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異世界大家さん、のんびり開店中  作者: 匿名希望


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第三十三話 仕立て屋の挑戦

1.挑戦状


 その手紙が届いたのは、曇天の朝だった。

 分厚い封蝋が押され、ギルドの紋章が刻まれている。


「ギルドから……?」

 私が首を傾げながら封を切ると、中には短く冷たい文が記されていた。


アパートの仕立て屋に告ぐ。

正式な職人と認められたくば、公開の場で勝負を受けよ。

日取りは七日後、広場にて。

仕立て屋デゴラ。


「……勝負、ですって?」

 私は眉をひそめる。


 マリエの顔は一瞬にして青ざめた。

「そんな……私が、デゴラさんと……」


 リオが拳を握る。

「やろうよ! マリエなら絶対勝てる!」


「でも……」

 マリエは視線を落とす。

「私なんて、まだ……」


 私はその肩に手を置いた。

「避けても終わらないわ。これはただの嫉妬じゃない。彼はあなたを潰そうとしているの」


 リナが静かに言葉を重ねる。

「ここで受けなければ、噂はますます広がるわ。逃げ道はない。けれど……戦う価値はある」


 マリエはしばし沈黙した後、震える唇で答えた。

「……分かりました。受けます」


2.準備の日々


 勝負の内容は「一着の衣を仕立て、審査員と群衆の前で評価を受ける」というものだった。

 布は同じ条件で与えられる。時間は一日。仕立て屋としての力が試される舞台だ。


「問題はテーマよね」

 リナが巻物を広げる。

「『未来を紡ぐ衣』。抽象的だけれど、工夫次第でどうにでも解釈できる」


「未来……」

 マリエは小さく呟く。


 リオは両手を振り回しながら言った。

「だったら元気いっぱいの服だ! 走って跳んで、楽しく未来に行けるやつ!」


「いや、守りの強さを見せるべきだろう」

 トルクが真剣な顔で言う。

「壊されても立ち上がれる衣。そんなのが未来にふさわしい」


 幽霊少女は小さく囁いた。

「私は……忘れられた人たちの未来がほしい。縫い目でつなげる未来」


 それぞれの言葉を聞きながら、マリエは胸に手を当てた。

「……未来は一人で作るものじゃない。みんながいるから未来が縫えるんです」


 その目に光が宿り、決意が固まった。


3.広場の舞台


 決戦の日。町の広場には人々が集まり、臨時の舞台が設けられていた。

 審査員としてギルドの長老たちが座り、群衆は興奮気味にざわめいている。


「すごい人だ……」

 リオが目を丸くする。


「マリエ、大丈夫?」

 私は声をかけた。


「……ええ。もう震えてません」

 彼女は針箱を握りしめ、真っ直ぐ舞台へ歩み出た。


 その先にはデゴラが立っていた。

 彼は高級な布を身にまとい、嘲笑を浮かべている。

「こんな田舎仕立て屋が俺に挑むとはな。すぐに恥をかくぞ」


 鐘が鳴り、勝負が始まった。


4.針の音


 制限時間は一日。

 舞台の上で、二人は与えられた布に針を通し始めた。


 デゴラの手さばきは確かだった。素早く正確に裁ち、豪華な装飾を施していく。群衆からは「さすが」「見事だ」と声が上がった。


 一方マリエは、まず布を撫でるように眺め、ゆっくりと針を進めていった。

 その姿に、デゴラは冷笑する。

「手が遅いな。そんな調子じゃ終わらんぞ」


 だが、マリエは迷わなかった。

 彼女の針は切れ目や布の弱い部分を見極め、そこを縫い合わせて強さと美しさを同時に生み出していく。


 仲間たちは舞台の下で声援を送った。

「マリエ! 焦らなくていい!」

「お前の縫い目は誰にも真似できねえ!」


 その声に背を押され、マリエはただ針に想いを込め続けた。


5.作品の完成


 日が傾く頃、二人は同時に針を置いた。


 デゴラの衣は豪華絢爛。金糸と宝石で飾られ、まばゆいばかりに輝いている。群衆からどよめきが起きた。

「なんて美しい!」

「まさに職人の技!」


 一方マリエの衣は、素朴な白を基調とし、裂け目を縫い合わせた模様が全体に走っていた。金糸と銀糸が交錯し、縫い目そのものが装飾となっている。


「これは……」

 審査員たちが息を呑む。


 マリエは静かに言葉を添えた。

「未来は、壊れても繋ぎ直せるものです。裂けや傷があるからこそ、強く、美しくなれる。私はその未来を縫いました」


 その言葉に、群衆の中から拍手が湧き上がった。


6.勝敗


 審査員たちは長く議論した末に、結論を出した。


「勝者――マリエ」


 広場に歓声が響いた。

 リオが飛び跳ね、リナが微笑み、トルクが力強く頷いた。幽霊少女の目にも光が宿っていた。


 マリエは涙をこぼしながら深く頭を下げる。

「ありがとうございます……」


 デゴラは顔を真っ赤にし、叫んだ。

「こんな縫い目が……こんな縫い目が未来だと!?」


「そうよ」

 私は舞台に上がり、彼を見据えた。

「縫い目は壊された証でもある。でも同時に、それを繋ぎ直した証でもあるの」


 群衆の声がマリエを讃え、デゴラは唇を噛み締めて広場を去っていった。


7.帰路


 夕暮れ、アパートへ帰る道。

 マリエは針箱を抱えながら、仲間に向かって微笑んだ。

「……私、もう壊れるのが怖くありません。だって、また縫えばいいんですから」


 その笑顔は、今までで一番穏やかで強かった。

 アパートの灯りが遠くに見え、私たちは自然と足を早めた。


 そこが、帰る場所だから。

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