表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界大家さん、のんびり開店中  作者: 匿名希望


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/95

第二十九話 市場へ届ける日

1.町からの招き


 マリエが仕立てた服が評判を呼び、町から正式に依頼が舞い込んだ。

 商人が手紙を持ってきて、食堂で広げながら皆に伝える。


「市場の日に、この服を並べたいとのことです。町の人々にも直接見てもらいたいそうで」


 マリエの手が小さく震えた。

「……私が、町へ?」


「そうだな」

 トルクが頷く。

「ただ届けるだけでもいいし、顔を出してもいい。どうするかはお前が決めろ」


 リオはぱっと顔を輝かせた。

「行こうよ! 僕、マリエさんの服を着て一緒に歩く!」


 だがマリエの瞳には、まだ恐怖が宿っていた。


2.準備の日々


 出発の日までに、アパートの住人たちはそれぞれ準備を始めた。


 リナは魔法で布の防護を施し、雨や泥で汚れないように工夫する。

 幽霊少女は市場に並べる布の上に、ほのかな香りを漂わせる呪符を作った。


「少しでも、みんなの目に優しく映るように」


 リオは何度も試着を繰り返し、鏡の前でポーズをとる。

「ねえ、似合ってる? これならきっと売れるよね!」


 その無邪気な笑顔に、マリエの心も少しずつ解けていった。


3.市場の門


 当日の朝。

 アパートの荷馬車に服を積み込み、一行は町へ向かった。


 町の門が見えた瞬間、マリエの呼吸が浅くなる。

 手が震え、声も出なくなってしまった。


「大丈夫だ」

 私は手を握りしめる。

「怖くても、帰る場所はここにあるわ」


 その言葉に、マリエは深く息を吸い込み、頷いた。


4.市場のざわめき


 市場は人々の声と匂いで溢れていた。

 果物の甘い香り、焼きたてのパンの匂い、行き交う人の活気。


 だが、マリエにとってはかつての悪夢を思い出させる場所でもあった。

 笑い声が耳に刺さり、視線が突き刺さるように感じる。


「……やっぱり無理かも」

 マリエの膝が震えた。


 その時、リオが彼女の手を引いた。

「一緒に! 僕が先に歩くから!」


 リオの小さな背中が人混みを割って進んでいく。

 マリエはその背中に導かれるように歩き出した。


5.初めての声


 布を広げ、服を並べると、すぐに人々が集まってきた。


「なんて丁寧な縫い目だ」

「色合いが柔らかいな」

「子供用の服もあるのか!」


 市場の客たちが次々に褒め言葉を口にする。

 マリエは驚きで固まったまま、ただ頷くだけだった。


 すると、一人の婦人がマリエの前に立ち、柔らかな笑みを向けた。

「あなたが仕立てたのね? とても素敵。大事に着させてもらうわ」


 その言葉に、マリエの目から涙がこぼれた。

「……ありがとう、ございます……」


6.騒動


 だが、すべてが順調ではなかった。

 かつてマリエを笑いものにした仕立て屋の男が現れ、声を荒げたのだ。


「こんな田舎娘の服が売れるものか!」


 市場がざわついた。

 マリエの顔が青ざめ、再び立ち尽くす。


 その時、ミナが前に出た。

「黙れ。俺たちはこの服がどれだけの思いで縫われたか知ってる。お前なんかに貶せる筋合いはねえ」


 さらにリオが胸を張って叫んだ。

「僕、この服が大好きだよ! だから誰にも笑わせない!」


 周囲の人々も口々に庇い、男はしぶしぶ立ち去った。


7.市場の拍手


 騒動の後、マリエは震える声で言った。

「……私、また壊されるかと思った」


 私はそっと答える。

「でも壊れなかったわ。みんなが守ったから」


 その時、婦人が再び声を上げた。

「この服に拍手を!」


 市場のあちこちから拍手が湧き起こり、広場を満たした。

 マリエは涙をこぼしながら、深く頭を下げた。


8.帰り道


 夕暮れ、市場を後にした荷馬車の上で、マリエは布の束を抱きしめていた。


「……怖かったけれど、行ってよかった」


 幽霊少女が寄り添い、囁く。

「あなたの縫い目は、もうみんなの心に残ったよ」


 マリエは微笑み、星空を見上げた。

「次は、もっと大きなものを縫える気がする」


 アパートの灯りが遠くに見え始め、帰るべき場所の温かさが胸を満たしていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ