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異世界大家さん、のんびり開店中  作者: 匿名希望


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第五十七話 旅人と吟遊詩人

1.柵の完成から


 町を囲む柵が完成してから数日、港町には穏やかな空気が流れていた。

 子どもたちは柵の上で遊び、漁師は胸を張って海に漕ぎ出し、商人は賑やかに品を並べた。

 町の人々は笑顔を取り戻し、「これでもう大丈夫だ」と言い合った。


 けれど私は、夜の見回りを欠かさなかった。

 柵があっても油断はできない。影は必ずまた来る。

 大家として、この家も町も守り抜かねばならない。


2.見慣れぬ影


 そんなある夕暮れ、港の道を歩く二つの影があった。

 一人は旅装束の青年。背には大きな荷袋、腰には細い剣を携えている。

 もう一人は鮮やかな羽根飾りをつけた吟遊詩人。琵琶のような楽器を抱え、陽気に鼻歌を歌っていた。


「おや、この町は柵で囲まれているぞ」

 旅人が驚いた声を上げる。

「嵐の港町ってのはこうも備えるのか」


「旗があるからさ」

 吟遊詩人は楽しげに笑う。

「噂に聞いたぞ。裂けぬ旗と、それを守る大家殿の話をな」


3.下宿の門前


 彼らはまっすぐ下宿へとやってきた。

 門の前にいたリオが怪訝そうに眉をひそめる。

「なんだあんたら、旅の者か?」


「はい、宿を求めてきました」

 旅人は礼儀正しく頭を下げる。

「行き先は未定ですが、この町にしばらく留まりたいのです」


「俺は歌を届けに来たんだ」

 吟遊詩人は琵琶を鳴らし、にやりと笑う。

「裂けぬ旗の物語を、人々に語り継ぐためにな」


 リオは戸惑いながらも私を呼びに来た。


4.大家の応対


 私は門の前に出て、二人を迎えた。

「ようこそ。ここは小さな下宿だが、泊まるなら歓迎する」


「ありがとうございます」

 旅人は深く一礼した。

 彼の瞳は澄んでいて、剣を帯びているのに妙な落ち着きを感じさせた。


 一方、吟遊詩人は勝手に中に入ろうとする。

「おっと、こりゃ立派だ! 舞台にもなる食堂じゃないか!」


「おい、勝手に……」

 リオが止めようとしたが、マリエが笑って言った。

「いいじゃない。音楽は町を和ませるものだもの」


5.初めての演奏


 その夜、下宿の食堂で即席の演奏会が開かれた。

 吟遊詩人が奏でる弦の音は軽やかで、どこか懐かしい響きを持っていた。

 縫い子たちも、漁師も、商人も集まり、皆で耳を傾ける。


「嵐を裂いた旗の話、聞いたことがあるかい?」

 吟遊詩人は語り始める。

 歌声と共に、旗が嵐を切り裂く伝説が物語として紡がれていった。


 人々の顔が上気し、子どもたちは目を輝かせた。

 旗が町の心を繋いでいることを、改めて誰もが感じ取った瞬間だった。


6.旅人の剣


 演奏の合間、旅人は外に出て剣を振っていた。

 静かな型稽古。無駄のない動きに、リナが興味を示す。


「あなた、剣士なの?」

 リナが問うと、旅人は頷いた。

「放浪の身ですが、剣だけは離したことがありません」


「町を守るために剣を振るう覚悟はある?」

 リナが真剣な目で見つめると、旅人は少し笑った。

「もちろん。宿を借りるからには、この町も家族も同然です」


 その答えに、リナは安心したように頷いた。


7.夜の密談


 演奏が終わり、人々が散っていった後。

 私は旅人と吟遊詩人を呼び止めた。


「正直に言ってほしい。旗を狙って来た者じゃないな?」

 私の声に、二人は顔を見合わせる。


「違うさ」

 吟遊詩人が笑って肩を竦める。

「俺はただ歌を広めたいだけ。旗の噂は人を惹きつける。けれど、それは悪いことじゃないだろう?」


 旅人は真剣な表情で答えた。

「私は国を渡り歩く者です。旗の力を巡る争いも見てきました。……だからこそ、この町の旗は守りたい」


8.町の反応


 翌日、吟遊詩人の歌は港町全体に広がった。

 市場では商人たちが口ずさみ、漁師は船を漕ぎながら歌い、子どもたちは遊びながら真似をした。


「旗は裂けぬ、町は裂けぬ!」

 その節が港に響くと、誰もが笑顔になった。


 旅人は一方で、職人や漁師と共に剣を振り、護衛の訓練を手伝っていた。

「腰を低く! 構えを崩さない!」

 彼の声は真剣で、町の若者たちの顔も引き締まっていった。


9.大家の思い


 夜、私は丘の上に立ち、旗を見上げた。

 歌声が町を包み、剣が人を守る力となる。

 新しい仲間が加わり、町はさらに強くなった。


「大家さん」

 幽霊少女が隣に現れる。

「旅人も吟遊詩人も、きっと町の一部になるね」


「ああ。旗を見上げる人が増えるほど、この町は裂けない」

 私は静かに答えた。


10.不穏な影


 だが、その夜。

 柵の外を歩く不審な影を、リナが見つけた。


「……やはり、来るか」

 旗の噂が広がれば、必ず敵も耳にする。


 町は歌に包まれていたが、嵐の前触れは確実に迫っていた。

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