第九十三話 布と剣の戦場
1.戦いの夜明け
王都の空はまだ暗い。
だが、広場を埋め尽くす布の光が夜を押し返していた。
人々の手に握られた布は旗のように揺れ、胸に抱いた裂け目を照らし出している。
遠く、地鳴りのような振動が響いた。
王都の外れ、巨大な裂け目から黒い軍勢が溢れ出してくる。
影の兵は甲冑をまとった幻のような姿で、目だけが赤く光っていた。
リナが剣を抜き放つ。
「いよいよだな……」
リオが拳を鳴らす。
「これが決戦か!」
私は大きく息を吸い込み、人々に叫んだ。
「裂け目を抱えたまま、共に立つぞ! 繕いの軍勢、前へ!」
2.布の波動
最初の衝突は、広場の外れで起こった。
影の兵が黒い槍を構え、突進してくる。
だが、前に立ったのは布を持つ子どもたちだった。
「裂けても、繕える!」
彼らの声と共に布が広がり、槍は光に弾かれて砕け散る。
老人たちも立ち上がる。
割れた器を抱え、その破片を布で包んで投げると、影は悲鳴を上げて霧散した。
戦場は剣や拳だけでなく、布の繕いによる光で満ちていた。
3.リナの剣
リナは布を巻いた剣を振るい、影の兵を次々と斬り払った。
「裂け目を抱えた剣だからこそ、迷わない!」
彼女の剣筋は鋭く、だが温かさを帯びていた。
斬られた影は煙のように消え、その跡には白い光が残る。
影の兵が群がるたび、リナは布で剣を繕い直し、さらに強くなっていく。
それはまるで彼女自身の心を繕っているようだった。
4.リオの拳
リオは最前線で布を拳に巻きつけ、影の巨兵に挑んでいた。
「俺の裂け目は怒りだ! だが、今は守るために燃やす!」
彼の拳が唸りをあげるたび、布の光が爆ぜ、影の巨兵は砕け散った。
繕いの力は拳に宿り、炎のような光を生む。
リオは振り返り、人々に叫んだ。
「恐れるな! 俺たちは裂け目ごと繋がってる!」
5.マリエの布
マリエは戦場の中央で布を広げ、歌を紡いでいた。
「裂けても……繕える……」
その声は戦場全体に響き、恐怖に震える者たちの手を導く。
布は光の網となり、負傷した者を包み、影の囁きを遮った。
倒れかけた老人が布に触れ、立ち上がる。
泣いていた子どもが布を掲げ、再び笑う。
マリエの布は戦場そのものを繕い続けていた。
6.大家の戦い
私も布を手に取り、影の兵へと踏み込んだ。
「大家の務めは……壊れたものを直すことだ!」
布を瓦礫に結び、それを振り回して影を絡め取る。
引き寄せた影を石工たちが槌で砕き、大工たちが木槌で打ち据える。
私はさらに瓦礫を積み上げ、布で繋いで壁を作った。
それは一瞬にして戦場の防壁となり、人々を守る。
7.首領の出現
戦いの最中、影の軍勢を押し分けて巨大な姿が現れた。
首領だ。
その体は漆黒の鎧に覆われ、背からは裂け目のような裂光が走っている。
「大家よ……お前ごときが都を守れると思うな!」
首領の剣が振るわれ、地面に巨大な裂け目が走った。
布の光が押し返すが、その力は凄まじい。
リナとリオが前に立ち、マリエの布が彼らを包んだ。
私は剣を構え、布を巻きつけて叫ぶ。
「首領! 裂けても、俺たちは繕う!」
8.戦場の誓い
戦場の喧噪の中、人々の声が重なった。
「裂けても――繕える!」
「裂けても――繕える!」
その合唱が夜空を震わせ、布は巨大な光の旗となって翻った。
首領の影はその光に押され、一瞬たじろいだ。
だがその口元には、まだ不気味な笑みが浮かんでいた。
「面白い……ならば本気で裂いてやろう」
次なる衝突を予告する声が、戦場に重く響いた。




