第八十話 祭りを運ぶ風
1.祭りの兆し
交易路を守った一件から数日後、港町は一段と賑やかになっていた。
交易船は途切れることなくやって来て、荷を降ろすたびに港に歓声が響いた。
布や衣服はもちろん、港の歌の噂を聞きつけて、遠方から旅芸人や楽師までもが訪れるようになった。
そんな中、商人ギルドの代表が広場に立ち、声高らかに宣言した。
「皆の勇気を讃え、交易路の無事を祝うため、この港で祭りを開こう!」
人々は一斉に歓声を上げた。
影に怯えていた日々を思えば、この町で祭りを催すこと自体が奇跡のようだった。
2.準備に追われる大家
「大家さん、舞台の組み立てはどうしましょう!」
「灯籠は去年のが残ってるけど、数が足りないかもしれません!」
「屋台を出したいんですけど、許可はどこで?」
広場に出ると、あちこちから声が飛んできた。
私は額に汗を浮かべつつ、順番に指示を出していく。
リオは木材を担ぎながら笑った。
「壊れた舞台を直したばっかりだが、もう一度作り直すぜ! 今度はもっと頑丈にな!」
マリエは針箱を抱え、
「祭り用の衣装……町のみんなに着てもらいたいです。繕いの意匠を入れて……」
と瞳を輝かせた。
幽霊少女は屋根の上から手を振り、
「灯籠をもっと空に飛ばそう! 星みたいにいっぱい!」
と楽しげに叫んでいた。
3.風に運ばれる噂
準備を進めていると、遠方の旅芸人が港に到着した。
「この町の祭りに参加できるなんて光栄だ。『裂けても繕える町』の歌を聞かせてもらえるんだろう?」
彼らの言葉に人々は胸を張った。
港の歌は、もはや町だけでなく交易路全体の合言葉になりつつあった。
「歌が風に乗って遠くまで届く……まるで祭りそのものが風に運ばれているみたいだな」
私はそう呟き、潮風に吹かれる髪を押さえた。
4.小さな不安
だが、準備の合間に私は気づいた。
――祭りの最中に影が襲ってきたらどうする?
リナは剣を抱え、厳しい表情を浮かべていた。
「お前が考えていることは分かる。だが心配しすぎるな。影が来たとしても、町全体で立ち向かえる」
「……ああ」
私は頷いたが、胸の奥の不安は完全には消えなかった。
5.祭りの幕開け
ついに祭りの日がやってきた。
広場には色とりどりの布が張り巡らされ、屋台からは香ばしい匂いが漂っていた。
舞台にはリオたちが作った頑丈な板が敷かれ、旅芸人や楽師が待機している。
マリエの縫った衣装をまとった子どもたちが広場を走り回り、幽霊少女は空から灯籠を降ろして人々を笑顔にしていた。
「さあ、祭りを始めよう!」
商人ギルドの代表の合図で、楽器の音が鳴り響いた。
6.風に乗る歌
幽霊少女が歌い始めた。港の歌だ。
「裂けても、繕える……」
その声に合わせて町の人々も声を重ね、舞台の上の楽師たちが旋律を紡いだ。
歌声は風に乗り、港から海へ、交易路の先へと広がっていった。
旅芸人のひとりが驚きの声を上げた。
「これは……ただの歌じゃない。人々の心を繋ぐ糸だ!」
観客の誰もが心を震わせ、広場はひとつになった。
7.影の気配
その時、不意に海から冷たい風が吹き込んだ。
広場の灯籠が揺れ、ざわめきが広がる。
私は胸の奥に不穏な気配を感じた。
――やはり来るか。
しかし、今回は恐れよりも強い覚悟があった。
「大丈夫だ。祭りを続けよう」
私の声に、人々は頷いた。
8.絆の証
リナが剣を構え、リオが拳を握った。
マリエは布を掲げ、幽霊少女はさらに声を張り上げて歌った。
「裂けても――繕える!」
町の人々も声を合わせた。
その瞬間、布が輝き、歌が風を震わせ、冷たい気配は遠ざかっていった。
影は確かにまだ潜んでいる。だが、この町を裂くことはできない。
9.新しい風
夜、無数の灯籠が空を舞い、星空と溶け合った。
旅芸人も楽師も、港の人々も、みな肩を並べて笑っていた。
幽霊少女が私の隣で囁いた。
「ねぇ大家さん。風が……笑ってる」
私は頷いた。
――そうだ、この風は祭りを運び、絆を広げる風だ。




