第九十七話 裂け目の塔
1.塔の内部へ
深淵の街の中心にそびえる塔は、外から見ればただ黒い裂け目の糸で縫い合わされた怪物のようだった。
だが、その内部に一歩足を踏み入れた瞬間、私たちを包んだのは奇妙な静けさだった。
床も壁も天井も、裂け目を繕う糸でできている。だがその糸は光を放つことなく、闇に沈んでいる。
まるで誰かの心の奥底を歩いているような感覚に襲われた。
「ここが……首領の心なのかもしれませんね」
マリエが布を抱きしめ、震える声で言った。
「心の奥に塔を築き、裂け目を誇りとして積み重ねている……か」
私は小さく頷いた。
「だが、塔は高ければ高いほど、繕い甲斐がある」
2.第一の試練 ― リナの階
最初の階に入ると、そこは果てしない戦場だった。
焼け焦げた大地、倒れ伏す兵士たち。
その中央に立っていたのは、若き日のリナだった。
「……私?」
リナが剣を構えると、幻影のリナが叫んだ。
「お前は迷い続ける! 剣を振るう資格などない!」
幻影は容赦なく斬りかかり、リナの剣を弾き飛ばした。
「私は……!」
彼女の瞳が揺れる。
私は声を張り上げた。
「リナ! 迷ってもいい! 迷いを繕い続けてきただろう!」
マリエの歌が響き、リオが拳で幻影を叩き割る。
裂けた幻影は布の光に包まれ、静かに消えていった。
リナは剣を拾い上げ、涙をぬぐった。
「迷うことを……恐れません。大家さん、ありがとうございます」
3.第二の試練 ― リオの階
次の階は、燃え盛る村だった。
怒号と炎の中、少年のリオが拳を振り回していた。
「守れなかった……全部壊してやる!」
幻影のリオが現れ、怒りに燃える拳でこちらに殴りかかってきた。
リオ自身がそれを受け止め、呻き声をあげる。
「ぐっ……! これは俺の……怒り……!」
「リオ!」
私は布を投げ渡した。
「怒りを否定するな! 繋ぐために使え!」
リオは布を拳に巻き直し、幻影の自分を殴り返した。
「怒りも……繕える!」
幻影は砕け散り、炎は静かに消えていった。
リオは深く息を吐き、拳を見つめた。
「俺は……もう逃げない」
4.第三の試練 ― マリエの階
三階に入ると、真っ暗な教会の中にいた。
少女のマリエが膝を抱えて泣いている。
「歌うのが怖い……誰も救えない……」
幻影のマリエが怯えながら歌を口ずさむと、声は歪んで闇を増幅させた。
「いやっ……やめて!」
マリエが耳を塞ぐ。
私は彼女の手を取り、布を握らせた。
「声が震えてもいい。嘘でも構わない。お前の歌は誰かを繕ってきた」
リナとリオが隣に立ち、布を重ねる。
「だから一緒に歌おう」
マリエは涙を拭い、震える声で歌い始めた。
やがて歌は澄み渡り、幻影を光で溶かしていった。
「私……歌います。どんなに怖くても!」
5.大家の階
四階。
そこに広がっていたのは――私がかつて守れなかった町だった。
崩れ落ちた家々、泣き叫ぶ住人たち。
「大家……お前は守れなかった」
幻影の声が響く。
私は膝が震えた。
あの日、私は確かに守れなかった。
逃げたこともある。裂け目を隠したまま、見ないふりをしたこともある。
「大家さん!」
リナたちが駆け寄る。
私は布を掲げた。
「そうだ……俺は守れなかった。だが今は、繕い続ける大家だ!」
布の光が街を覆い、倒れていた住人たちが立ち上がる幻影となって消えていく。
「……これが、俺の繕いだ」
6.塔の頂へ
四つの試練を越えたとき、塔の階段は最上階へと続いていた。
闇が渦巻き、巨大な扉が待ち受けている。
そこに、一体の影が立ち塞がった。
それは首領そっくりの姿をした「影の番人」だった。
「ここから先は、繕いの者は進めぬ」
影の番人の剣が唸りをあげる。
私は布を握りしめ、仲間を振り返った。
「これが最後の関門だ。みんな、行くぞ!」




