第八話 スライムの大冒険
導入:スライムが「外に行きたい」と訴え、大家と幽霊少女とトルクが付き添い、町へ小さな冒険に出る。
市場での騒動:スライムが珍しがられて子どもたちに囲まれる。逃げ出して、屋台の間をドタバタ大騒ぎ。
小事件:迷子の子どもを見つけ、スライムが先導して助けるエピソード。
仲間の絆:住人たちが「スライムも立派なアパートの一員」と改めて認める。
余韻:夕暮れの帰り道、スライムが胸を張るようにぷるぷる揺れ、大家が「ここは家族みたいね」と感じる。
1.ある日の提案
朝。いつものように台所で湯を沸かしていたときだった。
足元でちゃぷちゃぷと音がした。
見下ろすと、スライムが全身をぷるぷる震わせて、何やら必死に訴えている。
「どうしたの?」
声をかけると、スライムは丸い体を上下に弾ませ、窓の外をぴょんぴょんと示した。
「……外に行きたいの?」
私がそう言うと、スライムは待ってましたと言わんばかりに大きく膨らんだ。
透明な体の中に小さな泡がぶくぶくと浮かび、まるで笑っているようだ。
ちょうど居間から幽霊少女とトルクも顔を出した。
「なになに? スライム、外に遊びに行きたいんだって?」
「ははあ、冒険心が芽生えたんですね。まあ、たまにはいいかもしれません」
私は腕を組んで考え込む。
スライムはこのボロアパートの掃除係として毎日働いてくれている。たまの休暇くらい与えても罰は当たらないだろう。
「……よし、今日はみんなで町までお出かけしましょうか!」
その一言で、スライムは勢いよく跳ね上がり、幽霊少女はぱちぱちと拍手。トルクも「外の店を見てみたかったのでちょうどいいです」と笑顔を見せた。
2.町へ出発
午前の柔らかい光に包まれながら、私たちはぞろぞろとアパートを出た。
スライムは先頭を行く。ころころ転がるように道を進み、石畳の上をぴちゃりぴちゃりと跳ねる。
道すがら、通りすがりの農夫が驚いた顔をした。
「お、おい、あれは魔物じゃないか?」
私は慌てて笑顔を作る。
「大丈夫ですよ、この子はうちの住人なんです!」
「住人……? なんだそりゃ……」
人々の視線は冷たくもあり、好奇心に満ちてもいた。
だがスライムは気にする様子もなく、前へ前へと進む。
その姿は、ちょっと誇らしげだった。
3.市場での騒動
町の市場に入ると、さらに大きなざわめきが起きた。
色とりどりの布を広げる露店、香辛料の匂い、焼きたてのパンの香ばしい煙。
その真ん中を、ぷるぷるのスライムが進むのだから目立つに決まっている。
「わぁ、なにあれ! ぷにぷにだ!」
「きゃー、かわいい!」
子どもたちが次々と集まってきた。
スライムは囲まれて、まるで人気者のマスコットのようだ。
最初は嬉しそうに弾んでいたが、すぐに困った顔(?)になった。小さな手が触れ、背中に乗る子も出てきて、さすがに押し潰されそうになっている。
「ちょ、ちょっと! この子はペットじゃないのよ!」
私が慌てて子どもたちをなだめている間に――スライムはするりと群れを抜け出し、屋台の間へと逃げ込んだ。
「あっ、待って!」
ぷるん、ぷるん、と跳ねながら、スライムは市場の人混みを縫って走る。
干し魚の山に突っ込み、香辛料の袋を跳ね飛ばし、唐辛子の粉をばらまいた。
屋台の店主が悲鳴を上げ、真っ赤な煙が市場に広がる。
「すみません! 後で弁償します!」
私は謝り倒しながらスライムを追いかけた。
4.迷子事件
やっとのことで角を曲がったところで、スライムが立ち止まっているのを見つけた。
彼の前には、小さな女の子が泣きじゃくっていた。
「ママ……ママどこ……」
女の子の前で、スライムは体をゆらゆら揺らし、そっと近づいて頭をなでるように触れた。
ぷるん、と柔らかい感触に、少女は泣き止んで驚いた顔をした。
「ぷに?」
「……ぷに」
二人(?)の間に奇妙な交流が生まれていた。
私は息を切らして追いつき、事情を察した。
「もしかして、この子……迷子?」
幽霊少女も遅れて現れ、透けた手で優しく背中をさすった。
女の子はこくりと頷いた。
その瞬間、スライムがくるりと振り返り、勢いよく跳ねた。
まるで「ついてきて」と言っているようだった。
「……案内してくれる気なの?」
私は驚いたが、スライムの直感を信じることにした。
5.家族を探して
市場の雑踏を、スライムが先導する。
小さな跳ねる音を追いながら、私たちは女の子の手を取り、必死で人波をかき分けた。
数分後。大通りの先で、必死に娘の名を呼ぶ母親がいた。
「リーナ! リーナ!」
女の子は母の声に顔を輝かせ、駆け出した。
「ママー!」
二人はしっかりと抱き合い、涙を流す。
母親は私たちに何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございました! まさか魔物が……助けてくれるなんて……」
スライムは誇らしげにぷるんと揺れた。
人々もざわつきながら、先ほどまでの警戒心を少し和らげたようだった。
6.帰路と余韻
夕暮れ。
市場を後にし、帰り道を歩く。
空は茜色に染まり、石畳に長い影が伸びていた。
スライムは先頭でころころと転がり、どこか胸を張っているように見えた。
幽霊少女が笑う。
「今日の主役は完全にスライムだったね!」
「うん、立派にやってくれたよ」私は頷く。
トルクも真剣な顔で言った。
「大家さん、この子はただの魔物じゃありません。僕たちの仲間です」
私は思わず微笑んだ。
「そうね。みんな、もう家族だもの」
その言葉に応えるように、スライムは夕日の中で高く跳ね上がった。
その姿は、どこまでも自由で、どこまでも誇らしげだった。




