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異世界大家さん、のんびり開店中  作者: じょんどぅ


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第八十九話 影の種

1.静けさの裏で


 王都の修繕が進み、数日が経った。

 瓦礫の山は片付き、布で覆われた家々は色鮮やかに並び始めている。

 子どもたちの旗は風に揺れ、職人たちの槌音は都を新しいリズムで包み込んでいた。


 だが、その和やかな空気の裏で、私は妙なざわつきを感じていた。

 ――まるで土の下に何かが眠っているような、くぐもった鼓動。


 「大家さん、どうしました?」

 マリエが布を畳みながら首をかしげる。


 「……気のせいかもしれんが、地面の下にまだ影が残っている気がする」

 そう言うと、リナがすぐに剣に手をかけた。

 「私も感じます。剣がざわついている……」


 リオは黙って拳を握り、幽霊の少女は不安そうに空を見上げた。


2.影の芽吹き


 その夜、都の片隅で異変が起きた。

 修繕中の家の庭先から黒い靄が立ち上がり、地面の裂け目が脈打つように光ったのだ。


 「影の種……!」

 リナが叫び、剣を抜いた。


 靄はやがて人の形を成し、泣き叫ぶ声をあげる。

 それはかつて影に飲まれた人々の怨念のようでもあり、裂けた心の残響のようでもあった。


 私はすぐに人々を避難させた。

 「布で覆え! 歌で繕え! 恐れるな、影は心の隙に根を張る!」


 マリエが震える声で歌を紡ぐと、布は光を帯び、影の人影を押し返す。

 だが完全には消えなかった。


3.影の声


 影の人影は低く囁いた。

 「お前たちがいくら繕おうと……種は土に眠る。

  裂け目は必ず芽吹き……都を呑み込む」


 リオが前に出て拳を振るうが、影は霧のように散るだけで手応えがない。

 リナの剣も斬撃を浴びせるが、切った端から再び芽吹く。


 「……これではきりがありません」リナが息を荒げる。


 私は唇を噛んだ。

 「つまり、影は根を下ろしたんだ。この都そのものに……」


4.訪問者


 戦いが続く最中、不意に笛の音が響いた。

 軽やかでありながら、どこか物悲しい旋律。


 「……誰だ?」

 振り向くと、長い外套をまとった旅人が立っていた。

 白髪交じりの髪を編み、背には奇妙な笛を携えている。


 「影の種を見たのは初めてか?」

 低く落ち着いた声で旅人は言った。


 私は答えずに問い返した。

 「お前は何者だ」


 旅人は口元を歪め、笛を軽く鳴らした。

 「繕う者と裂く者の狭間を歩く者……そう思ってくれていい」


 マリエが布を握りしめる。

 「あなたは……敵、ですか?」


 旅人は少しだけ笑った。

 「敵でも味方でもない。ただ、影の種を知る者だ」


5.種の正体


 旅人の笛の音に反応するように、影の人影が震えた。

 「種は……人の心に宿る。怨み、恐れ、後悔――それらが土に落ち、芽を出す。

  繕う歌は表を覆うが、根までは届かぬ」


 リナが鋭く問いただした。

 「では、根を断つには?」


 旅人はしばし沈黙した後、静かに答えた。

 「人が自らの裂け目を見つめ、受け入れること。それ以外に根を断つ術はない」


 マリエははっと息を呑んだ。

 「布は……裂け目を隠すのではなく、受け止めるためのもの……」


 旅人は頷いた。

 「繕うとは、傷をなかったことにすることではない。裂け目を抱えて、それでも進むことだ」


6.影との攻防


 だが影は容赦なく迫ってきた。

 笛の音がなければ、すでに都の一角は飲み込まれていたかもしれない。


 私は人々に呼びかけた。

 「裂け目を恐れるな! 誰もが心に影を抱えている! その裂け目を見つめろ!」


 人々は震えながらも布に手を触れ、自らの不安や怒りを歌に乗せた。

 声は乱れ、時に涙混じりになったが、それこそが影を押し返す力となった。


 影の人影は悲鳴をあげ、裂け目へと沈んでいった。

 やがて靄は消え、夜空には再び星が瞬いた。


7.旅人の言葉


 戦いが終わると、旅人は静かに笛を収めた。

 「……影の種はまだ都に残っている。今日のはほんの芽吹きにすぎぬ」


 私は問い詰めた。

 「ではどうすればいい? 根を断ち切るには」


 旅人は私をまっすぐに見た。

 「大家よ。お前が皆を導け。家を繕うように、人々の心を繕え。

  裂け目を抱えたまま一つにすること……それが根を枯らす唯一の道だ」


 そう言い残し、旅人は外套を翻して闇に消えた。


8.残されたもの


 私は夜空を見上げ、拳を握った。

 「……裂け目を抱えて、それでも繕う、か」


 リナは剣を収め、頷いた。

 「困難ですが、道は見えました」


 リオは拳を掲げ、マリエは布を胸に抱いた。

 幽霊の少女はそっと囁いた。

 「大家さんなら、きっとできます」


 都の片隅に、まだ見えぬ影の根が眠っている。

 だが私は確信していた。

 ――大家として、この都を繕い続ける。たとえ影の種が何度芽吹こうとも。

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