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異世界大家さん、のんびり開店中  作者: 匿名希望


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第三十話 祝祭の衣

1.祝祭の知らせ


 町からの手紙がアパートに届いたのは、穏やかな春風が吹き抜ける午後のことだった。

 商人が届けてくれた封筒を開けると、中には華やかな祭りの告知が入っていた。


「豊穣祭、か……」

 私は手紙を読み上げながら呟いた。

「町全体で一番大きなお祭りよ。収穫と神々への感謝を祝う日で、みんなが飾り立てて踊ったり歌ったりするの」


「祭り!」

 リオがぱっと跳ね上がった。

「行きたい! ねえ大家さん、行ってもいい?」


 リナも興味深そうに微笑む。

「市場だけじゃなく、文化そのものを知るいい機会になりそうね」


 そんな声に押され、私はにこりと笑った。

「ええ、もちろん行きましょう。ただ……問題は衣装ね」


 祭りの日は、町の人々が思い思いの衣をまとい、華やかに練り歩く。

 それを聞いたマリエが、静かに口を開いた。


「私が……みんなの衣を縫わせてください」


2.裁縫部屋の熱気


 こうして裁縫部屋は再び賑わいを見せた。

 マリエは住人一人ひとりに寸法を測り、希望を聞いていく。


「僕は動きやすいのがいい! いっぱい走れるやつ!」

 リオは腕を広げて元気いっぱい。


「私は深い青のローブを。星の魔法に合うような模様を入れてほしいわ」

 リナは落ち着いた声で希望を伝える。


「俺は……そうだな。戦場じゃなく祭りに似合う服なんて想像つかねえが、任せる」

 トルクは少し照れくさそうに頭をかいた。


 幽霊少女はしばらく黙った後、小さく囁く。

「私のは……布が透けてもいい。風みたいに揺れる衣がいい」


 最後に皆がマリエ自身の衣装を勧めると、彼女は少し驚いて目を見開いた。

「私の……? そんな……」


「当たり前でしょ」

 私は微笑んだ。

「あなたが縫うなら、あなたも一緒に輝かなくちゃ」


3.昼と夜の針音


 日々、裁縫部屋からは針の音が絶えなかった。

 リオが糸を巻き、リナが魔法で生地を広げ、幽霊少女が歌を口ずさむ。


 マリエは真剣な表情で針を進めながらも、時折楽しそうに笑った。

「こうしてると、本当に家族みたいですね」


「違うのか?」

 ミナがそっけなく言うと、部屋が笑い声に包まれた。


 夜更け、灯りの下でマリエが一人縫い続けると、窓から星明かりが差し込み、糸が銀色に輝いた。

 その光景はまるで祝福そのものだった。


4.完成の日


 祭りの前日、全ての衣装が仕上がった。


 リオの服は鮮やかな緑で、草原を駆け抜ける子供そのもの。

 リナのローブには星座の刺繍が施され、夜空をまとったかのようだった。

 トルクの服は落ち着いた茶で、力強さと優しさを併せ持っている。

 幽霊少女の衣は薄布が幾重にも重なり、歩くたびに風と光を纏った。


 そしてマリエ自身の衣は、淡い桃色に金糸が散りばめられた一着。

 彼女が鏡の前に立つと、皆が思わず息を呑んだ。


「……私、こんなに笑えるんだ」

 マリエの頬に自然な笑顔が浮かんだ。


5.祭りの賑わい


 当日。町の広場は人々で溢れ、音楽と歌声が響き渡っていた。

 屋台の匂いが漂い、子供たちが駆け回る。


 住人たちがそれぞれの衣を身につけて歩くと、周囲の視線が集まった。

「なんて美しい服だ」

「見たこともない縫い目だ」


 リオは嬉しそうに踊り、リナは魔法の光で星座を描いて見せる。

 トルクは子供たちを肩車し、幽霊少女は舞うように歩いた。


 そしてマリエが一歩前に出ると、歓声が湧き起こった。

「仕立て屋だ! この服を作ったのか!」


 マリエは驚きつつも深く頭を下げる。

「ありがとうございます……」


 その瞬間、町での恐怖は完全に過去へと変わった。


6.夜の灯火


 祭りが最高潮を迎える頃、広場に大きな焚き火が焚かれた。

 人々が歌い踊り、笑い声が夜空へ昇っていく。


 マリエは仲間たちの輪の中で涙をこぼした。

「私はもう、壊されることを恐れない。みんながいてくれるから」


 私はそっと寄り添い、頷いた。

「縫い目がある限り、絆は決してほどけないわ」


 星々が瞬き、祝祭の衣が炎に照らされて輝いた。

 それはまるで、この世界そのものが彼女を祝福しているかのようだった。

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