第三十九話 アパートの再会祭
1.帰還
長い山道を越え、旗の村での冒険を経て、私たちはようやくアパートへ帰り着いた。
見慣れた瓦屋根と、木の扉。
庭の柵に絡まるツタさえも、懐かしく胸に染みた。
「着いたー!」
リオが真っ先に駆け出し、玄関に飛びついた。
「やっぱり俺たちの家が一番だな!」
マリエはそっと扉に手を触れ、微笑む。
「帰ってきた……。本当に、帰ってきたんですね」
トルクは大きな荷物を下ろし、腰を鳴らした。
「ふん、やっと腰を休められるわい」
リナは周囲を警戒しながらも、わずかに口元を緩めた。
「やれやれ……よく無事で戻れたものね」
幽霊少女は宙に浮かびながら、建物全体を見渡して囁いた。
「おかえりなさい……。アパートも、待っていた」
玄関を開けた瞬間、温かな匂いが漂ってきた。パンの焼ける香りだ。
2.再会
廊下を進むと、すぐに住人たちが顔を出した。
「おかえりなさーい!」
最初に飛び出してきたのはスライムだった。ぷるん、と弾んで私に抱きついてくる。
「大家さん!」
続いて、小人の子どもたちや町で暮らす住人たちが口々に声をかける。
「心配したんですよ!」
「山越えなんて無茶するから!」
リオは頭をかきながら笑った。
「悪い悪い! でもほら、ちゃんと帰ってきただろ!」
マリエは照れながらも、みんなに抱きしめられて涙を浮かべていた。
「……ただいま」
トルクは腕を組みながら「うるさいぞ」と言いつつも、口元が緩んでいる。
リナも深く息を吐き、仲間に囲まれる輪の中にそっと入った。
3.祭の準備
「せっかくだから、みんなでお祝いしましょう!」
誰かがそう言い出し、たちまちアパート中が活気づいた。
広間に机を並べ、料理班と飾り付け班に分かれる。
スライムは食材を運ぶ役、幽霊少女は風を操って布を揺らし、天井に飾りを吊るす。
リオは大鍋をかき回しながら「もっと塩!」と叫び、
マリエは刺繍入りの布を素早く縫ってテーブルクロスに仕立てる。
トルクは木材を切って臨時の椅子を作り、リナは全体の配置を冷静に指示した。
私はといえば、皆が忙しなく動く姿を眺めながら、胸が温かくなるのを感じていた。
――ここは本当に、家族の家だ。
4.再会祭の始まり
夕暮れ。
ランタンが灯され、広間は明るく彩られた。
料理が次々と並ぶ。焼き立てのパン、煮込みシチュー、香草をまぶした肉。
そして中央には、マリエが縫った布をかけた大きな机。
「みんな、席について!」
私が声をかけると、住人たちはわいわいと集まってきた。
リオが勢いよく杯を掲げる。
「俺たちの無事の帰還と! このアパートに乾杯!」
「乾杯ー!」
一斉に声が上がり、杯がぶつかり合った。
笑い声、歌声、食器の音。
広間はまるでお祭りのような賑わいに包まれた。
5.語られる物語
祭の最中、住人たちは旅の話をせがんだ。
リオは大げさに身振り手振りを交え、旗の村の出来事を語る。
「でっかい旗を縫ったんだぜ! もう空まで届きそうなくらい!」
マリエは恥ずかしそうにしながらも、糸を繋いだ瞬間の光を語った。
「縫い目が……まるで星空のように輝いたんです」
トルクは割って入るように付け加える。
「派手に言ってるが、現実は崩落と格闘だ。あの裂け目は危険極まりなかった」
リナは頷き、冷静に状況を説明する。
「でも、皆が役割を果たしたから渡れた。あれは奇跡じゃない、努力の積み重ね」
幽霊少女はぽつりと囁いた。
「……でも、光も奇跡も、確かにあった」
住人たちは耳を傾け、目を輝かせていた。
6.静かな時間
祭がひと段落したころ。
私は庭に出て夜風を浴びた。
星がきらめき、どこかで笑い声が続いている。
――これだ。私が望んでいたのは、ただこうして皆が帰れる場所を持つことだった。
マリエがそっと隣に来た。
「大家さん……本当に、ありがとうございます」
「どうしたの?」
「私、旗を縫ったとき、少し怖かったんです。もし失敗したらって……。でも今は、怖くありません」
彼女は胸に手を当て、微笑んだ。
「ここに帰れば、また縫い直せるって分かったから」
その言葉に、私は静かに頷いた。
「ええ、ここはそういう場所だから」
7.余韻
祭は夜更けまで続いた。
スライムは疲れて眠り、リオはテーブルに突っ伏して寝息を立て、トルクは椅子で居眠りし、リナは片付けを続けている。
幽霊少女が夜空を漂いながら、優しい声を響かせた。
「……ここは帰る場所。裂け目も、試練も、みんなで縫って……また帰る」
私はその声を聞きながら、灯りの消えた広間を見渡した。
たくさんの笑顔と声が残響のように胸に広がっている。
――そうだ。
このアパートこそ、私たちの再会祭の場所。
何度離れても、必ずここに帰り、また笑い合えるのだ。




