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剣聖  作者: きたスラ
序章
1/6

剣聖 序章 2026/01/17 19:22

剣聖連載始まりました!

争う理由、人々の思想が、物語が進むごとに激しく、

世界を歪ませるまでに発展していきます。

ぜひ、楽しんでください!

 神は沈黙している。


 だが、誓いが交わされた瞬間だけ、世界は神に見られる。

 その視線から逃れたものはーーいない。

 

 それが勝負であり、神から与えられた唯一の形式(ルール)だった。

 それでも人々は、今日も剣をとり続けている。



 「真剣勝負か。」

 月が天頂にあり、街は不自然に静まり返っていた。

 街路の上に、二人の青年が向かい合わせに立っている。


 夜明け前。


 空はまだ青にすらなりきらず、東の端だけがかすかに白み始めていた。


 戦国大名・細道の屋敷は、静まり返っている。

 豪奢(ごうしゃ)ではあるが、どこか息の詰まる造りだった。 同盟国を従え、富を集め、力を誇る者の屋敷に特有の重さが、空気の中に沈んでいる。


 その一室で、藤山は正座していた。

 探偵を生業とする藤山は、今日も仕事でこの国を訪れていた。


 依頼主は細道。 内容は単純で、しかし不穏だった。

 ―― 金が盗まれた。

 しかもただの盗難ではない。 夜の警備をすり抜け、金庫に触れ、痕跡を残さず消えた忍がいるという。

 さらに悪いことに、その忍はすでに隣国・桂へ逃げたという情報が入っていた。


 細道と桂は同盟国だ。 だが、その関係は決して対等ではない。 貿易も、条約も、常に細道が主導し、桂はそれを飲まされ続けている。


 藤山はその事実を、探偵として、そして一人の人間として知っていた。

 しかし、そんなことはどうでも良かった。


 やがて藤山は屋敷を後にし、装いを変える。 模様のない、くすんだ灰色の小袖に、下は紺青色の袴を履いた。 髪には泥をつけ、あえて手入れをせずに、荒れさせた。


 藤山は南東へ向かって走り、日が中天に差しかかる頃、ようやく桂の国へ辿り着いた。


 桂に入った藤山は、桂の屋敷の外から内部を探る。

 視線を研ぎ澄ませて、他のすべての五感を閉じ切った。屋敷の中には、何人かの武士が出歩いている。


 しかし、屋敷の中に、明らかに異質な気配が一つだけあった。

 周囲と比べる必要すらない。桁が違う。

 藤山は息を殺し、視線を走らせる。


 ――いた。


 一人の男。 何気ない立ち姿。 だが、そこに在るだけで、空気が歪んでいる。


 次の瞬間。


 その男が、ゆっくりと振り返った。

 誰も気づいていない。 護衛も、家臣も、気配を察した様子はない。

 だが、その男だけが、藤山のいる()を見ていた。

 そして、唇だけを動かす。

 「待て」

 それだけだった。

 藤山の背に、冷たいものが走る。


 まるで―― 今は、触れるなと言うように。


 藤山は唾を一飲みして、その場を立ち去った。


 やがて夜が訪れる。 藤山はただ一人、住宅地より少し離れた街路に立ち尽くしていた。


 月は高く、雲一つない空に冷たい光を落としている。 人の気配はなく、家々の灯りも遠い。


 自分の呼吸さえもうるさく感じた。

 少し強い風が、路地を抜けて吹いた。

 次の瞬間、藤山の視界の先に――あの男が、立っていた。

 いつ現れたのかは分からない。足音も、気配も、なかった。気づいた時には、すでにそこにいる。


 男は小柄だった。身長は藤山より低く、せいぜい百六十五ほどだろう。 だが、その印象は体格とは噛み合っていない。


 鋭い目つき。感情の読めない顔。 そして、どこの国にも属していないような、簡素で実用一点張りの装い。

 忍びとも、武士とも、言い切れない体型。

 腕は細く、わずかに長い。対して脚は、太さはないのに、異様な張りを帯びていた。


 走るため、跳ぶために作られた身体――そう言われれば納得できるが、人としてはどこか歪だ。


 沈黙を破ったのは、男の方だった。

 「よお」

 軽い声だった。 場に似合わないほど、気の抜けた挨拶。

 そして、続けて断言する。

 「外でコソコソしてたのは、お前だな」

 藤山は答えず、男を見据える。


 男は気にする様子もなく、顎をわずかに上げた。

 「名前は?」

 藤山は一拍置いてから、口を開いた。

 「藤山透だ。」

 男は短く頷き、自分も名乗る。

 「杉本。……杉本翔」

 その名を聞いた瞬間、藤山の中で何かが静かに引っかかった。


 だが、今は掘り下げる気はなかった。


 藤山は本題に入る。

 「細道の金を盗んだのは、お前か」

 「ああ」

 即答した。

 「返してもらえるか」

 藤山の言葉は淡々としていた。 願いでも、命令でもない。これはただの確認である。

 杉本は首を横に振る。

 「無理だな」

 「理由は」

 「もう桂に渡した」

 それだけだった。


 藤山は小さく息を吐く。

 「……そうか。」


 仕事としての選択肢は、もう一つしか残っていない。

 「なら、次は俺が奪い返すだけだ。」

 そう告げ、藤山は(きびす)を返した。

 その瞬間。

 「待て」

 背後から、声がかかる。

 昼と同じ言葉。 だが、今度は声として、はっきりと。

 藤山は振り返らずに言った。


 「止める理由はなんだ。」


 杉本は答える。

 「行かせたくない」


 「桂への同情か」


 藤山は淡く言い捨てる。


 「そんなものは捨ててしまえ。」


 再び足を踏み出した、その時だった。

 月光が街路を薄く照らしている。 雲はなく、夜は澄み切っていた。

 杉本が静かに告げる。


 「真剣勝負をしよう。」


 杉本翔のその一言で、空気が変わった。 音が消えたわけではない。

 ただ、世界が一段、深く沈んだような感覚だった。


 藤山透は、ゆっくりと振り返る。


 「……真剣勝負か」


 その言葉の意味を、二人とも理解している。 神が沈黙を破り、勝敗だけを“見る”形式。 一対一。逃げ場はない。


 「勝ったらどうなる」

 藤山が尋ねる。


 「一つだけ、命令をさせてもらう。」

 杉本はそれだけ答えた。


 「敗北条件は?」

 「どっちかが、負けを認めた時点だ」


 藤山は小さく息を吐いた。

 「……いいだろう」

 藤山は続ける。


 「俺が勝ったら、お前は俺の邪魔をするな」

 

 藤山は腰に手をやった。

 杉本は一瞬も迷わず頷いた。


 「俺が勝ったら」


 杉本は藤山をまっすぐ見据える。 


「俺の話を聞け。興味が湧いたら、俺に協力しろ」


 藤山はその条件の重さに、まだ気づいていなかった。


 「……分かった」


 誓いは交わされた。 その瞬間だけ、月明かりが戦場を示しているかのようだった。


 杉本が、静かに刀を抜く。

 金属音は小さい。 だが、その直後、杉本の身体から何かが溢れ出した。


 『気』


 生き物が等しく持つ力。

 それを操作することで、肉体は本来の限界を超える。


 藤山も同じように気を纏った。


 地を蹴る音が遅れて聞こえた。

 次の瞬間、杉本は藤山の目前にいた。


 首元を狙った一閃。

 藤山は後方へ跳ぶ。


 紙一重。


 刃が風だけを切り裂いた。

 藤山の手が、懐に伸びる。指先に挟まれたのは、細い針。


 ただ、投げただけで、針は異様な速度で飛んだ。


 物体は、藤山の気が注がれていた。


 杉本は刀で弾く。 だが、完全には防ぎきれなかった。


 微かな感触。 足の甲に、鋭い痛み。


 杉本は間合いを切り、即座に地を踏みしめる。 刀を振るうと同時に、圧が走った。

 見えない斬撃が藤山を襲う。

 藤山の身体は宙を舞い、地面に叩きつけられた。


 息が詰まる。

 その時、杉本の足に異変が走った。


 痺れ。 さきほどの針に混じっていた毒だ。


 杉本の体勢が、一瞬だけ崩れる。


 藤山はそれを見逃さない。 だが、次の瞬間には理解した。


 ――来る。


 藤山は受けの体制に入る。


 杉本は大きく踏み込んでくる。 痺れを力でねじ伏せ、全力で。


 速さの次元が違っていた。


 藤山はすでに小刀を構えていた。 来る場所も、角度も、読めている。


 それでも――


 反応できなかった。


 気づいた時には、冷たい刃が首元にあった。


 藤山は、動きを止める。

 「……俺の負けだ」

 その言葉と同時に、世界の重さが解けた。


 二人は同時に武器を収める。

 夜の街路に、再び風が流れ始めた。

 藤山は一歩下がり、淡々と確認する。


 「約束だ。話を聞こう。」


 杉本は頷き、そして口を開く。


 「俺は――剣聖になる」


 藤山は思わず目を見開いた。


 その言葉には、誇示も、迷いもなかった。 


 剣の頂。 天下を統べる者。


 勝利を積み重ね、神の定めすら踏み越える存在。


 藤山は、ようやく理解する。

 この男は、同情で動いていたわけではない。

 桂を救うためでもない。利用しているのだ。世界そのものを。


 そして、この自分をも。


 「……そうか」


 藤山は、静かに言った。

 少し間を置き、続ける。


 「もう少し、話を聞かせてくれ。」


 夜は、まだ終わらない。

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― 新着の感想 ―
すごく面白かったです..!!もう、文章が綺麗すぎて..!! ご不快に思われたら申し訳ないのですが、途中の踵を返したの部分..多分きびすを返したじゃないかな、、?間違っていたらすみません!とても面白かっ…
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