第七話 幽霊少女、大家の布団にいたずら
日常ほのぼのの中にちょっとした事件と笑いを入れ、登場人物たちの関係性をより深める構成
1.静かな夜
雨漏り修理が無事に終わった日の夜。
私は布団にくるまり、久しぶりに心から安堵していた。建物はまだ古いけれど、雨が止まっても屋根から雫が落ちてくることはもうない。
窓を打つ風の音だけが聞こえる、静かな夜。
「ふふ……ちゃんと大家らしくなってきたかも」
そんな風に思いながら目を閉じかけた時だった。
布団の中で、なにかがひやりと動いた。
「……え?」
反射的に飛び起きる。
布団の端から、ふわりと白い手が突き出た。
「ひゃああああ!?」
悲鳴を上げかけたところで、布団から顔を出したのは――幽霊少女だった。
「ばぁ!」
きらきらした目でこちらを見上げる彼女に、私は力が抜けた。
「……あのねぇ。心臓に悪いからやめてって言ったでしょ」
「えへへ、ごめん。でも大家さんの驚いた顔、かわいくて」
2.悪戯好きの幽霊
彼女は幽霊であるがゆえに、壁も床も布団もすり抜け放題だ。
最初は控えめに部屋の隅に現れていたけれど、最近はだんだんと大胆になってきて、今日ついに「布団の中」にまで現れたわけである。
「次は布団をめくったら私がいる、とかやってみたいな」
「お願いだから夜中にそれはやめて……! 本気で寿命縮むから!」
私が青ざめる横で、少女はけらけらと笑っている。
幽霊なのに、いや幽霊だからこそだろうか、彼女は驚かせるのが大好きらしい。
だが、その笑い声はどこか孤独を紛らわせようとしているようにも聞こえた。
生きていた頃はきっと、こうして友達に悪戯をしていたのかもしれない――そんな想像がふと胸をよぎる。
3.共同生活の波紋
翌朝。
台所では、スライムが床をぴかぴかに磨き、トルクが鍋をかき混ぜていた。
「おはようございます、大家さん。今日は粥を作りましたよ」
「ありがとう、トルク。……あの、幽霊少女がちょっとね」
私が事情を話すと、トルクは苦笑しながら頷いた。
「なるほど、彼女らしいですね。でも……大家さん、少しうらやましいですよ」
「え、どうして?」
「人を驚かせたり甘えたりできるのは、心を許している証拠ですから」
彼の言葉に、私は少しだけ考え込んだ。
確かに、彼女がこんなに自由に振る舞うのは、ここを“家”だと認めてくれたからかもしれない。
一方でスライムは、ちゃぷちゃぷと音を立てて「ぼくも驚かせる!」と言わんばかりに跳ねていた。
「……いや、スライムに驚かされたら普通に怖いから遠慮しとくわ」
4.いたずら合戦
昼過ぎ。
幽霊少女は廊下に立って、なにやらにやにやしていた。
「今日はね、もっとすごいいたずらを考えたんだ」
「……まさかまた布団?」
「ふふ、それは秘密!」
私は「困った子ね」と頭を抱えながらも、どこか楽しみにしている自分がいた。
その日の夕方。縁側で一息ついていると、背後から「わっ!」と声がして肩を叩かれた。
「うわっ!」と思わず飛び上がると、振り返ったそこには……トルクがいた。
「すみません、ちょっと真似してみました」
「トルクまで!?」
幽霊少女が「やった! 仲間!」と大笑いしている。
こうして、なぜかアパートでは「いたずら合戦」が始まってしまった。
スライムも壁の隙間から突然飛び出してきたりして、私はそのたびに悲鳴を上げる羽目になる。
……なんだかんだで、笑い声の絶えない一日だった。
5.夜の告白
その夜。
私は布団をかぶりながら、「今日は絶対に油断しないぞ」と決意していた。
しかし深夜。布団の端がふわりと持ち上がり、彼女がそっと顔を出す。
「……またか」私は半ば呆れて言った。
だが、今夜の彼女はいつもと違っていた。
にこにこ笑う代わりに、どこか寂しそうな目をしていたのだ。
「ねえ、大家さん」
「なに?」
「……こうして驚かせたり、一緒に笑ってくれるの、すごくうれしいの。私……ずっと一人だったから」
小さな声。
胸の奥にすとんと落ちて、静かに響いた。
私は布団をめくり、彼女を中へ招いた。
「じゃあ今日は一緒に寝ましょう。もう驚かせなくてもいいから」
幽霊少女は少し驚いた顔をしたあと、やがて照れくさそうに笑った。
「……うん」
冷たいはずの彼女の存在が、不思議とあたたかく感じられた夜だった。




