第九話 小人職人の秘密
導入:ある日、トルク(小人職人)が夜な夜な外出しているのを大家が目撃。
不安:幽霊少女やスライムも気づき、「裏切り?」と疑念が生まれる。
尾行と発覚:実はトルクは内緒で夜に小物細工を作り、町の孤児に無償で渡していた。
秘密の理由:トルクは「小人族は腕を買われても道具として扱われることが多い、だから人のために作りたかった」と語る。
解決と絆:大家と住人たちがその思いを受け止め、「ここはあなたの居場所」と改めて伝える。
余韻:アパートの庭で、みんなで小さな明かりを囲みながら「家族」だと実感する。
1.夜の影
雨漏り修理も終わり、スライムの大冒険も経て、アパートでの日々はさらに賑やかになっていた。
だが、私は気になることがあった。
それは――夜になると、トルクの姿が時折見えなくなることだ。
彼は昼間は誠実で真面目な小人職人だ。木工の技術は頼もしく、細かい仕事を率先して引き受け、私や幽霊少女の支えになってくれている。
そんな彼が、夜更けになるとこっそりと裏口から出ていくのを何度か見てしまった。
最初は「夜風を浴びに行っているのかな」と軽く思った。
だが一度などは、夜明け近くまで帰ってこなかった。
心配にならないはずがない。
「……まさか、悪いことしてるわけじゃないよね?」
独り言のようにつぶやくと、背後からひやりとした声が聞こえた。
「……私も気づいてた」
振り向けば、幽霊少女が浮かんでいた。半透明の姿は月光に溶け、どこか心細げに見える。
「トルクさん、最近、夜になるとよく出かけてる。私、こっそり追いかけたこともあるけど……途中で見失っちゃった」
「スライムは?」
呼ぶと、廊下の隅から「ぷに」と返事。どうやら彼も気づいていたようで、心配そうに小さく震えていた。
私は三人で顔を見合わせた。
「……これは確かめないとね」
2.尾行開始
その夜。
私は幽霊少女とスライムを連れて、裏口の陰に身を潜めた。
やがて、軋む音とともに扉が開く。小さなランタンの灯りを手にしたトルクが、辺りを見回してから静かに歩き出した。
「今よ」
私は小声で合図し、三人で尾行を始めた。
月明かりに照らされた石畳を、トルクは早足で進む。
普段の彼の穏やかな姿とは違い、どこか焦っているように見えた。
途中で彼は袋を抱え直し、何度も背後を振り返る。
私たちは物陰に隠れながらついていった。幽霊少女は透けているので便利だったし、スライムはぴたりと壁に張り付き、まるで水溜まりの影のように溶け込んでいた。
やがて、町外れの広場にたどり着いた。
3.小さな集会
そこには十人ほどの子どもたちが集まっていた。
ボロ布をまとい、靴もまともに履いていない子ばかり。孤児なのだろう。
トルクは袋から次々と木細工を取り出して、子どもたちに配っていた。
小さな木馬、笛、動物の人形。どれも精巧で愛らしく、子どもたちは歓声を上げて受け取る。
「わぁ、犬だ! 走ってるみたい!」
「この笛、音が出る! 本当に出るよ!」
子どもたちの笑顔に、トルクは静かに頷いた。
普段見せる真面目さとは違う、柔らかい表情だった。
私は思わず息をのんだ。
「……そういうことだったのね」
幽霊少女が目を丸くし、スライムも「ぷに」と小さく鳴いた。
4.対話
子どもたちが眠そうに帰っていったあと、トルクは一人広場に残り、ため息をついた。
その背後に私は歩み寄った。
「……ずっと見てたの、ごめんなさい」
彼は驚いた顔をして振り返ったが、やがて肩を落とした。
「やっぱり……気づかれてましたか」
「どうして、隠してたの?」
問いかけると、トルクはしばらく黙り込み、やがてぽつりと語り出した。
「僕は小人族の職人の家系に生まれました。小人は器用だから、道具や装飾品を作る仕事で重宝される。でも、扱われ方は“便利な手”でしかなかったんです」
彼の目がかすかに曇る。
「依頼主は僕らを人として見ず、道具としてしか見なかった。作った物が売れても、名が刻まれることはなかった。だから、僕は決めたんです。自分の手で、誰かの笑顔のために物を作ろうって」
彼は手の中の木片を握りしめた。
「お金にならなくてもいい。ただ、あの子たちが少しでも楽しい気持ちになれれば、それで」
幽霊少女が静かに呟く。
「……だから夜にこっそり出かけてたんだ」
スライムも「ぷに」と賛同するように鳴いた。
5.居場所
私はしばらく考え込み、やがて笑みを浮かべた。
「トルク……あなた、なんて立派な大家泣かせなの」
「え?」
「だって、そんな大事なことを一人で抱え込んで。……でも、もう隠さなくていいわ。ここは、あなただって住人なんだから」
私は彼の肩に手を置いた。
「あなたの作るものが、あの子たちを喜ばせるように、きっとこのアパートのみんなをも幸せにできる。だから、胸を張って作っていいのよ」
トルクの目が大きく揺れた。
「……僕に、そんな居場所があるんでしょうか」
「あるに決まってるでしょ。私たちはもう家族なんだから」
幽霊少女もにっこり笑い、スライムは大きく膨らんで「ぷにー!」と声を上げた。
その温かさに包まれて、トルクはついに涙を流した。
6.明かりの下で
その夜遅く。アパートの庭に小さな焚き火を起こし、私たちは丸く座った。
トルクが作った木細工を囲みながら、お茶をすする。
「ほら、この犬、かわいい!」幽霊少女が人形を抱きしめる。
スライムは木馬を乗り物のようにして楽しげに跳ねている。
トルクは少し恥ずかしそうに笑った。
「僕の秘密を知った以上……これからは堂々と作ります」
「そう、それでいいのよ」私は頷いた。
「ここは、あなたの技を誇れる場所にしましょう」
焚き火の火がぱちぱちと弾け、みんなの顔を照らした。
この小さなアパートに、新しい絆がまた一つ加わったのを、私は確かに感じていた。




