第四話 家具作りは一苦労
雨漏りの修理が終わったあと、私は廊下に立ってしみじみと考え込んでいた。
この家――いや、アパートと呼ぶべきか――に住む人が増えてきたのは嬉しい。けれど部屋の中には、まだまともな家具がひとつもない。
「布団も机も椅子もないままじゃ、さすがに入居者に悪いわよね……」
幽霊少女は「わたしは床でも平気」と笑っていたが、それは気を使っているに違いない。スライムは床に転がるだけだから問題ないとしても、小人族の青年トルクは人間と同じように生活する。
私は決意して、市場に出かけることにした。
市場は昼時でにぎわっていた。
香ばしい焼きパンの匂いが漂い、行商人の声が飛び交う。私は大工道具や木材を扱う露店を見つけ、思わず足を止めた。
「これください!」
角材数本と、釘の詰め合わせ、それから古びたノコギリを買い込む。荷物は重かったけれど、不思議と心は軽やかだった。
「ふふっ、こういうのは大家の仕事のうちよね」
アパートに戻ると、幽霊少女が首をかしげながら迎えてくれた。
「それ……なにするの?」
「家具を作るのよ。せめて椅子と机くらいは欲しいでしょ?」
「わあ……!」少女は目を輝かせた。「楽しみ!」
スライムは興味津々といった様子で角材にぴとっと張りつき、トルクは工具箱を手にやってきた。
「大家さん、木工は経験ありますか?」
「残念ながら、組み立て家具をちょっと作ったくらいね」
「……なるほど。まあ、やってみましょう!」
最初の挑戦は、シンプルな椅子だった。
私は角材を切り出そうとノコギリを押し引きしたが、すぐに息が上がってしまった。
「はぁ……! なかなか切れないわね……」
「大丈夫ですか?」トルクが心配そうに覗き込む。
「問題ない問題ない……!」そう強がった矢先、木が曲がって切れてしまい、ガタガタの板になってしまった。
幽霊少女は「う、うん……味があっていいと思うよ」と微妙なフォローをし、スライムは勝手に板の切れ端を集めて遊んでいた。
次は組み立て。釘を打ち込もうと金槌を振るった瞬間――
「いたっ!」
親指を直撃してしまった。
「大家さん!?」
「い、痛いけど……大丈夫……!」
涙目で笑ってごまかしたが、椅子はどんどん歪んでいく。脚の長さがそろわず、座面は斜め、釘は飛び出している。
最後に私が恐る恐る腰を下ろすと――ぎいっ、と不吉な音を立てて、そのまま崩れ落ちた。
しばし沈黙。
幽霊少女が肩を震わせ、次の瞬間「ぷっ……あはは!」と声を上げて笑った。
スライムもぷるぷる揺れて楽しそう。トルクは頭を抱えつつも、「まあ……次は僕がお手伝いしますから」と微笑んだ。
壊れた椅子の破片を前に、私は立ち上がった。
「うん、失敗は成功の母ってやつよ。次はもうちょっとマシに作れるわ」
手に残る金槌の重みが、なぜか心地よかった。
失敗しても笑って受け入れてくれる住人たちがいる――そう思うと、このボロアパートは、少しずつ“家”になっていく気がした。




