第四十九話 嵐を裂く剣
1.黒船の影
咆哮を上げ続ける黒船は、すでに港のすぐ手前に迫っていた。
波を切り裂くたび、海面には黒い靄が広がり、足場を奪うかのように町を包み込む。
甲板に並ぶ黒装束たちの瞳は赤く光り、嵐の稲光に照らされるたび、不気味な影を作った。
「まるで海そのものが敵になったみたいだな……」
リオが低く唸る。
リナは剣を握り直し、真っ直ぐに黒船を見据えていた。
「敵はただの人間ではない。だが——必ず斬れる」
2.嵐に呑まれる町
黒船の咆哮に呼応するように、波が港を呑み込む。
倉庫が軋み、板壁が崩れ、積み上げられた樽や網が散乱した。
町の人々は必死に避難し、丘の上に逃げようとする。
「荷物はいい! 命を優先だ!」
「子どもを先に!」
その中で、丘の上の旗だけがなおも翻っていた。
裂け目は縫い合わされ、縫い子たちの必死の手で守られている。
幽霊少女が旗に寄り添いながら囁く。
「……町の声が、旗を強くしてる。だから嵐に裂かれない」
3.リナの一歩
リナは港の防波堤を進み出た。
嵐の風で髪が乱れ、衣の裾がはためく。
剣を抜くと、稲光を受けて一瞬、白銀の光を放った。
「この剣は……人を守るためにある」
彼女の声は嵐にかき消されず、はっきりと港全体に響いた。
黒船の甲板にいた影が嗤う。
「剣一本で嵐を止められると思うのか!」
しかしリナは迷わず答えた。
「止めてみせる。仲間と共に!」
4.嵐を裂く
黒船の舳先から黒い靄の腕が伸び、リナを呑み込もうと迫った。
だが彼女は足を踏み込み、剣を一閃。
稲光と同時に、黒い腕は真っ二つに裂け、霧散した。
風が一瞬、逆巻く方向を変える。
「裂けた……嵐が!」
港の人々が息を呑む。
リナはさらに剣を振り上げ、嵐に向けて叫んだ。
「裂けろ! この町を覆う暗雲ごと!」
剣が振り下ろされると、稲妻が剣先を伝って海へと走り、波を大きく割った。
まるで嵐そのものが裂かれたように、空の雲が一瞬だけ切り開かれ、月光が差し込んだ。
5.仲間の奮闘
リオはその光景に拳を握りしめ、叫ぶ。
「よっしゃあ! リナに続け!」
彼は黒装束の群れに飛び込み、拳で次々と叩き伏せる。
嵐に揺れる足場を逆に利用し、波に乗るようにして敵を弾き飛ばした。
トルクも港の杭を持ち直し、敵を叩きつける。
「嵐に流されても、この杭は揺るがん!」
マリエと縫い子たちは旗を必死に押さえながら、針を握ったまま声を上げた。
「旗は裂けません! みんなが守ってるから!」
その声が町の人々に勇気を与え、誰もが逃げずに踏みとどまった。
6.黒船の反撃
だが黒船はなおも咆哮を上げ、舳先からさらに巨大な影を生み出した。
それは人の形を模しており、港全体を覆うほどの大きさだった。
「影の巨人だ……!」
町の人々が恐怖に震える。
巨人は旗のある丘を目指し、腕を振り下ろした。
大地が揺れ、家々が軋む。
リナは息を呑み、剣を構える。
「ここで止める!」
7.心の旗
その時、旗が再び烈風に翻り、青と白の模様が月光に照らされて輝いた。
縫い子たちが針を掲げ、叫ぶ。
「旗は裂けません! 町の心があるから!」
幽霊少女も声を重ねる。
「……旗はただの布じゃない。人の誇りそのもの」
その光が港全体に広がり、人々の心に力を与えた。
8.決着の一閃
リナはその光を背に受け、剣を振り上げた。
「みんなの誇りがあれば、この剣は折れない!」
巨人の腕が振り下ろされる瞬間、リナは跳び上がり、剣を振り抜いた。
稲光が剣を走り、巨人の影を真っ二つに裂く。
黒船が大きく軋み、咆哮が悲鳴へと変わった。
靄が晴れ、嵐の風が一気に弱まっていく。
町の人々が歓声を上げた。
「やったぞ!」
「嵐が裂けた!」
9.港の静けさ
嵐は少しずつ収まり、波も穏やかになっていった。
黒船は遠ざかり、闇の向こうへと沈んでいく。
残ったのは港を包む静かな雨音だけだった。
リナは剣を収め、息を吐いた。
「……終わった、か」
リオが駆け寄り、拳を突き出す。
「よくやったな! まさに嵐を裂いたぜ!」
トルクも頷き、杭を地に突き立てた。
「港は守られた」
丘の上では、旗がなおも翻っていた。裂け目は縫い直され、むしろ以前より強く輝いているように見えた。
10.誓い
私はその旗を見上げながら、心の底から思った。
この町は、もう簡単には裂けない。
黒船がまた来ようと、嵐が押し寄せようと、人々の心が旗を繋ぎ止める。
「これからも……この町を守ろう」
私が呟くと、隣で幽霊少女が微笑んだ。
「ええ。旗はずっと、ここに」




