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異世界大家さん、のんびり開店中  作者: 匿名希望


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第五十一話 旗と日常

1.戻ってきた朝


 嵐の後、数日が過ぎた。

 港町はまだ傷跡を残していたが、それ以上に活気が戻りつつあった。

 壊れた家は修繕の槌音で響き、船は海に戻され、港では網を繕う声が絶えない。


 私はいつものように朝、下宿の玄関を開け放った。

 潮風が吹き込み、遠くで子どもたちの笑い声が響く。


「……やっと日常だな」

 独り言が自然に漏れる。


 嵐を裂いた旗は、丘の上で今も翻っていた。

 裂け目は縫い合わされ、風を受けて力強く揺れている。

 町の誰もが一度は見上げ、安心したように笑う姿が見られた。


2.下宿の朝ごはん


 朝食は、嵐の前と同じように賑やかだった。

 食堂にはリオやリナ、トルク、マリエ、それに縫い子たちや港の仲間が集まっている。


「大家さん、パンもう一枚!」

 リオが山盛りの皿を抱えたまま叫ぶ。


「ちょっと、欲張りすぎよ」

 マリエが笑いながらパン籠を奪い返そうとするが、リオはひらりとかわした。


「ははっ、嵐の後だから食わなきゃ力が出ねえんだ!」


 リナは静かにスープを啜りながら微笑む。

「戦ったあとは、腹を満たすのも立派な務めね」


 トルクは木椀を片手に「ふむ」と頷く。

「腹が減っては杭も打てん」


 みんなが笑い合いながら食べる音に、私は胸が温かくなる。

 嵐を乗り越えたからこそ、こうした日常がどれほど尊いかを痛感した。


3.港の修繕


 食後、私は港の修繕に加わった。

 漁師たちは網を広げ、破れ目を縫っている。

 子どもたちも手伝いに走り回り、木片や縄を運んでいた。


「大家さん、こっちの板、持って!」

「よし、任せろ!」


 私は重たい板を抱え、倉庫の壁に立てかける。

 するとリオが横から現れて板を肩に担いだ。

「へへっ、俺の方が早いぜ!」


「お前は競争ばかりだな……」

 思わず笑ってしまう。


 トルクは杭を深く打ち直しながら言った。

「嵐を越えた杭は、前より強くなる。港も同じだ」


 その言葉に皆が頷き、作業の手がさらに速くなった。


4.旗を縫う手


 丘の上では、マリエと縫い子たちが旗を点検していた。

 縫い目はしっかりしていたが、風雨で布が薄くなった部分もある。


「また補強しないとね」

「次はもっと丈夫な糸を使いましょう」


 マリエは針を握りながら微笑んだ。

「裂けても繋ぎ直せる。だから旗も町も大丈夫」


 針を走らせる音は、小さくも心地よい旋律のように響いた。


5.日常の笑顔


 午後には、子どもたちが丘に駆け上がり、旗の下で遊んでいた。

 「旗を守れー!」と叫びながら走り回り、影の巨人役をした子がわざと転んで笑いを誘う。


 大人たちは作業の手を休めてその様子を見守り、笑みを浮かべた。

 嵐を知らないかのように明るい笑顔だったが、それは恐怖を乗り越えたからこそだと誰もが分かっていた。


 私は下宿の縁側に座り、その光景を眺めながら深く息を吸った。

「これだよな……俺が守りたかったのは」


6.幽霊少女の問い


 その時、隣に幽霊少女が現れた。

 彼女は旗を見上げながら、小さく問いかけてきた。

「……旗があるから、みんな笑えるの?」


 私は少し考えてから答える。

「旗があるから笑えるんじゃない。笑いたいから旗を守ったんだ」


 少女は目を丸くし、やがて微笑んだ。

「……そうか。だから私も、ここにいられるんだ」


7.夕暮れの港


 日が傾くと、港に赤い光が差し込んだ。

 修繕された船が夕日に照らされ、波に揺れている。

 人々は作業を終え、広場に集まって焚き火を囲んだ。


 リオは大声で歌い、子どもたちが笑いながら手を叩く。

 トルクは焚き火に魚を並べ、香ばしい匂いを漂わせた。

 リナはその隣で静かに剣を研ぎ、マリエは縫い子たちと旗の仕上げをしていた。


 私はその輪の中に座り、しみじみとした思いに浸った。

「嵐を越えても、こうして日常が戻ってくる……それが一番の奇跡だな」


8.夜の誓い


 夜、再び丘の上に旗が翻った。

 月光を受けた布は静かに輝き、町全体を照らしているように見える。


 私は皆に向かって言った。

「嵐を裂いた旗がある限り、この町は裂けない。これからも大家として、みんなと日常を守っていく」


 リオが拳を突き上げ、トルクが力強く頷き、リナが剣を掲げ、マリエと縫い子たちが針を掲げた。

 人々の笑顔が重なり、旗の下で誓いが結ばれた。


 幽霊少女も小さく囁いた。

「……私も、この日常を守りたい」

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