第十話-小林と衣
﨑戦が描かれております。
小林の覚悟を書きました。
お楽しみに。
桂山脈は、杉本と藤山の二人によって一年をかけて切通しが施されていた。
今では桂から眺めると、山は大きな谷のように抉られ、その奥まで見通せる。
谷の向こう側。
小林と、多くの兵が横一列に並んでいた。
小林は、種ヶ原で新たな商業の発展を営む日々の中でも、欠かすことなく鍛錬を積んできた。
ブン ブン ブン
来る日も来る日も、空き時間には刀を振り続けてきた。
今、小林は聳え立つ山を正面に据え、刀を両腕で掲げ、仁王立ちで構えている。
刀身には透き通るような透明色の気が纏わりつき、
その気は、まるで抑えきれぬかのように体からも溢れ出していた。
「殿は私に切通しの最後の一刀を頼まれた。その期待に応えなければ恥というもの。この小林晴朗、見事切り砕いて見せよう。」
唸るような気の鳴動とともに、小林は刀を振り下ろす。
放たれた気の斬撃が、山へと叩きつけられた。
次の瞬間、山肌に無数のひびが走る。
ひびは連なり、繋がり、やがて耐えきれなくなった山が、音を立てて崩れ始めた。
山の上に陣取っていた、柱雷率いる﨑の軍は、突然の異変に混乱する。
逃げる暇も、態勢を立て直す時間もない。
「何事だ!」
柱雷も状況を理解するのに少し遅れていた。
崩れ落ちる岩と土砂が、容赦なく押し寄せ、
﨑の兵たちは次々と飲み込まれていった。
「父君ー!」
雷胴は一緒に落下した柱雷に上から声をかける。
一方、山の下にいた草野率いる杉山軍は、事前の合図とともに即座に撤退する。
崩落の範囲から外れ、被害を最小限に抑えた。
柱雷は、崩れ落ちる中で身動きが取れなくなっていた。
老いた体では抗えず、
上から降り注ぐ岩に押し潰され、そのまま圧死する。
雷胴は違った。
迫り来る落石に向け、雷胴は即座に異能を発動させる。
生み出した電気を周囲に走らせ、近くの岩へと流し込んだ。
雷を帯びた岩同士が引き合い、弾き合い、
即席のように雷胴の周囲を囲う。
落石は防がれ、雷胴は地へと着地した。
だが、異能を解除して周りを見渡した雷胴は言葉を失う。
凸凹に抉れた大地と、
辺り一面に転がる、仲間たちの亡骸だけだった。
雷胴は、その光景の中心に立ち尽くしている。
「父君よ…。兵たちよ。誰一人として生き残っていないというのか。」
雷胴は泣きだし、そして震えた。
たった一人、崩れた山の中心で頭を垂れる雷胴をよそに、谷の向こうでは勝利を確信した歓声が上がっていた。
その喧騒とは切り離されたように、雷胴の周囲だけが静まり返っている。
一人の武士が小林のもとへ進み出る。
「射殺しましょうか」
「いや、そこで待っていてくれ」
小林はそう言って、前へ出た。
「私がやる」
岩と屍が折り重なった足場を踏みしめ、小林は雷胴へと歩いていく。
やがて足を止め、刀を抜き、今度ははっきりと雷胴へ向けた。
「手合わせ願う」
雷胴はゆっくりと顔を上げ、細い目で睨み返す。
「なぜ殺さなかった。全方位から矢を放てば良かったものを」
「我らの殿は、この先、数え切れぬ強敵を相手取る」
小林は一歩、踏み出す。
「その時、私が本当に前線に立ち続けられるか……おまえで試させてもらう」
雷胴の口元が歪む。
「随分と私を虚仮にしおって……いいだろう」
雷胴も刀を抜き、異能を発動させる。
全身を、青と黄色がかった刺々しい電気のオーラが包み込んだ。空気が震え、岩肌を伝って火花が散る。
「手加減はせん。おまえに、私の怒りをすべてぶち込んでやる」
二人は同時に踏み込み、刀を打ち合わせた。
金属音が山間に反響し、火花と電光が交錯する。
一歩も引かぬ打ち合い。足元は岩と死体で埋め尽くされ、均衡を崩した瞬間が死を意味していた。
一瞬の鍔迫り合い。
小林は隙を突き、雷胴を蹴り飛ばす。
雷胴は体勢を崩し、岩の上に倒れ込む。
その瞬間を逃さず、小林は刀を振り下ろした。
だが――
雷胴はそれを待っていた。
雷鳴の空撃。
雷胴の周囲に漂っていた電気が、一斉に引き寄せられる。
空気、岩、鎧に残る帯電、そのすべてが刀身へと集束し、刃は眩い雷光を纏った。
振るわれた斬撃が、雷そのものとなって放たれる。
小林の体を雷が貫き、凄まじい轟音とともに煙が噴き上がる。
小林は声を上げ、その場に崩れ落ちた。
雷胴は立ち上がり、背を向ける。
「その程度では……その殿の隣に立ち続けることさえ不可能だな」
だが、
「待て」
雷胴は振り返る。
そこには、膝立ちのまま震えながらも、なお立ち上がろうとする小林の姿があった。
「……私も、まだまだ……やれそうだな」
その瞬間、小林の内側で何かが弾けた。
死の局面に立ったことで引き出された覚醒――興奮の衣。
全身にアドレナリンが溢れ、世界が研ぎ澄まされる。いわゆる、ゾーン。
雷胴は本能的に悟ったのか、汗を滝のように流しながら、再び大業を放とうとする。
だが遅い。
小林は一気に間合いを詰めた。
雷胴は雷鳴の空撃を諦め、全身の電気を直接小林へ流し込もうとする。
しかし、その電気は衣を纏った気に弾き返され、雷胴の刀は大きく弾かれた。
そして一斬り。小林の刃が、雷胴の首を断ち切った。
雷胴が斬り伏せられた瞬間、場は再び大きな歓声に包まれた。
勝利を確信した声が、瓦礫と死体の山に反響する。
杉山の軍はそのまま、切り通された桂山脈の間を直進し、桂へと凱旋した。
街は人で溢れ、勝鬨と笑顔が夜遅くまで絶えなかった。
その光景を見下ろしながら、藤山が小さく息を吐く。
「良かったな」
隣に立つ杉本は、短く頷くだけだった。
「ああ」
それから一ヶ月が過ぎた。
﨑の国は完全に杉山の国として馴染み、街には以前よりも人と物が行き交っていた。
そんな昼下がり、種ヶ原に二人のバナナ人間が馬で来訪した、という報が入る。
藤山と杉本は顔を見合わせると、すぐさま馬を走らせ、桂を飛び出した。
速度を緩めることなく駆け続け、種ヶ原に到着した時には、空はすでに茜色に染まっていた。
藤山が馬から降り、一歩前に出る。
「どちら様だ」
応じたのは、二メートルを優に超える巨躯のバナナだった。
穏やかな目をしており、その佇まいには不思議な威圧感があった。
「私は、ここから北に位置するバナナ王国より参った者」
そして静かに名を名乗る。
「七大技王、ポーラー=バナー=キングと申す」
その名が告げられた瞬間、場の空気が凍りついた。
藤山が言葉を失うよりも早く、
世間の評判にも、名声にも、ほとんど興味を示さないはずの杉本が、わずかに息を呑んだ。
七大技王――
それは、天下に最も近い存在を指す名だった。
とうとう、私が書きたかった
『食物戦争編』がスタートします。
まあ、僕の編ってめちゃくちゃ短いですけど、その分面白いと思っているので、
次回も期待していてお待ちください。




