第五話 小人職人の訪問者
家具づくりに挑戦して惨敗した翌朝。
私は縁側に腰を下ろし、湯気の立つハーブ茶をすすっていた。まだ朝の空気は冷たく、屋根瓦の隙間から小鳥のさえずりが聞こえる。
昨日は疲れ果ててそのまま眠ってしまったけれど、不思議と気持ちは晴れやかだった。幽霊少女もスライムも、笑って失敗を受け止めてくれたからだ。
「ふぅ……やっぱり、誰かと一緒に笑えるって大事ね」
私はひとりごちて、まだ歪んだままの椅子の残骸を眺めた。
と、そのとき。
コンコン、と玄関の扉を叩く音がした。
「はいはい、今行きますよー」
腰を上げて扉を開けると、そこには私の腰ほどの背丈の小さな影が立っていた。
短い栗色の髪を後ろで結び、背中には大きな工具箱。厚手の手袋をした手で帽子を持ち、きちんとした仕草でお辞儀をする。
「失礼いたします! こちらに、空き部屋があると伺ったのですが!」
声は若々しく、けれどどこか必死さがにじんでいた。
「空き部屋……まあ、確かにありますけど。あなたは?」
「はい、ぼくは小人族のトルクと申します。鍛冶や木工の技術はありますが、商売がからきし下手でして……仕事を追われ、行き場を失ってしまいました」
私は彼をじっと見つめた。小人族――この異世界では珍しくないらしいが、私は初めて出会う。背は低いけれど、眼差しには職人らしい誠実さと誇りが宿っていた。
「……ふむふむ」私は腕を組んだ。「なるほど、職人ね」
昨日の自作椅子のことを思い出し、指に残る金槌の痛みがよみがえる。――そう、この子がいてくれたら、家具どころか修繕だって心強い。
「いいじゃない。ここで住んでみなさいよ」
「えっ、本当に!?」
「もちろん。ただし家賃は金貨じゃなくて――修理の手伝いで払ってちょうだい」
トルクは一瞬ぽかんと口を開けたが、すぐにぱぁっと笑顔になった。
「ありがとうございます! 必ずお役に立ってみせます!」
彼を中に案内すると、幽霊少女がひょこりと廊下に現れた。
「大家さん、このひとは……?」
「今日からの住人よ。名前はトルク、職人さん」
「わぁ……!」少女は目を輝かせる。「よろしくね!」
スライムは新しい仲間に興味津々で、ぴょんぴょん跳ねながらトルクの足にまとわりついた。
「うわっ、これがスライム……! 思ったよりかわいい……!」
その反応に、私は思わず笑ってしまった。初めてここを訪れる人は、たいてい驚きと戸惑いを見せるものだ。でも、この小人の青年はすぐに順応している。――たぶん、本当にこの場所を必要としていたのだろう。
その日の午後、トルクは早速実力を発揮してくれた。
「大家さん、昨日の椅子……これ、作り直してみましょう」
そう言って手際よく角材を切り、釘を打ち込み、板を削って形を整えていく。私が汗だくで数時間かかった作業を、彼は鼻歌を歌いながらあっという間に仕上げてしまった。
「できました!」
差し出された椅子は、私の歪んだ作品とは比べ物にならないほど美しく、座ってみるとぐらつきひとつない。
「……すごいわね」
私は思わず息を呑んだ。
「いえいえ、これがぼくの取り柄ですから!」とトルクは胸を張る。
幽霊少女は「すごーい!」と拍手を送り、スライムは座面にぴょこんと飛び乗って、満足そうにぷるんと揺れた。
夕暮れ時。アパートの窓から差し込む赤い光に包まれながら、私はしみじみと感じていた。
幽霊少女に、スライムに、そして小人職人の青年。少しずつ増えていく住人たち。
まだボロ屋に近いこの建物も、彼らと一緒なら――きっと立派な“家”になる。
「さて、これで異世界大家荘はますますにぎやかになるわね」
そう呟くと、胸の奥がじんわりと温かくなった。




