電気が走ってる。」
「あれは、旋雷・村正だ。」
二人はその名を聞いた瞬間、目を見開いた。
この世には、純器と妖器が存在する。
純器とは一般的な武器のことだが、妖器は、それを創った者の魂が宿っている――すなわち、生きている武器である。
妖器は強力だが、その代償として使用者の天命を削り取る。
長い年月を経るごとに、妖器は力を増し、その呪いもまた深くなっていく。
そんな妖器の中でも、村正が創ったとされる村正三業は、頭ひとつ抜けた存在だと言われている。
その一本、旋雷・村正。
その長さは使用者の意思で自在に変わり、一振りすれば、忽ち轟音と共に嵐を呼ぶ。
「間近で見られるとはな……。」
藤山が、かすれた声で呟いた。
「王は、あれを振るい、どんな敵をも打ち倒してきました。あとは王に任せれば、大丈夫でしょう。」
テンディーの言葉に、二人は視線を再び戦場へ戻した。
「トマト共、奴をやれ。」
トーマスの声が低く落ちた途端、周囲を取り囲むトマト達が一斉に地を蹴った。赤い群れが押し寄せる。足音と土煙が重なり、戦場の空気が濁る。
「ふざけるなぁ!」
ポーラーの気が爆ぜる。
彼の周囲で風が渦を巻き上げた。圧縮された空気が壁となり、迫るトマト達を容赦なく弾き飛ばす。赤い身体が宙を舞い、地面へ叩きつけられ、転がった。
「こんな奴らが私を倒せるわけがないだろう。命を無駄にさせるな!」
怒声は戦場を震わせる。
「それはどうかな。お前ら、早くしろ。」
対するトーマスの声音は静かだった。焦りも揺らぎもない。
吹き飛ばされたはずのトマト達が、歪んだ身体を軋ませながら立ち上がる。潰れ、裂け、それでも足を前へ出す。命令に縛られた兵の執念がそこにあった。
その光景に、ポーラーの目がわずかに細まる。
旋雷を横へ払う。
鋭い閃光が走り、ヘタが一斉に宙を舞った。
だが、胴体は崩れ落ちない。
異様な膨張。内部から脈打つように膨れ上がる。
直後、爆発が連鎖した。
爆煙が立ち上り、視界を塗り潰す。
「ふふふ、油断したな、ポーラー。」
煙の向こうで、トーマスが嗤う。
やがて煙が裂ける。
そこに立つ影は、揺らがない。
風が残滓を払い落とすと、無傷のポーラーが現れた。
「何だと?」
トーマスの瞳がわずかに見開かれる。
「これがどうした。」
静かな声音。
だが、その眼光は鋭く、射抜くようにトーマスを捉えている。
ポーラーが踏み込む。地面が抉れ、空気が裂けた。
槍を後方へ大きく引き絞り、その勢いを乗せて一直線に駆ける。
トーマスは両手を地面へ叩きつけた。
赤い壁がせり上がる。厚く、脈打つような障壁。
旋雷が振るわれた。
雷鳴が轟き、赤壁は中央から断ち割られる。破片が四散し、視界が開ける。
ポーラーは槍を右脇へ引き戻し、間合いを詰めたまま突き出す。
トーマスは高く跳躍し、その穂先を躱す。布が風に揺れた。
「かかったな。」
わずかに顎が上がる。
視線は逃げる軌道を正確に追っていた。
計算通り――そう確信した冷えた光が瞳に宿る。
旋雷が軋む。
使用者の意思に呼応し、槍身が前方へ滑るように伸長した。
離れたはずの距離が、無意味になる。
「ぐはっ!」
穂先が腹を貫く。
血ではなく、橙色の液体が飛散した。
ポーラーは槍を大きく振り抜き、そのままトーマスの身体を前方へ投げ飛ばす。
地面へ叩きつけられる衝撃。土が跳ね上がる。
それでもトーマスは、即座に上体を起こした。
両手を掲げる。
掌から、タネのような物体が高速で射出された。空気を裂きながら連射される無数の弾丸。
「一発でも当たればタネが侵食して貴様は…」
ポーラーは槍を短く変化させ、前方で円を描くように振るう。
金属音が連続する。
飛来する全てのタネが弾かれ、地へ散った。
「遠隔の衣。」
淡々と告げる。
気を解放し、左手へ集中させる。空気が震え、光が集束する。
左手を天へ突き上げると、幾条もの光線が放たれた。
それらは直線ではない。
意思を持つかのように軌道を変え、曲線を描きながらトーマスへ収束する。
光が直撃し、衝撃が地面を震わせた。
やがて収束した光の中で、トーマスは膝をついていた。
白の死装束は黒く焦げ、赤い肌は裂け、橙色の液体が滲み出して地を濡らしている。
「気を遠くから操作する衣だと。」
低く、押し殺した声が零れ落ちた。
トーマスは、よろりと立ち上がった。
刻まれた傷は未だ再生していない。裂けた肉から滲む橙色の液体が、乾いた地面に落ちる。
ポーラーは、ゆっくりと歩み寄る。その足取りに迷いはない。
「終わりだ。トーマス。」
およそ八メートルの距離で静止する。
旋雷を伸ばし、穂先を真っ直ぐ向ける。わずかに腕を沈め、いつでも貫けるよう構えた。
「もう、これ以上、お前の悪事を見たくない。あの世で反省しろ。」
怒りではない。
その眼差しにあるのは、深い悲しみだった。
「何を言っている。私は悪事など犯した覚えはない。全て、人間がやっていたことだ。」
「…そうだな。」
ポーラーは視線を落とす。
「お前にその価値観を植え付けたのも…全て人間だ。」
「そうやって言いつつも、その場で私に何も言わなかったではないか。貴様は弱虫だ。」
その言葉は静かに、しかし鋭く刺さる。
「そうだ、俺は弱虫だった。でも、今は違う。俺は問いただせるほど強くなった。お前も、今ならまだ変われる。」
「…わからんな。」
「…そうか。」
ポーラーは槍を左肩に乗せ、足を半身に開く。腰を落とし、大きく構えた。
「いつか、分かってくれよ。」
その言葉が落ちた直後だった。
大粒の雨が、ポーラーの頬を打つ。
視線を上げると、頭上には黒く塗り潰されたような雲が広がっていた。
刹那、空が裂けたかのように豪雨が降り注ぐ。
「台風…? ここは台風が来ない地域だと計算していたが…」
雨脚は瞬く間に強まり、視界を白く霞ませる。
「そんなことはどうでも良い。」
違和感を胸の奥に押し込め、槍を振るう。
しかし、トーマスはその一撃をひらりと躱す。
さらに二度、鮮やかなバク転を決め、後方へ距離を取った。
その間に、裂けていた肉が、焼け焦げていた衣が、みるみるうちに修復していく。
傷は、一瞬で消えた。
ポーラーは目を見開く。
「ふふははははああ、最高に、最高に面白い!」
トーマスは腹の底から笑い声を荒げた。雨に濡れた顔を天へ向け、狂喜を隠そうともしない。
「何が起きた。」
ポーラーは落ち着いた声で問いただす。視線は鋭いまま、わずかも揺らがない。
「トマト人間はな、水に濡れると、桁違いに再生能力が増す。」
「だからなんだ。一気に殺せばいいだろう。」
「そうだなあ。だがいいのか? お前が吹き飛ばした私の破片は、みるみるうちに大きくなっている。」
ポーラーが背後を振り返る。
そこには、異様な光景が広がっていた。
地面一帯が、巨大化したトマト畑に侵食されている。常識外れの大きさの葉と花が、雨を受けてぬらりと光っていた。
「お前の大事な仲間達が一斉に死ぬぞ?」
その言葉が落ちた瞬間、ポーラーの身体が電流に打たれたかのように震えた。
次の刹那、全力で走り出す。
以心伝心と、自らの声を重ねて叫ぶ。
「総員、撤退!」
トマト畑の奥から、どすどすと重たい音が響き始める。
地面を踏み鳴らすその振動に比例するように、次々とトマト人間が姿を現した。
ポーラーは即座に、トマト軍とバナナ軍の間へと躍り出る。
バナナ軍は誰一人振り返らない。ただ草原を駆け抜ける。その背中には、王への絶対の信頼があった。
「死ねぇぇぇ!」
トーマスがポーラーを指差す。
次の瞬間、周囲のトマト人間が一斉に潰れ、肉の塊へと変貌する。それらは圧縮されたまま、凄まじい勢いでポーラーへ直噴した。
ポーラーは黄色の肌に汗を浮かべながらも、高く跳び上がる。踏気で空中に足場を作り、その場に立ち尽くした。
「雷轟旋嵐流―万象雷渦・球殻陣!」
自らを中心に、全身を使って旋雷を振り回す。
槍は風と雷を纏い、暴風と雷鳴を伴って球殻のような防御圏を形成した。旋雷―村正によって極限まで強化された技。
しかし、全方位からの直噴はあまりにも濃密だった。
わずかな隙間から、肉片が侵入する。
技が解けたとき。
ポーラーの身体は、力を失い浮遊したまま落下する。
そのまま下向きで地面へ叩きつけられた。
身体の至る所を貫かれ、息は荒く、途切れ途切れだった。
「ほう、今の技を喰らって原型が残っているとは。」
雨を踏みしめながら、トーマスがゆっくりと近づいてくる。
トーマスがポーラーの目前へ歩み寄った頃には、周囲一帯はすでにトマト人間で埋め尽くされていた。赤い群れが雨を受けてぬらりと光り、逃げ場はどこにもない。
二体のトマト人間がポーラーの両脇を掴み、その身体を無理やり持ち上げる。
「終わりだ、ポーラー。貴様は負けたのだ。ふふふふふ。」
トーマスは大きく口を歪め、嘲笑を響かせた。
ポーラーは血と雨に濡れた顔を上げ、鋭くトーマスを睨み据える。
「安心しろ。お前の仲間たちも、すぐそちらへ送ってやる。」
ポーラーは荒く、浅い呼吸を繰り返す。肺が焼けるように痛む。
遠くで、低く唸るような雷鳴が転がった。
「……せ、ないよ。」
「ん?」
「させねえよ!」
声を振り絞り、吼える。
次の瞬間、拘束していた腕を強引に振り払い、横にいたトマト人間を叩き飛ばす。地面に転がっていた旋雷を掴み取ると、躊躇なく二体のヘタを断ち切った。
荒い呼吸を一瞬止め、内に残された気を解き放つ。
裂かれた肉、穿たれた穴が、みるみるうちに塞がっていく。血は止まり、筋肉が再び繋がる。
「ほう……まだ死ぬ気はないようだな。」
トーマスは愉悦を滲ませた声で言う。
ポーラーは震える体で槍を構え、真っ直ぐに見据えた。
「おい、トーマス。真剣勝負だ。」
その言葉に、トーマスは再び笑い声を漏らす。
「無理だな。私に徳などない。一対一など、する価値もない。」
「違う。」
ポーラーの声は静かだった。
「俺一人対、お前ら全員だ。」
その宣言に、トーマスの目がわずかに見開かれる。
「なるほど……仲間を守るためか。ふふふふ……どこまでもそれを貫くか、貴様は。それもまた面白い。良いだろう。」
雨脚はさらに強まる。
「勝利条件は一つだ。私とトーマス、どちらかが死んだ時点で終わり。」
トーマスは憎たらしい笑みを浮かべた。
「報酬など要らん。すぐ始めよう。」
一方その頃
逃走したバナナ軍は、豪雨の中をひたすら駆けていた。叩きつける雨に視界は滲み、草道は泥と化し、足を取られる。黄色の身体はすでに泥と水で濡れそぼっていた。
「王よ……どうか、生きて帰ってきてください。」
「今すぐにでも戻って、王に加勢したい……!」
背後から、若い兵たちの震える声が上がる。しかし誰も振り返らない。王の命令は絶対だった。
杉本軍は先頭を走る。テンディーは馬に跨り、泥濘を蹴り上げながら進んでいた。だが疲弊した馬は、吸いつくような地面に脚を取られ、いつもよりも遅い。
そのとき。
前方に、二つの黒い影が静かに現れた。
テンディーは咄嗟に手綱を引き、馬を止める。
「何者だ!」
豪雨の中に立つその姿は、まさに忍びそのものだった。全身を黒で包み、右肩の後ろには刀の鞘が掛けられている。顔は覆われ、素性は知れない。片方は百五十ほど、もう片方は百七十ほどの背丈。
小柄な方が低く告げた。
「このままでは、いずれ捕まる。ついてこい。」
言い終えると、二人は北の方角へと身を翻した。
テンディーは歯を食いしばる。決断の一瞬が、生死を分ける。
藤山がわずかに目を細め、口を開いた。
「……ついて行ってみないか。俺の勘だが、大丈夫だと思う。」
数秒の沈黙。
「……分かった。」
テンディーは手綱を操り、馬の向きを変える。軍勢は森の中へと進路を取った。豪雨に煙る森へ、黒い影を追う。
――視点は戦場へ戻る。
トーマスが静かに手を叩く。
瞬間、無数のトマト人間が溶け合い、融合し、圧縮されていく。肉と肉が軋み、骨が軋轢し、質量が一つへと統合された。
現れたのは、千を超える巨躯のトマト人間。
地を踏むだけで大地が震える。
ポーラーは静かに息を整え、気を解放する。
その場で深く構えた。
「雷轟旋嵐流――八重垣雷閃。」
全方位へと放たれた一点突きは、気の光線となって走る。幾条もの雷閃が巨大体の頭部を、ヘタごと正確に貫いた。
だがトーマスは、やられた個体を即座に潰し、肉片へと変える。再び攻撃へ転じるための素材へと。
ポーラーは踏気を用いて空へ駆け上がる。雨を裂き、雲を目指すように、高く。
「絶好の的だな!」
トーマスが指を突きつける。
次の瞬間、無数の肉片が赤い奔流となり、ポーラーへ直噴した。
ポーラーは浮遊落下しながら、それらを紙一重でかわしていく。赤い線が幾筋も宙を走る。
「これが、俺の最後の技だ!」
両手で槍を握り締める。
「雷轟旋嵐流――奥義――栄光の架橋!」
浮遊落下の勢い、旋雷の風、凝縮された雷光。
すべてを限界まで圧縮した瞬間、ポーラーの周囲は七色の虹に包まれた。圧倒的な圧力が空間を歪ませ、直噴する攻撃さえ近づくことを許さない。
トーマスはわずかに身体を丸める。
「そこだぁぁぁ!」
虹の軌跡が地上へと落ちる。
ポーラーは閃光となって突き抜け、トーマスの頭部を正面から貫いた。
大地が凹み、衝撃波が豪雨を吹き飛ばす。
槍は地面へ深々と突き刺さる。
ポーラーはその柄に体重を預けるが、力はもはや残っていない。
脚が震え、踏ん張れず。
そのまま仰向けに倒れ込んだ。
豪雨が、顔を打つ。
ポーラーは、仰向けに倒れたまま、満足げに微笑んでいた。
王として、最後まで戦い抜いた。その事実だけで、十分だった。誇りは失っていない。守るべきものも、託すべきものも、すべてやり切った。
――だが。
ぬかるんだ地を踏みしめる、重い足音が響く。
ゆっくりと、確かに近づいてくる。
「残念だったな。」
低く、湿った声。
「お前は負けたのだよ。俺の本当の急所は――足裏だ。」
豪雨の向こうから現れたのは、トーマスだった。
貫かれたはずの頭部は、すでにほとんど再生している。裂けた肉は塞がり、潰れた骨は形を取り戻し、赤い皮膚がぬらりと光っていた。
ポーラーは目を見開く。
声は出ない。
だが――次の瞬間、静かに微笑んだ。
「残念なのは……トーマス、お前だよ。」
トーマスの眉がわずかに動く。
「何だと。」
「俺たちは“念”という力で繋がっている。今の会話は、すべて……仲間に聞かれている訳さ。」
トーマスの足が、止まった。
「こ、この死に損ないめ……! 最後までこざかしい真似を……!」
「お前が、調子に乗って話さなければよかっただけだ。」
雨が強くなる。
トーマスの瞳が細まり、怒気が滲む。
「黙れ。貴様の仲間たちも、のこのこ逃げ去りおって……情けない。自分たちの王が、もう死のうとしているというのに。」
ポーラーは静かに首をわずかに横へ向けた。
「逃げることが、必ずしも敗北ではないんだよ。」
雨粒が頬を流れ落ちる。
「お前がいつかまた戦場に立つ時、この情報は……お前の大きな敗因につながるだろう。」
呼吸は、もう浅い。
それでも、声は揺らがない。
「お前は、きっと……飢えすぎた。」
トーマスの瞳が揺れる。
「飢えている? 私が? 何にだ? この大軍を従わせ、この圧倒的な力を持つ、この私が?」
雨音だけが、世界を満たす。
ポーラーは、かすかに笑った。
「それでもだ。お前は何かに飢えている。それによって、トマト達を縛り……また、自分自身をも縛っているんだ。」
トーマスの拳がわずかに震える。
「……いいや。私は飢えてなどいない。」
否定の言葉は、どこか空虚に響いた。
ポーラーの瞳は、もう半ば閉じている。
「いつか……気づけることを、俺は願うよ。そうすれば、お前も……間違った道を歩まなくなる。」
その言葉を最後に。
ポーラーは、静かに目を閉じた。
呼吸は、すでに止まっていた。
豪雨が、変わらず降り注ぐ。
トーマスは立ち尽くす。
「……私は、飢えてなど……」
言葉は、最後まで形にならなかった。
雨だけが、戦場を打ち続ける。
一方その頃
忍者に先導され、バナナ軍は森の奥へと駆けていた。
泥を跳ね上げ、枝を払い、ただ前へ。
その瞬間。
何の前触れもなく。
老若問わず、すべてのバナナたちが、同時に涙を流した。
誰かが叫んだわけでもない。
知らせが届いたわけでもない。
それでも分かった。
テンディーの頬をも、熱い涙が伝う。
杉山兵は、それを黙って見ていた。
杉本もまた、理由は分からぬまま、胸の奥に重いものを感じていた。だが――今は、聞いてはならないと悟る。
藤山だけは、わずかに目を伏せた。
ポーラーが死んだのだろう。
そして、何かを託されたのだろうと。
涙を流しながらも、バナナたちの眉は鋭く立っていた。
視線は、前だけを見ている。
いつか来る、その日のために。
悲しみを破るように、背の高い忍者が振り返る。
「もうすぐ着く。」
誰も立ち止まらない。
これは、敗北ではない。
逃げることは、恥ではない。
今はただ、未来を見続けるだけだ。
第一章無事完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
第二章はまた先になりますが、お楽しみに。




