第十五話-過去
トーマス戦続きです。
ポーラーとトーマスにどう言った関係があるのか。
お楽しみください。
朝日が、ゆっくりと地平線から顔を出し始める。
その淡い光の下、三人は地面に転がるようにして寝そべっていた。
服は裂け、全身に無数の浅い傷が走り、残った服には血が染み付いている。血はすでに乾き、体に風があたるごとにヒリヒリとした痛みが感じた。
荒い息だけが、静まり返った戦場に残る。
対して、トーマスは一歩離れた場所に立っていた。
傷は一つもない。
白い死装束も、以前と変わらず、汚れ一つ見当たらなかった。
まるで、別の世界にいるかのようだった。
「おい、さっきの威勢はどうした」
お得意の太い声が、朝の空気を割る。
杉本は歯を食いしばり、頭だけをわずかに持ち上げた。
「こ、これが……七大……技……王……」
言葉は途中で途切れ、喉の奥に沈む。
「こ、衣も使わないで……三人相手に……余裕なんてな……」
藤山も、仰向けのまま空を見上げ、呆れたように笑った。
トーマスは肩を窄める。
「そろそろ時間だ。貴様らの負けだよ」
「……何だと」
杉本が、かすれた声で返す。
「時期にトマト達の死体の芽が、太陽の光でどんどんと新しいトマト達を産む。まさに戦場という名のトマト畑さ。そうすればもう、お前達の敗北は確定する」
楽しげに、誇るように言い放つ。
「それを聞いて、安心した」
不意に、別の声が割り込んだ。
テンディーだった。
左腕で地面を押し、四つん這いになり、体を震わせながら立ち上がる。足元はふらつき、今にも倒れそうだったが、それでも視線はトーマスから外さない。
「お前が俺たちと遊んでいた間……お前のトマト達は……一気に数が減って……今は……一万程度しか……残っていない」
「だからなんだ」
トーマスは即座に返す。
「時期に増えると言っているだろう」
テンディーは一度、大きく息を吐いた。
胸の奥に溜まった痛みごと、吐き出すように。
「それが……来ないんだよ」
その言葉と同時に、朝日が完全に姿を現す。
戦場に転がる無数の死体から、芽が伸び始めた。
目に見えてわかるほどの速度で、赤い芽は成長していく。
テンディーはその光景を背にしたまま、静かに言い放つ。
「ポーラー王が……動き出す」
トーマスの表情がわずかに変わった。
茎はすでに一メートルぐらいまで伸びていた。
ポーラーはそれを見ると馬から降りて、バナナの旗にもたれかかるように置かれていた、茶色の布で覆われるポーラーと同じぐらいの長さの槍を手に取る。
その槍から布を払い、その槍を首に乗せてゆっくりと戦場へ近づいていく。
その歩行は不自然なほどに滑らかで、体は一切揺れなかった。
槍は歩きながら段々と伸びていき、バナナ人間四人分ぐらいの長さへと変化した。
戦場に足を踏み入れた瞬間、トマト達は一斉にポーラーへ向かって走り出した。
ポーラーは腰を深く落とす。
長槍を右肩に乗せ、矛先を後方へ向けたまま、静かに息を整えた。
次の瞬間、気が解放される。
空気が一気に震え、地面が小さく跳ねる。
舞い上がった砂と草の切れ端が、円を描くようにポーラーの周囲を回り始めた。
槍身には、青白い光が走る。細く、しかし確かな稲妻が、旋回する風の中で踊っている。
ポーラーは、腰を回しながら振り払った。
轟音。
それは音というより、衝撃に近かった。
槍から放たれた斬撃は、渦を巻き、竜巻となって戦場を薙ぎ払う。
迫っていたトマト達も、その奥に広がっていたトマト畑も、区別なく飲み込まれ、砕かれ、消えた。
わずか数秒の出来事だった。
遅れて、空から赤い雨が降り注ぐ。
細かな破片と液体が混じり、地面を叩く音だけが、やけに静かに響いた。
その攻撃から逃れていた杉本達の近くにいたトマト人間は、動かなかった。
命令は、確かに刻まれているはずだった。
それでも、足が前に出ない。
ただ、立ち尽くしている。
バナナ達の陣から、歓声が上がった。
抑えきれない声だった。
勝利を確信したかのように騒ぎたてる。
「な、何の音だ……!」
杉本は地面に伏したまま、頭だけを無理やり後ろへ向けた。
耳鳴りが消えない。
藤山も上半身を起こし、目を見開く。
「あれは……」
削り取られた地面の上。
舞い上がる砂埃の中から、一人のバナナが、ゆっくりと歩いてくる。
その歩みは、不自然なほど揺れがなかった。
長い槍を右肩に乗せ、堂々とした姿で前へ進む。
「おお、今の騒音は、貴様の仕業か」
トーマスが、砂埃の向こうから声を投げる。
その視線は、確実に一人へと向いていた。
ポーラーは足を止める。
優しかったはずの目は、今は鋭く、反り立つ刃のようだった。
「久しいな。トーマス=トマー=チェーン」
「王よ!」
テンディーが、思わず声を上げる。
トーマスは、口元を歪めた。
「あの弱虫が……」
「あの時も、こうやって……二人、向かい合って言い争ったものだ」
ポーラーがそう呟いた瞬間、視界が白く弾けた。
――熱と、煙と、血の匂い。
時はずっと昔。
瀬美来が、まだこの大陸で最も勢力を誇っていた頃。
夜の街は燃えていた。
家屋は音を立てて崩れ、炎が道を舐めるように走り、人の悲鳴が途切れることなく重なっていた。
逃げ惑う足音。
泣き叫ぶ声。
助けを求める声が、次々と火に呑まれて消えていく。
その街から少し離れた森の中で、二つの影が向かい合っていた。
一本は、バナナ。
もう一本は、トマト。
「……どうして、こんなことをしたんだい」
震える声で問いかけたのは、バナナだった。
「トーマス」
呼ばれたトマトは、火の赤をその身にまとったまま、静かに口を開く。
「ポーラー。お前は、本気で俺が悪いことをしたと思っているのか」
その体は今よりも小さく、背も低い。
腰には布切れが一枚巻かれているだけで、声もまだ細かった。
顔には、後に見る憎悪も歪みもない。
ただ、強い意思だけが宿っていた。
「……え……」
ポーラーは言葉に詰まる。
その体はまだ緑がかっていて、背丈も一メートルほど。
幼い体で、炎に照らされたトーマスを見上げていた。
「俺は、あんな奴らの言いなりにはならない」
トーマスは一歩、踏み出す。
「俺が従うくらいなら……俺が、全部を支配してやる」
炎の揺らめきが、その瞳に映っていた。
一年前。
ある街で、ひそかに行われていた実験があった。
不可能だと言われ続けた、人ではない新たな存在を生み出す試み。
二十年もの年月を費やし、ようやく“成功”したそれ。
場所は、街外れの寺。
古びた堂内で、二つの小さな影が並んで座っていた。
「甘蕉に、蕃茄。今日も元気そうだな」
声をかけたのは、五十代半ばの男だった。
緑色の袍に紫の帯。高貴な装いとは裏腹に、目つきは鋭く、顎まで伸びた髭が不気味に揺れている。
「こんにちは」
「こんにちは」
二人は揃って頭を下げた。
その男は、毎日ここに来ていた。
彼らが“元気かどうか”を確かめるために。
確かめた後はすぐに部屋から出ていく。
ポーラーは、いつも一巻の巻物を読んでいた。
『絶対神本紀』と記されたそれを、何度も、何度も。
トーマスは、その隣で黙っていた。
ある日のことだった。
「なあ、どう思う?」
唐突に、トーマスが口を開いた。
「どう思うって……何が?」
「だからさ」
トーマスは声を落とす。
「あいつらが、俺たちを兵器として使おうとしてるって話だよ」
ポーラーは巻物から目を離し、少し考えてから首を振った。
「……わからない」
「は?」
「だって、本当なの? それ」
ポーラーは困ったように眉を下げる。
「僕、喧嘩とか……嫌いだし。嘘じゃないの?」
トーマスの表情が、一瞬だけ歪んだ。
「嘘じゃない」
「本当だ。変な実験で俺たちを生み出して、そのまま戦わせる。そんなの……自分勝手にも程があるだろ」
ポーラーは何も言えなかった。
ただ、巻物を抱きしめる。
「……うん」
短く、そう返すのが精一杯だった。
その次の日から、兵としての訓練が始まった。
毎日、外での厳しい鍛錬と、軍事についての勉強が続いた。
トーマスは、人間の目が届かないところでは平然と訓練を抜いていた。
けれど、僕は違った。
できるようにならなければならない。
そう思って、毎日の訓練に真剣に取り組んだ。
それともう一つ、肉体改造も行われるようになった。
僕は、まだ熟していないという理由で実施されなかったが、
トーマスは違った。
ある日を境に、彼の姿が頻繁に見えなくなった。
そして戻ってくるたびに、
その目つきは少しずつ、確実に悪くなっていった。
声をかけることは、できなかった。
何を言えばいいのか、分からなかった。
――あの頃からだろう。
自分とトーマスが、
もう同じ道を歩けなくなっていたのは。
場面は、現代へと戻る。
「お前が最後、俺に逃げろと言ったあの日から、一度も会わなかったが」
ポーラーは、静かに言った。
「……変わったな」
「貴様もな。あの弱虫が、ここまで威勢のいい奴になるとは」
トーマスがそう返す。
二人の間に、張り詰めた緊張が走った。
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