第三十一話 訪問者たち
1.祭りの翌日
豊穣祭の熱気がまだ町に残る朝。
アパートの庭は静けさを取り戻していた。
焚き火の名残の匂いが風に漂い、住人たちは思い思いに疲れを癒していた。
「ふぁぁぁ……祭りってすごいなあ」
リオは芝生に寝転んで、大きなあくびをする。
「でも楽しかった!」
「私も久しぶりに笑った気がするわ」
マリエは裁縫部屋から顔を出し、目を細める。
彼女の衣装は丁寧に畳まれ、机の上に置かれていた。
それは昨日の輝きの証であり、未来への勇気でもあった。
だが、その静けさは長くは続かなかった。
門の方から馬車の車輪の音が響いてきたのだ。
2.最初の客人
庭に現れたのは、祝祭でアパートの服を目にした町の商人たちだった。
彼らは手に大きな箱を抱え、口々に声をかける。
「ぜひ注文を受けてほしい!」
「この仕立て屋はどこにいる?」
「娘の成人祝いに特別な衣を作ってもらいたい!」
突然の賑わいにマリエは戸惑った。
「えっ、わ、私……そんなにたくさんは……」
トルクが前に出て、商人たちを制した。
「落ち着け。順番を決めなきゃ話にならん」
リナは魔法で簡易の受付帳を作り、名前と依頼内容を書き留め始めた。
まるで小さな仕立て屋がアパートの一角に生まれたようだった。
3.不思議な訪問者
夕方、商人たちが帰った後、今度は別の訪問者が現れた。
背の低いフード姿の人物が、門の前に立っていたのだ。
「……ここに、布を縫う者がいると聞いた」
フードを外すと、小さな耳を持つ亜人の少女が姿を現した。
彼女は旅の途中で服を破ってしまい、修繕を求めてやってきたのだという。
「こんなに遠くまで歩いて……大変だったでしょう」
マリエは布を受け取り、優しく言葉をかけた。
少女は少し警戒していたが、マリエの縫う姿を見つめるうちに安心したようだった。
「……人間の仕立て屋は怖いと思ってた。でも、違うのね」
仕上がった服を羽織ると、彼女は何度もお辞儀をして去っていった。
アパートの門は、また一つ新しい出会いを受け入れた。
4.幽霊の訪問
夜更け。
庭に薄い靄が漂い、そこからふいに古い衣を纏った幽霊たちが現れた。
彼らは町の外れに眠る者たちで、祭りの歌に誘われてやってきたらしい。
住人たちは最初驚いたが、幽霊少女が前に出てにっこり微笑んだ。
「ようこそ。ここは怖がらなくていい場所だよ」
幽霊たちは戸惑いながらも、アパートの灯りに導かれて中庭に集まった。
マリエは古びた布を手に取り、針を通して裂け目を繕った。
「生きている人の服だけじゃなく、あなたたちの布も直していいの?」
幽霊たちは静かに頷き、薄く透けた衣が少しだけ整った。
その瞬間、彼らの表情が安らぎに満ちる。
「ありがとう……」
声は風に溶け、やがて靄と共に消えていった。
幽霊少女はその背中を見送りながら呟いた。
「ここは、過去も未来も受け入れる家なんだね」
5.アパートの変化
訪問者が増えるにつれ、アパートの生活は忙しくも賑やかになった。
リオは「受付係」として商人相手に元気よく挨拶し、
リナは記録魔法で依頼を整理。
トルクは布や木材を運び込み、作業場の棚を補強した。
幽霊少女は訪問者が安心できるように灯りを整え、歌を歌った。
マリエは次々と舞い込む依頼に戸惑いつつも、針を止めることはなかった。
「一人じゃできないけれど、みんながいるから……」
その姿に、私は深い満足を覚える。
このアパートは、ただの住まいではなく、世界と繋がる場所へと成長している。
6.再びの影
だが、賑わいの影には、不穏な気配も忍び寄っていた。
ある夜、門の外に立つ人影を見つけた。
祭りで騒ぎを起こした仕立て屋の男だ。
彼は悔しげにアパートを睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「こんな辺鄙な場所で……俺より注目を集めるとはな」
その声に、私は胸の奥で警戒の鐘を聞いた。
新しい訪問者たちがアパートを豊かにする一方で、同じだけの嫉妬や敵意も呼び寄せている。
けれども、私は微笑んだ。
どんな影が迫ろうとも、この家を守る覚悟はできている。
仲間と共に。
7.灯りの下で
その夜、裁縫部屋では針の音が鳴り響いていた。
マリエが次の依頼に向けて布を広げ、リオが横で居眠りをしている。
私は窓の外からその光景を眺め、心の中で呟いた。
「訪問者が増えても、この灯りは変わらない。ここがみんなの家だから」
幽霊少女が現れ、隣で頷く。
「そうだね。誰が来ても、帰る場所はここにある」
星空の下、アパートは今日も揺らめく灯りを放ち続けていた。




